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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第12章  アルザスの宝剣  〈 Ⅸ〉  
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亡霊たちの執念


 つかの間の沈黙のあとで、我に返った兵士たちと、胡散臭うさんくさい術使いがけたたましい悲鳴を上げた。一斉いっせいに駆けだして、扉の前に殺到さっとうしている。そして、死に物狂いでそれを押し開けることに成功すると、誰もかれもが一目散に逃げだして行った。


 一行は、やれやれと顔を見合うと、肩をすくい合った。


 そのあいだも気絶している一人をずっと引き起こしてやっているレッドは、男の頬に平手打ちをバシッと一発お見舞いした。

 ひどい痛みのおかげで、男はすぐに意識を取り戻した。

 レッドは、出口へ向かってあごをしゃくった。

 外からは、先に逃げだした者たちの気配をまだ感じることができる。今なら追いつけそうだ。

 男は、あわてて追いかけて行った。 


 そこへ突然・・・!


「ぐああーーっ⁉」


 絶叫がとどろいた。


 それは背後から聞こえた。

 一行の後ろにあるのは、金のつるぎが横たわる祭壇さいだんだ。

 そうと気づいた全員が一斉に振り返る。


 すると、目に飛び込んできたのは、メラメラと燃え盛る紅蓮ぐれんの炎!中に見える人影は、思い当たる男の姿をしている。


「これは一体・・・。」と、アラン。


 その時。


 炎の中の人影が、体が火を噴く直前に手にしたものを、あわてたように放り投げた・・・が、もはやどうにもならない。


 燃え盛る炎は、まるで命あるもののように男を苦しめた。聞くに堪えない悲鳴が響き渡った。男は、火だるまでその場をくるくると逃げ惑っている。ついには前のめりに倒れ込んで、床の上をのた打ち回った。


 世にも恐ろしい光景のそれを、唯一救ってやれるはずのカイルまでもみな、顔をそむけずただ黙って見つめていた。陰の将軍と名乗った男の末路まつろをではなく、今やっと天に昇ることができた、忠実ちゅうじつなる者たちの切々《せつせつ》たる執念しゅうねんを。


 やがて、気が済むまで燃やし尽くしたあと、静かに炎は消えていった。


 黒こげとなった男のそばには、折れた金の剣が横たわっていた。


「彼らの・・・最後の呪い。」

 カイルが静かな声で言った。

「見事に守り抜いたってわけか・・・何としても。」と、ギルもおろかな焼死体に目を向ける。

「剣が、本当の・・・後継者こうけいしゃの手に渡るまで。」

 エミリオは、そっとアランに目を向けた。


 アランは、ゆっくりとうなずき返した。そして恐る恐る歩いて行き、少しためらいがちに剣のつかに手を伸ばした。少し触れてみると何も起こらず、熱くもなかった。

 アランは、それをひろい上げようとした。


 矢先やさき—— 。


 足元がゴゴゴッと振動したのを感じて、みなは互いに目を見合った。

 今日、何度目なんどめかという緊張感が走り抜ける。


「噴火するんじゃないだろうな・・・。」

 恐る恐る、レッドがつぶやいた。


 だがすぐに状況を理解した。


 退路をふさがれる・・・!


「いけない、橋が!」

 エミリオが、この日二度目の警告を発した。

「おっと、そうだった。」

 ギルはすぐさま扉に駆け寄って、外を見た。


 視界のあらゆるところから、マグマの谷に向かって小石が降り注いでいる。

 ギルは仲間たちを振り返って、「早く!」と鋭い声を上げた。


 アランは急いで、金の剣だけを持ち出した。




 彼らが渡っているそのうちにも、石橋に亀裂きれつが生じ始めていた。橋の裏からも、パラパラと破片はへんがれ落ちる。三人分の幅があるとはいえ、足元は振動し、眼下はマグマの谷。普通なら走り抜けられるような状況や光景ではない。あせる気持ちをおさえ、バランスを保ちながら、前だけを見るようにして速足はやあしで進むのがやっと。


 そんな中、誰もが振り向かずにはいられない破壊はかい音が上がった。先頭を行くカイルが、残り数メートルというところまで来た時だった。


 思わず立ち止まって後ろを見てみれば、今さっき通ってきた橋の真ん中辺りがこわれ、ガラガラと落ちていく。

 幸い、そのせいで立ちすくむ者はいなかった。むしろ次の瞬間、誰もが残り十数メートルを猛進もうしんしていたのである。


「く、崩れてきたあっ!」


 そう喚きながら、どうにか無事にカイルは対岸に駆け込むことができた。そして、運動神経やバランス感覚が心配されるカイルと、もう一人アランを見守りながら後ろについていたエミリオとギルも無事脱出した。


 しかし、最後を走っていたレッドとリューイは、わずかに間に合わなかった。二人が踏みだしたところは、底の方まですでに亀裂きれつが及んでいたため、二人が同時に足を置いた衝撃に耐えきれず、いっきに崩れだしたのだ。


 その瞬間、めいいっぱいり出した二人は、まだ形を留めている前方に必死でつかみかかった。それ以上崩れることがなかった強運に感謝しつつ、二人は共に、戦いや訓練できたえた反射神経と腕力にも、この時ほどありがたいと感じたことはなかった。


 その一方で、先に渡りきった者たちはみな、さっと血の気が引く思いで見守った。エミリオやギルは二人を引き上げられるほどの力があるが、手を貸すことはできない。下手に橋を戻ってこれ以上の負荷ふかを与える方がよほど危険なことくらい、見ただけで誰にだって判断できる、そんなギリギリの状況なのである。


「レッド、いけるか?」

 リューイが声をかけた。

「ああ。」

 レッドも余裕の様子で返事をした。


 共に身体能力がズバ抜けて高い二人。状況は過酷かこくでも、状態はそうでもなかった。その証拠に、二人は歯を食いしばることもなく、腕に力をこめるだけでい上がることができた。


「くそっ。結局、最後はこうなるのかよ。」


 似たような脱出劇は、以前にも経験済みである。その時のことを思い出して文句をつぶやくレッドと、そしてリューイをむかえたあとの仲間たちの表情が急変した。


 みなの視線は、二人の肩越かたごしにある。


 なんだ・・・? と思い、一緒に振り向いた二人は、ぎょっとしてよろめいた。


 跡形あとかたもなく、石橋がすっかり消えているのだから。











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