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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第12章  アルザスの宝剣  〈 Ⅸ〉  
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黒い液体の恐怖


 すると間もなく、そこから得体えたいの知れない何か黒いドロドロとしたものが、き水のように流れてきたのである。気づけば、それはすみの方のいたるところから発生している。そして、足元にひたひたと不気味に近寄ってくる。じりじりと追い詰められて、多くの者が知らずと中心へ集まっていった。


 だが、一行いっこうはみなその場から大きく動くことはなかった。こうなっては、じたばたしても仕方が無い・・・と、彼らはいさぎよく思う反面、不思議と危機や恐怖を感じることもなかった。カイルがだまっているからだ。そしてアランは、エミリオやギル、それにレッドの堂々としているこの様子にそう思うことができた。


 しかし次第に、ただ落ち着いてばかりもいられなくなった。それは黒い水のようだったが、足元にからみつくと弾力だんりょくがあり、タールのようなねばびていて、爪先からいやらしくい上がってくるのである。そして身体のあらゆる部位に纏わりついたかと思うと、次の瞬間には、そうしてがっちりと食らいついたまま、じわじわときつく体を締め上げていく化け物だったのだ。


「うわっ!」

「ぐああっ!」

「なんだこれは!」

「助けてくれえっ!」

 メサロバキア側の男たちは、次々と悲鳴を上げ始めた。


 一方、どうしたのか、カイルやエミリオは一向にただ虚空こくうを見つめているばかり。だが不思議なことに、この二人に限ってはほとんど無害だった。腰ほどまでは、足元の液体から現れ出す突起物とっきぶつが熱心にのぼり始めるのだが、どういうわけか、それらはためらいがちにすぐに引いていくのである。その繰り返しで、二人はこのうっとうしいものの影響を受けてはいなかった。


 それを見たギルやレッドは、考えた。相手に好かれたか、嫌われたか・・・ただ、この二人に共通して言えるのは、どちらも呪術を使える強大な霊能力の持ち主であるということ。それが、少なからずこれらに抵抗感を与えているのだろう・・・と。


「おいカイル、何やってんだ、早くどうにかしてくれっ。」

 ただうっとうしいという理由でじたばたせずにいられなくなったリューイが、腕やら足をぶんぶんと振り回しながらわめいた。


亡霊ぼうれいたちがいるんだ・・・大勢・・・。」

 虚空こくうに目を向けたまま、カイルは静かにそう言った。


「なにっ⁉ああ、もうっ。」

 リューイは、相手にならないものと懸命に格闘している。


 かたや、敵国の王の側近であるあの男も、激しく抵抗しながら怒鳴り散らしていた。

「おい、連れてきた術使いはどうした!何とかしろ!」


 その術使いは柱のそばにいた。男がすぐに見つけ出せないのも無理はなかった。なぜなら、辛気臭しんきくさい顔つきのその術使いは黒い外套がいとうまとっており、おまけにその男にはしっかりとドロドロがへばり付いているのだから。


 その術使いは、彼らが外で戦っていた時にはずっと男のそばにひかえていたのだが、そのあいだも存在感が全く無かったような小男こおとこで、霊を扱う仕事をしていると言えば、なるほど彼自身が死神のようだと思わせる、見た目は病的な男だった。


 その姿に、まだ冷静でいられたギルやレッドは気づいていたので、同じ術使いであってもカイルとこうも違うものかと、二人は無駄むだにあがいているその術使いに不思議そうな目を向けたりもしていた。


「先ほどから、してはおりますが・・・力が大きすぎて・・・。」と、相手のその術使いは狼狽ろうばいしきって答えた。


 なるほど、くねくねと指先を動かして、どうにか組み合わせようとしてはいるらしい。だが締め付けられる息苦しさもあり、実は声を出すことすらままならないのは傍目はためにも明らか。呪術で手も口も思うように使えないのでは、致命的ちめいてきだろう。


「ええいっ、この役立たずめ!」

 陰の将軍の威勢いせいのよいのも、これまでだった。


 黒い液体は腰の下にまで達していて、今やこの火山神殿は黒い水槽すいそうと化しているのである。すべなく、それでリューイも無駄な抵抗を止めて、一行いっこうはみなされるままおとなしくしていた。


 その中で、レッドにはさらに気づいたことがあった。それはメサロバキア側の兵士たちの、見るにえないほどもがき苦しむ姿だ。その物質は首回りにまでい上がってくるので、自分もそれなりに気味の悪さや苦しさを我慢がまんしてはいるが、どうにかなってしまうほどではない。


 レッドは、仲間たちに目を向けた。カイルやエミリオは問題ないが、ギルとアランは困ったように、リューイは不愉快ふゆかいそうに、少々顔をゆがめているに過ぎない。それなのに、敵の男たちは狂ったようにのどを引っ掻いたり、半狂乱におちいって胴体を振り回す始末しまつ。どういうわけか・・・と考え始めると、すぐに思いついた。それは、自分たちが正統な側であるということ。この得体えたいの知れない生命体が、それを見分けてくれたとしかレッドには思えなかった。


 だが実際には、得体の知れないその生命体の仕業しわざではなく、カイルが言った〝亡霊たち〟が起こしていることである。それらはまず、彼らが正統であるかどうかというよりも先に、単純に善か悪かを見分けていた。彼らが命を賭けてここへ来た理由、それをうかがい知ることができそうなほどきよらかにみきった魂を、その全ての者に見ることができるからだ。そして今は、まさに彼らの中の誰がその人であるか・・・ということに、亡霊たちはなやまされていた。


 そして、善と悪を判別したとは思わなかったレッドは、正統かそうでないかと区別するそれらの正体しょうたいは何なのか・・・と、次に考え始めていた。 


 そんなレッドのすぐ背後で、不意に妙な物音がした。

 レッドが反射的に振り向くと、白目をむいて仰向あおむけに倒れこんだ男が一人、無意識のまま黒い液体の中へ沈んでいくところだった。

 レッドは思わず身をよじった。そしてどうにか片腕の自由を取り戻すと、あわててその男を引っ張り起こしていた。


 この有様ありさまに、レッドもさすがにあせりを覚えてカイルを見た。


 エミリオやカイルには、常人には見ることのできないものがはっきりと見えている。空中を自由に動き回っている何体もの亡霊たち。そして、彼らの中の何人かが、時々妙な手の動きを見せることに、カイルはまさかと思い眉根まゆねを寄せていた。


「こんなことって・・・。」


 それを聞き取ったエミリオがどうしたのかと顔を向けると、カイルは虚空こくうを見つめているそのままで答えた。


「亡霊たちの中に、術使いが何人もいる。体が無いのに・・・やみの精霊たちがこたえてる。これは一人の力じゃない。彼らを説得せっとくしなきゃダメだ。」


 カイルは、まず先に闇の精霊たちをおさえようと、珍しく立ったままで腕を動かし始めた。座った方が集中できるが、いつものようにそれをやると、顔が黒い液体に埋もれてしまうので仕方ない。


 カイルはなめらかな両手の動きと共に、優しくもの静かな声で呪文を唱え始めた。


 すると、黒い何か生命体の威力いりょくが急に弱まった。凝縮ぎょうしゅくしていたそれらがやにわにやわらかくなったかと思うと、締めつけられていた者たちの苦悶くもんの声もいくらか治まり、呼吸に変わったのである。


 カイルの支配はたちまちにしていた。だが完全にそれらを消し去ることをしないままに、カイルはあるところで、わざと呪術を終えた。そして、また亡霊たちを見つめている。周りのひどく苦しむ姿や声に気の毒になり、先に闇の精霊たちをおさえておくことにしたが、それさえなければ、本来は亡霊たちと話しをすることから始めているところだ。


 カイルが見ている前で、その亡霊たちは、何かを探すようにして一行のそばをぐるぐると旋回せんかいしている。ことにエミリオやギル、そしてアランには、大勢の霊が近づいては離れてをしきりに繰り返していた。無意味な行為こういではなかったが、カイルには、それらが何をしたいのかは分からなかった。


 エミリオもまた、寄ってくるそんな霊たちをただ目で追うばかりである。 










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