火山神殿
アランは、差し込んだ鍵を回す前に、一度エミリオやギルの顔をうかがったが、やがて恐る恐る指を動かした。
ゴッ・・・
一瞬、その時、何か音がした・・・と誰もが思った。
男は、扉を動かしてみるよう命じた。
その石の扉には鉄の輪が片側に三つずつ、二枚で六つ付いている。複数人で力を合わせて引っ張り開けろということらしい。つまりけっこうな重量があると、そこにいる全ての者に理解させた。
それで、初めは四人が一緒にそのリングに指をかけたが、一行が見つめている前で男たちはさかんに唸り声を上げ、四人が六人になって、何度も交替を繰り返し始めたのである。やはり、そうやすやすと動かせるものではないようだ・・・と、ギルは思い、リューイに目を向けた。この男ならどうだろうと。
すると頑張った甲斐あって、やがて扉の向こうからほの白い光が漏れてきた。
とたんに、男たちの目の色が変わった。さらに加わった二人の男が、開いた隙間に指をかけ、結局八人がかりで、顔を真っ赤にしながらそれを無我夢中で引き開けだしたのである。自分のものになるわけでもないというのに、この奥にあるのが宝の山に違いないと信じきっているその醜い姿に、ギルやレッドは思わず顔をしかめた。呆気にとられて見ている一行の目には、悪党から聖なるものを守ろうと、その石の扉が必死で抵抗しているようにさえ映ったほどである。
だが無念にも、男たちが一歩また一歩と下がるにつれて、それは確かに少しずつ引き開けられていた。
そして見えた、なんとも信じ難い光景。
巨大な扉の向こう側は、これぞまさしく〝火山神殿〟だったのである。
入口をくぐると、そこはもう美しく荘厳な神殿の中。整然と立ち並ぶ円柱の一つ一つには見事な彫刻が施され、壁も天井も神殿のそれと変わらないものだったが、たちまち視線が集中したのは、この奥。そこには大理石でできた二つの台があり、その上に盛られた溢れんばかりの金銀財宝の山に、多くの者がまず目を奪われた。金塊のピラミッドや、色とりどりの宝石の数々が、中央を真っ直ぐに歩いて行けばたどり着くそこで、魅惑的に輝いているのである。それに、辺りには大きな翡翠や黒曜石、それに水晶の塊もゴロゴロしている。
そして、その二つの台の間には祭壇があった。それらは頭上高くから降り注ぐ微かな光に包まれて白くぼやけ、この世のものとは思えない美しさを放っている。遥か頭上に、自然にできた採光の穴がいくつもあり、そこから仄かな光が射し込んでくるおかげで、えもいわれぬ神秘的な空間を創り出すことができているのである。神の国・・・と、形容しても過言ではない。確かに、ここは選ばれた者しか立ち入れない禁断の場所だと、エミリオやギルは納得した。
しかし、メサロバキア国王の側近は、戸惑いもせず真っ先に踏み込んで行った。
「おおっ・・・。」と、驚きのあまり小さな呻き声を上げて絶句している。
男は呆けたように、目も口も大きく開けたまま周りを見渡していたが、すぐに祭壇に目を留めた。
そこにあるのは、ただの祭壇ではなかった。
よく見ると、その上には一本の剣が横たわっている。剣先の無い、金で覆われた剣だ。
なんと、祭壇に武器を供えて・・・いや、崇めているようなのである。それは、真上から射し込む白い光の中にいて、神秘的なばかりでなく気高く威厳に満ちていた。認められた者しか触れてはならないもの・・・一行にはそんな畏怖の念さえ起こさせるものだったが、男をたちまち魅了したのは、左右に積まれている金塊でも宝石でもなく、何よりもその剣だったのである。
「あれは・・・まさしく伝説の剣・・・。」
少しばかりの憧憬の念と、あからさまな欲望を湛えて、男はさらに目をみはった。
兵士たちも、連中を捕らえておくことも忘れて次々と中へ入っていき、そのあとに一行も続いた。
入口をくぐると、右左から伸びている幅の広い階段があった。それが中央へ向かって緩やかにカーブしている。そこを下りて真っ直ぐに進んで行けば、ついには、奥にある宝や祭壇に至る。
普段は額の紋章を隠している布を外して、リューイの傷口を縛ってやっていたレッドは、そのリューイと共に最後についた。
「すごいな・・・金塊の山だぜ。」
踏み外さないよう足元を確かめてから視線を上げて、レッドも宝の山を見た。
二人は、右から一緒に階段を下りていった。
「キンカイ?ああ、あれのことか。金ピカじゃなくて、キンカイってゆうんだな。」
リューイがまた信じられない発言をした。レッドが言葉もなく呆れていると、そこでもの問いたげな顔を向けてきたリューイと目が合った。
「金ピカって何?」
こんな時になんでまたこいつは・・・。レッドは大儀そうにため息をついた。だいたい、教えてもらわなくても分かるだろうと。
「金ピカってゆうのは物のことじゃなくてだな、あんなふうにキラキラピカピカ光ってるものを見た時の感じを言うんだよ。」
そんな会話をしながら、二人は悠長に階段を下りた。
だが、思わず気を抜いたその時。
また嫌な予感がして、同時に振り返った。
すぐ背後から、不気味な音が響いてきたからだ。
それは、ついさっき聞いた音・・・石の扉を開けた時の音だ。ただ違ったのは、重たく鈍い音でありながら、今度のそれは途切れもせずスムーズに響いたことだった。
ゴゴゴゴ・・・ゴッ
レッドもリューイも、声もなく仰天していた。今起こったことを、わずかに見ることができたからである。
自動的に閉まりゆく、扉を。
驚いたことに、あれほど重厚な石の扉が、誰もがあっと思った束の間に閉じてしまった。
数秒ののち、ゆっくりと首を戻したレッドとリューイは、同じく気づいて後ろを向き、まだそのままでいるエミリオやギル、そしてアランやカイルの、一様に強張った顔を見た。やはり声も出ない様子である。
こうして彼らが、この《禁断の火山神殿》に閉じ込められたのだ・・・と理解するまで、少し時間がかかった。
「な、なんだ・・・。」
陰の将軍とやらの恍惚としていた眼差しは、この時、まるで怯えきった小動物のような情けのないものになっていた。ほかの兵士たちも例外ではなく、誰もかれもが、どうしようもなくうろたえだしている。
顔を見合っただけの一行の方は、みな早くも我に返って事態を受け止めていた。
ギルは、アランが共にいる以上、また扉を開く方法か、ほかにここから出られる術が何かあるはずだと思案していたし、その前にレッドは、真の後継者も同然の者に対するこの仕打ち・・・とまた呆れ、リューイは、仲間の誰かが何とかしてくれるだろと、暢気なことを考えていた。
そして、エミリオとカイル。この二人は、そんなことを考えたり思うよりも先に、サッと異変に気づいていた。
「エミリオ・・・何か来るよ。」
カイルが囁きかける。
「ああ・・・。」
エミリオは室内の隅に目を向けた。




