陰の将軍
今度は広い逃げ場があるので、みな比較的安心して見ていられた。それに、何が起きるのかは、過去の経験やこの場の様子、今の状況などからだいたい予想することもできる。その場合、リューイに限って下手をすることは絶対にないと、仲間たちには信じることができた。
そうして、一人で歩いて行きながら、リューイは周囲を、特に下をよくよく眺め回した。起動装置があるとすれば、考えられるのはやはり足元。リューイは顔をしかめた。二体の石像を真っ直ぐに結んでいる、石畳の怪しい線に気づいたからである。それはおよそ一歩軽く跨げるくらいの幅があったが、一見では判別できないほどの微妙な色で、ほとんど敷石の色と同化していた。何も気にせず歩き続けていたなら、まず分からないだろう。
その手前で立ち止まったリューイは、先に右の石像の目を見上げたあと、左のものの顔も見た。全体的にはリューイにも馴染み深いネコ科の猛獣を思わせるが、馬のような鬣と尾がある一角獣で、目つきは鋭く、どちらも《《いわく》》ありげに口を開けている。リューイは仲間たちを振り返った。その表情は、ほかの者にも何かあるな・・・と思わせるものだ。
リューイは、再び怪しい線を見下ろした。過去の経験から、そこに足を置いたら何が起こるかは想像がつく。だから、いつでも対応できるよう気を引き締め、あえて試す覚悟を決めた。そして、思い切ってそこへ踏みだしてみると・・・。
何かが光った ―― !
左右から同時に向かってきたのは、太くて細長い針だ。
リューイは大きく前方へ飛び込み、床を転がって避けた。
ところが、凶器が追いかけてくる!
「首が・・・!」
カイルが叫んだ。
「動いた・・・⁉」と、レッドも仰天し、エミリオやギル、そしてアランは、驚きのあまり声も出なかった。
なんと二体の石像の首が、リューイがその場から逃げた次の瞬間、確かに彼の動きを追いかけたのだ。それは一度で終わる攻撃ではなかった。よって、最初に放たれた二本はリューイを捕らえ損ねたが、次の二本は斜めから同時に彼を狙った。リューイはちょうど、それらが交わる辺りにいる。それに気づいたリューイも素早く立ち上がり、手にしていた長槍を振り回そうとした。だが間に合わない ―― !そこで立ち上がりざま、空いている左腕をサッと動かした。瞬間、鋭い痛みに襲われ、歯を食いしばる。恐るべし反射神経と動体視力をもって、リューイは二本の針をわざと自分の腕で受けていた。
悲鳴も漏らさずに踏み堪えたリューイは、それから血の流れる腕で、長槍を豪快に回転させ始めた。
たちまち、けたたましい音が鳴り響く。
ほかの者はみな慌てて下がり、少し階段を下りた辺りに避難した。
攻撃は一定の間隔で、連続して左右から同時に飛び出している。
十秒ほどして槍の唸る音だけになった時には、リューイが弾き飛ばしたものがはっきりと正体を現して、無造作に散らかっていた。
やがて手を止めたリューイは、少しよろめいて、その場所から二、三歩離れた。それから、長槍を地面に叩きつけるようにそばに置いた。まるでふてくされた子供の顔で、リューイはどしっと胡坐をかいた。
「ってえ・・・くそっ。」
左腕に突き刺さっているものを引き抜きながら、リューイはこの時、思い出していた。ニルスの悪夢を。
「ちくしょう、これだよ。俺は、ああいう置物とは相性が悪いんだ。」
一方、ギルやレッドは、その獣の石像に釘付けである。
「見たか?」と、レッドがギルに囁きかけた。
ギルはうなずいて、言った。
「この技術は受け継がれなかったのか。これこそすごい財産だぞ。」
実際、技術なのか何か神秘なる力が働いたのか、いつの間にか首が元に戻っているではないか。だが気のせいではない。その証拠に針は斜めに飛び出し、リューイがいた辺りで交わっていたのだから。
とにかく、それより、今はリューイが受けた傷の方が重大だ。二人は急いで駆け寄った。
「その置物のあいだ気をつけろ。色がちょっと違ってるから。」
リューイはあわてて注意した。
勢いよく飛んできた針の傷は深く、血がもう筋になって傷口から流れ落ちている。リューイは不機嫌そうにしているが、歪んだ表情は痛みのせいだと傍目にも分かる。
レッドは眉根を寄せた。
「リューイ、大丈夫か。腕は・・・まだ動くか。」
「腕がどうとか関係ねえ、俺はやるっつったらやる男だぞ。心配すんな。」
「そうか、カイルが診てやる暇は無さそうだからな。」と、ギル。
「ああ。あいつら、ただで済むと思うな。俺は今、めちゃくちゃ機嫌が悪いんだ。」
そこへあとの三人もやってきて、何も知らないカイルが、早速リューイの負傷した腕をとった。
「診せて。」
だがカイルは、邪魔にならない程度に持参していた治療道具を取り出そうとしたところで、手を止めた。
奥の暗い岩陰から、のろい調子で手を打ち合わせる音が聞こえてきたからである。
感じの悪い拍手の音。
カイルは視線を上げて、その暗い場所に目を凝らした。
アランも驚いて目を向けたが、ほかの四人にとってはもはや不意のことではない。
やがて、大きく張り出している岩の後ろから、男が一人姿を現した。不適な笑みを浮かべて、両手をゆっくりと打ち合わせながら近づいてくる。苦虫を噛み潰したような顔で笑っているのが、より不気味に見えた。
「いやあ、お見事だ。アラン卿は、素晴らしい・・・友人をお持ちですな。」
実のところ、どう見ても従者などには見えないその連中を、男は不可解に思っていた。一瞬声を詰まらせたのは、そのせいだ。
「あなたは・・・。」
アランはその男に注目した。確かに見覚えがある。メサロバキア王国の、王の側近だ。あの無血 降伏の忌まわしい話し合いの場にもいた男。
「もうお分かりでは?私はメサロバキア王国の・・・陰の将軍とでも申しましょうかな。」
「いったい何班に分かれて動いてるんだ、こいつらは・・・。」
レッドが呆れて言った。
「それより、あいつ今自分で正体バラしたぞ。ワケ分かんねえな、どういうつもりだ。」
リューイは首をひねった。
「単に間抜けなだけか、遊び心か、はたまた最初からどっちでもよかったんだろ。」と、ギル。
「さて、我らの王をたばかった慰謝料をいただきに参ったのですが・・・。」
男は、そう言って片手を上げた。それを合図に、周囲の岩陰からぞろぞろと出て来たのは、すでに抜き身の剣を構えた兵士たちである。
「ほかの者たちを捕らえよ。」
「生憎だったな。」
レッドは、浅はかに近寄ってきた一人の腹を蹴りつけた。おとなしく捕まってやる気などなく、そう言う間にも二本の剣を引き抜いている。




