マグマの谷の向こうに
幸運か必然か、それからは何事もなく、一行はずいぶん長い時間をかけてその一本道を下って行った。
しばらく進むと、前方がうっすらと見えるようになった。どこかから自然の光が射しこんでいるらしい。
誰もがそう思っていると、突然、彼らはいきなり広大な場所へ出た。
一行が立っているそこは、まるで断崖の上のようだった。突如そこには広い空間が存在し、そこから下を見下ろせばじゅうぶんな足場となる場所があったが、その先は更に落ち窪んでいる谷間になっていた。そして、その谷底の地殻内にあるのは・・・マグマ溜まりである。
下の足場までは、いちおう降りられるようにはなっている。自然にあったものに手を加えたような、それなりに形になっている階段と呼べるものが造られていたからだ。だが欄干となるものが無い。うっかり足を滑らせれば、たちまち命を落とすことにもなりかねなかった。
そしてもう一つ、マグマの谷を隔てた向こう側にも絶壁があり、同じような階段があった。そしてそれを上がった先に、ちょうどこの火山の入口と似たような場所が見える。人の形ではなかったが同じく石像も見受けられ、どうやらそこが最終地点らしいと誰もが一目で感じた。
そこへ行くには、このマグマの谷を渡らなければならない。それについては、石橋が所々《ところどころ》に架かっていた。人の手で造るのはまず不可能だろうから、自然の創造物だろう。やはり手すりなども造られてはいない。向こう岸へ渡ろうと思えば渡れるようではあったが、どれもこれも、安全といいきれるだけのじゅうぶんな幅や厚みがあるようには見受けられなかった。
「まさしく神の創造物だな。こんな火山の中を隠し場所にするとは、ずいぶんと思いきったことをしたものだ。」
ギルが言った。
まずは慎重に階段を下りていった。
下にたどり着くと、誰もがそこで辺りを見まわした。
遥か頭上から光が降りていた。
それから、目の前に伸びている信頼し難い石橋の数々に、そろって目を向ける。そこに立ってみると、実際の幅は広くも狭くもなく、大人三人が並んで少し余裕がある程度だったが、周りの状況を考えると通りたくもなくなるのが普通だろう。
対岸へ行くことのできるその一つに歩み寄ったレッドは、一歩手前で腰を落とした。それをひたすら凝視する。どんどんしかめっ面になっていった。
「この橋、ただで渡れると思うか。見てみろよ、下はきっとマグマの川だぜ。」
レッドは、背後の気配にそう話しかけた。
そこにいるのはリューイである。
リューイが首を伸ばして下を覗いてみると、うっすらと赤い火のようなものが見えた。
「俺が確かめてやるよ。俺が渡りきってから、みんな来いよ。」
リューイは、いつもの調子で平然と言ってのけた。
仲間たちは無言で目を見合い、そしてリューイに注目した。誰も「いつも悪いな。」と、苦笑しながら送り出す気になどなれなかった。リューイだってあくまで人間。超人的感覚と身体能力を兼ね備えてはいても、どんな窮地でも何が起きても切り抜けられるというわけではない。逃げ場のないこんな状況では尚更である。それを本人だって分かっているはずだった。
だがリューイは、「これも修行さ。」と、屈託無い笑顔で答えて、早速、石橋を渡り始めた。
仲間たちがひやひやしながら固唾を呑んで見守る中、気をつけてはいるだろうがそうは見えないほど軽快に、リューイは走って行ってしまった。
そのあいだ、アランなどはずっと胸の前で両手を組み合わせて祈っていた。
橋を渡りきったところで、リューイが仲間の方を振り返った。向こう岸から、大丈夫だというしるしに、頭上で大きく両手を振ってみせている。
ニルスでも経験したが、生きた心地がしないとはこのことだ・・・と、ギルはほっとした顔をエミリオと見合い、レッドも首を振りながら安堵の笑みを浮かべ、カイルはもう声に出して、ふうと長いため息をついていた。
やがて問題なく全員がその橋を渡り、続く階段も無事に上がりきった。
儚い希望でありながらも頼みの綱にしていた、先祖が残した財宝。一体どのようなものなのか。アランは単純に、金塊や宝石の山を想像していたが、ほとんどおとぎ話と化していたため、詳しいことはアラン自身も知り得なかった。しかし、それは確かに実在する。それを守るため造られたに違いない、この火山神殿があったのだから。
これで国は、領地民は救われると思うと、アランは馳せる気持ちを抑えきれずに駆け出したい思いだった。
だがふと気づくと、カイルを除くそばにいる者たちの様子がおかしい・・・。にわかに立ち止ったかと思うと、険しい表情でじっと耳を澄ましているようなのである。その視線は今、地面のある一点に向けられていた。
エミリオとギル、そしてレッドとリューイ。この四人は、喜んでばかりもいられないことに、サッと気づいていた。気になる点は一つではない。
まず、今立っている敷石のフロアの奥に、まさに財宝が眠っていそうな石造りの巨大な扉が、あるにはあった。だがそれよりも真っ先に目にし、警戒心を掻きたてられたものが、すぐそこにある。それは、見たこともない獣の石像。気になるのは、それが二体、門のように向かい合って腰を据えていること。どちらも不気味に頭を垂れている。そこを過ぎれば広い場所になってはいたが、この石像の後ろに回り込める場所はなく、まさに玄関口となって出迎えてくれているので、通る気はしないがどうしても間を通過しなくてはならない。
さらにその間の、ちょうど真ん中辺りの地面が赤黒く濡れている。今ここに四人は注目しているので、これにはアランやカイルもすぐに気づいた。
そして何よりも、ここへ来たとたんに、屈強の戦士たちには気づくことができた幾人もの殺気・・・。
「あれは・・・血痕だな。まだ新しいように見えるが・・・。」
気配の方はとりあえず無視して、ギルが言った。
「まさか彼らが先に!」
突然、アランが駆け出した。
「待て!」
リューイが怒鳴った。
「そこは危険だ。」
驚いてアランは立ち止まる。
「その場所で、血の流れる何かが起こったのです。さあ、こちらへ戻って。」
エミリオが落ち着いた声をかけた。
「さっきから違う気配を感じるんだが・・・気づいてるよな。」
そばにいるギルにだけそう囁いて、レッドは横目使いにそちらを見た。
「アラン卿とカイル以外はたぶんな。奴ら、横取りする気らしい。」
「俺、確かめてくる。」
リューイが言った。
気配の方ではなく、血痕の方をである。
もう嫌な予感がしているリューイは、槍を構えて慎重に進んでいった。




