盗賊 対 傭兵
リューイは見事な手さばきで槍をくるくる回転してみせると、それを脇に締めて構え、ニヤリと笑った。
レッドの方についた男も、やはり三人。レッドは、戦いたくないと思う時、不本意な手を使うことがままあった。それは、アイアスの紋章をあえて見せることである。それによって相手が怯んでくれれば、無駄な殺しをしなくても済むことがあるからだ。
レッドは、目の前の三人に鋭い目を向けながら、こうきいた。
「アイアスって・・・知ってるよな。」
「なに・・・。」
男たちは、訝しげな面持ちでレッドを見つめる。だがその誰もが不吉を感じたらしく、かすかに顔を強張らせている。
アイアスは稀な存在ではあるが、盗賊たちにとっては脅威だ。彼らは世直し部隊だからだ。ライデルももちろん知っていたし、実際に、テリーというベテランのアイアスに会っている。その時、一味も腰を抜かすほど驚き焦ったものだったが、まだ少年だったレッドの存在によって、盗賊狩りのライデル一味とベテランアイアスのテリーとは、すぐに解り合うことができたのである。
盗賊の世界では、アイアスとは実際に会ったことなどなくても、噂は知っていて当然だった。そのことを、ライデル一味と何年も共に過ごしたレッドも分かっていたので、盗賊たちのこの反応に「よし。」と、心の中でうなずいた。そして、いったん左の剣を収めると、片手で額の覆いをサッと取っ払い、前髪をかき上げた。
聖獣イーグルが威風堂々と姿を現す。
案の定、男たちは目が飛び出さんばかりに仰天した。まさかとは思ったが、まったく信じられないことだった。この若さで、まさしく額に鷲の刺青を施している男がいるなど、普通では考えられない。
男たちは声もなく、ただ目の前の剣士に釘付けになっていた。
「死んでも悲しむ者がいないヤツから、かかってこい。」と、レッド。
すると、男たちは頭を寄せ合い、こそこそと相談を始めだした。
レッドが呆れて見ていると、間もなく話はついたようだが、引くことなくトライアングルの配置について武器を構えたのである。どうやら一斉攻撃を仕掛けようという気らしい・・・と悟って、レッドは舌打ちした。そして同時に、俺もなめられたものだと肩を落とした。
男たちは慎重に間合いを計り、レッドも神経を研ぎ澄まして、相手の出方を待った。その一人一人に意識を向けるなどしない。神経は敵をとらえた範囲内全てに張り巡らされている。フェイントも通用しない。
やがてついに地を蹴ったのは、ストレートに背後の男だ。続いてあとの二人も猛攻をはかり、レッドに三つの凶器がほぼ同時に襲いかかる。
ヒュッ!
肩口に振り下ろされた最初の一撃を、レッドは俊敏にかわした。その男に体勢を立て直す時間が生じる。どう動けばいいのかは、考えなくでも、優れた戦闘能力によって自然と計算される。次いで、一度に躍りかかってきたあとの二人は、それぞれ違う部位を狙ってきた。が、レッドは両手の剣を巧みに操り、次々と敵の凶器を跳ね上げていった。
ガッ!
シュッ!
カキーン!
カキーン!
レッドは瞬く間に片をつけた。ニ度身をかわし、電光石火の早業で三度剣を閃かせたそれだけで、あっという間に敵の全てを空手にしたのである。
「つええ・・・。」
「なんてもんじゃねえよ・・・。」
「本物の・・・アイアス。」
その場で竦み上がったまま、男たちはレッドを凝視している。たちまち戦闘意欲をくじかれ、すっかり両足とも萎え果てていて、武器を拾い上げに行く気力まで一緒に吹き飛ばされてしまった。
そんな相手を、レッドは目の据わった冷ややかな顔で見た。
「今日のお前らはツイてるぜ。運が尽きないうちに ―― 。」
突然、悲鳴が聞こえた。
反射的に見てみれば、顎や脇腹を押さえて苦しみもがいているのが二人いる。リューイが相手をしていた男たちだ。どちらも軽傷で済んではいないように見受けられる。罅あるいは骨折・・・つまり、嫌でも医者にかからないわけにはいくまい。レッドはゆるゆると首を振った。
一方、リューイはというと、「はいお仕舞い。」といった具合に槍を放り出し、そばでまだ尻餅をついているさっきの男に向かって、「軽業師ってなんだよ。」と問いかけている。
この時、うっかり気を抜いていたレッドは、ハッとした。リューイの背後で勢いよく振りかぶった巨漢を目に留めたからだ。
レッドはあわてて警告した。
「リューイッ、うし・・・ろ。」と。
その直後、周囲は驚愕に包まれた。
リューイはぴんぴんしていたが、襲いかかった方は立ってはいなかった。一瞬の出来事だ。振り向きざま首へのハイキックをいち早くきめていたリューイは、不意打ちをしかけた巨体を一瞬で砂地に叩きつけていたのである。
目撃した者たちはそろって言葉を失い、反撃をまともに食らった相手の巨漢は・・・倒れたまま白目をむいていた。
「うっかり殺っちまったのか。」
リューイのそばへ駆け寄るなり、レッドはうろたえてきいた。
「いや、あれ・・・おかしいな。」と答えたリューイは、気絶させてしまった男の顔を覗きこんでは、手加減を誤ったかと頭をかいた。そういえば、こいつリーダーだったか。
「ひ・・・ひいいっ!」
我に返った子分たちが、思い出したように悲鳴を上げながら逃げ出そうとする。
「待て、こらっ!」
すかさず一喝したリューイは、恐る恐る振り返った連中を睨みつけて、冷淡にひと言。
「それ以上動いたら・・・追いかけるぞ。」
レッドが黙って見ていると、リューイは、口から泡まで噴いて倒れている大男を指差して、歯切れよく命令した。
「もう何もしねえから、ここへ来て、ちゃんと、こいつを、連れて、帰れ。」
仮にも親分を見捨てるとは。
やがて、レッドが無傷で済ませてやった男たちが怯えながら駆け戻ってきて、無様に伸された親分を担ぎ上げた。三人がかりでやっとのこと。
そして一味は、こんな意味不明のおかしな捨て台詞を残して、よろめきながら去って行った。
「冗談じゃねえっ。」
「これ以上は御免だっ。」