麓で待ち構える敵とは
リューイも、そしてほかの者もみな反射的に腰を落とした。
不可解な点はあるものの、先ほどの海賊が追いかけてきたと考えられた。ただ、エミリオやギルには、何の不思議も無かったが。
「左手のずっと向こうにいるようだ。」
エミリオが鋭くささやいた。
「ちくしょう、これじゃあ身動き取れねえ。」
レッドが言った。
「ああ立ち上がったら終わりだ。標的にさせる。」と、ギル。
「どうするのっ。」
カイルが息混じりにわめきかける。
そこへ、少し先にいたリューイが匍匐前進で戻ってきた。
「俺に任せな。隙を作ってやるから、あの岩陰を目指して走れ。できるだけ体を低くしてな。」
リューイはそう言いながら、その辺にある小石をズボンのポケットに詰め込んでいる。面白い悪戯を考えついた・・・と、幼い少年がわくわくするような顔で。
「あいつ何で楽しそうなんだ・・・。」
レッドには、そんな相棒がつくづく恐ろしい。
ほかの者たちが唖然と見ている間にも、そのまま這うようにして近くの巨木の後ろに回り込んだリューイは、いきなり猿も顔負けの身軽さで木によじ登り始めた。
たちまち、その木に狙いが定められる。
リューイが上にいくにつれて、放たれた矢がカッカッカッと木の幹に突き立った。
無事に太い枝までたどり着いたリューイは、すぐにまた下から矢が飛んでくるだろうと予想して、今度は木から木へと瞬く間に飛び移っていった。
高い所に上がったリューイからは、敵の位置がよく分かった。なるほど、背高い叢の中に弓矢を構えた男たちがうごめいている。リューイは子供のようにニヤリと笑うと、下から攻撃を仕掛けられるよりも先に、相手に向かってびゅんびゅんと石つぶてを投げつけ始めた。
一方、伏せている仲間たちには、枝葉がガサガサッと擦れ合う音が、急速に左の方へ移動していったことしか分からない。
だがそのうち、痛々しい悲鳴がさかんに沸き起こった。小石といえど、仕掛けている者がまさしく超人といえる力を使うので、侮れない威力をもつ。実際、相手はたまらんとばかりに逃げ惑い始めた。
あとに残された者たちは、ハッと気づいたギルの合図で、リューイが指示した岩陰へ。
「今だ、走れ!」
レッドがサッとカイルの腕をつかんだ。
「行くぞ。」
勢いよく引っ張られたカイルは、おかげで飛ぶようについていった。
邪魔になる蔓や枝葉を、無我夢中で掻き分けながら走った。そうして、どうにか全員無事に、目指していた巨石の陰にたどり着くことができた。誰もが、ぜえぜえ喉を鳴らして岩肌にもたれかかり、できる限り息を潜めて辺りの気配に注意を向ける。
ひっそりと静かだった・・・。
「リューイは・・・?」
エミリオが不安そうにきく。
「無事だろう。こんな状況でさえ、一人わくわくしてたからな。」
レッドが答えた。
「あんなこと、日常 茶飯事だったんだろうな。」と、ギル。
「彼は何者だ・・・。」
アランも驚いている様子で問う。
「獣の大将・・・。」
そんな答えがついレッドの口をついた。
改めて周囲を確認したギルは、「よし、行こう。」と、仲間たちを促した。
「え、リューイがまだだよ。」
カイルのそれには、ギルは早くも踏みだしながらこう答えた。
「行き先は分かってるんだ。あいつなら、あるいは俺たちよりも先に到着して、待っているかもしれないぜ。」
イドラキア火山のそばまで来ると、まず、巨大な立像が目を引いた。それは地上から数十メートルの高さにある。そこまでは、長い石段らしきものが続いている。それらが何体あるかは、木々が視界の邪魔をしているので分からない。ほかには、やはり見え辛いものの、数本の円柱が確認できた。見える限りでは、その火山の一部は、神々《こうごう》しい石の神殿という様相を呈していた。
「うわ、ほんとに宝物が眠ってそう。」
樹海の細道から、それに見惚れてばかりいたカイルは、そこを通り抜けるやいなや、背中から慌てて茂みへ戻った。おかげで、後ろに続いていたレッドとぶつかりそうになる。
火山の全貌が明らかになると同時に、海のならず者といった男たちの姿まで目に飛び込んできたからだ。誰も彼もが抜き身の剣を握り締め、石段の下でうようよと待ち構えている・・・そんな物騒な光景が。
片手だけでカイルの背中を支えてやったレッドの視線は、すでにその男たちの方にある。
「さっきから、なんだって奴ら俺たちなんか追ってくるんだ。いや、これは先回りか。」
「ディオマルク王子の船が目当てじゃなかったの ⁉ 海賊なのにーっ!」
そう小声でわめいて、カイルは地団駄を踏んだ。
「海賊なんかじゃないさ、奴らは。」
ギルが言った。
「はっ⁉」
レッドとカイルが、示し合わせたようにあんぐりと口を開ける。
「逆に襲ってくれと言わんばかりの、あんな煌びやかな海賊船があるか。偽海賊旗を掲げただけじゃあ騙しようもない。俺はそれを見た瞬間、小馬鹿にされているのかと思ったぜ。ディオマルクだって気づいただろうよ。だから奴らを引き付けるではなく、援軍を連れてくるなんて言ったんだ。」
そしてギルは、前方に見えているその集団に睨みを利かせた。
「くそ、やはり来やがった。」
「・・・てことは。」と、カイル。
アランが苦い口調で、「メサロバキア・・・。」
「恐らくそうでしょう。」
エミリオも知らずと鋭い声になる。
「くそ、スパイか・・・。」
レッドは、気づかなかった自分に腹が立った。この島のことは、エミリオやカイルのおかげで分かったことだ。それまで知られていたとなると、ほかには考えられない。




