海賊?
大海原を航海して数日後、一行はついにその謎めく無人島、タナイス島付近に到達した。そこからは、断崖から海へ向かって流れ落ちている細い滝など、緑深いその島の様相がはっきりと見て取れる。
「あの島です。中心の大きな山、あれがイドラキア火山です。」
アランが、麓の緑から抜きん出ている茶色の山を指差して言った。
「あそこを目指してみますか。」と、エミリオがアランをうかがう。
アランはうなずいた。
「この島でめぼしい場所は、そこだけですから。」
船は停泊するのに良い場所を探して、島をぐるりと一周し始めた。その途中、彼らは、まだ形をとどめている無人らしき数隻の帆船を発見した。どれもこれも、アランには見覚えのある船だ。
「いったい何が・・・。」
眉をひそめてそれらを見つめているアランの口から、恐ろしさと動揺の呟きが漏れる。
「調べてみますか。」
今度はギルが声をかけた。
アランは気になりながらも首を振った。
「いえ。ここに先祖が残してくれた財宝があるのなら、暗くなる前に探し当てなくてはなりません。こうしている間にも、我らの国の民はみな苦しんでいるのですから。それは、また改めて後ほど。」
辛そうに微笑んだアランに、その心情を察したエミリオやギルも、同じ面持ちで微笑み返した。
まさに、その時・・・!
突然、マストの見張り台から緊迫した声があがったのである!
「か・・・海賊だ!」
一斉に、見張り台を見上げた。
その水兵は、指先をぴんと真西に突きつけている。
船の横から島を眺めていた彼らは、すぐさま船尾に回った。
誰もが息を呑んだ。
忽然と後ろに現れたそれは、なんと大きなガレオン船。見張りの兵士だけは、それが岸壁の陰からヌッと姿を現わしたのを見ていた。そして、マストに張られた海賊旗も。
確かに海賊旗だった。とても綺麗な、つい最近 海賊始めましたという感じの、本当に綺麗な旗だった。それだけではない、真っ直ぐに向けられている船首が金色に輝いているのをはじめに、船体の上部のラインやマストの模様も眩い金で、海賊の荒々しさは感じられない見事な大型帆船である。
そのため、ギルやエミリオなどはたちまち違和感がし、顔をしかめていた。
騒然としだした兵士たちの中から、今度は一人が慌ただしくやってきて、「王子、射撃してくるようです!」と、ディオマルクに報告した。
ところが男が言っている間にも、その船から何か大きな物体が飛んできて、そばに落ちた。ダリアス号は、その時にできた波に持ち上げられて大きく揺れ動いた。あからさまな威嚇射撃だ。
デッキにいる者はみな、欄干やそばにあった何か固定されたものに、とっさにつかみかかって踏みこらえた。
リューイは、船上を転げ回りそうになったキースと一緒に、船体が斜めになった勢いで船室の壁にぶつかっていった。リューイはそのあと、急いで横にあったドアを開けると、キースを船内に押し込んだ。
リューイが戻ってきた時には、続いて第二の武器が放たれていた。
次に飛んできたのは大きな槍である。それは、ダリアス号の後ろから、船体をかすめて飛び過ぎて行った。
「ちくしょう、やり返したくても何にもできねえ。」
うまく順応してバランスを取りながら、リューイは相手の船をにらみつけた。そのリューイの前には、船べりの手すりにしがみついているカイルがいる。
「おいカイル、何とかできないのか。何か呼び出して脅すくらいできんだろ。」
「何がどこに飛んでくるか分からないのに、集中できないよっ。」
「お前はほんとに、ちょっと気合と修行が足りないんじゃないのか。ニルスでのことと言い。」
カイルは何か言い返してやりたかったが、ただ黙って恨めしそうにリューイを見ただけだった。ニルスでの一件で、助けるためとはいえ、リューイにいきなり両足をつかまれて体を引き摺りまくられたあげく、その状態でおまけに化け物をやっつけろと無茶を言われたことは、今でも一生忘れまいと思っていた。
そんな二人のそばには、忌々《いまいま》しげに舌打ちして反撃を考えているレッドもいる。
「向こうに乗り移って接近戦でもできればな。」
その混乱の中、ディオマルクがギルの腕をつかんで言った。
「この船では、相手の方が速度も強度も上だ。ここより東へ数時間の距離に、我らの漁場がある。そこに、腕のたつ逞しい海の男たちがそろっている。多少は、みな戦の経験もある者ばかりだ。それに、その漁船には攻撃の装備も万全に整っている。」
ギルにはすぐに合点がいった。
「よし分かった。だが、俺たちだけを先に降ろすことはできるか。」
「やってみよう。あの岩陰から小舟を下ろす。そなたらは、それで行くがよい。我らは一度ここを離れる。そして、あの場所へ戻ってこよう。海の援軍を連れて。」
「頼んだぞ、ディオマルク。島へは俺たち五人で行くから。」
その言葉を聞いていたアランは、驚いて身を乗り出した。
「ギル殿、何を言う。私も一緒に ―― 」
「今行くのはより危険だ。宝を無事に探し当てたら、その時は皆で来ればいい。」
「ここは恐らく先祖が長年守ってきた島。超自然の何が起こるか知れない。ならば私が必要な時もあるでしょう。私はその子孫なのだから。」
ギルは少し思案したが、迷っている余裕もなくうなずいた。
「・・・もっともだな。よし、行こう。」
「この先の岩陰へ!小舟を下ろす準備を!そのあと、一度この島を離れ応援を呼びにゆく!」
ディオマルクは、鋭い声を張り上げて水兵に指示した。
船のあちらこちらから命令を伝え合う声が飛び交い、水兵たちはそれに従ってきびきびと動いた。
そして、ダリアス号がうまく岩陰に身を隠すと、すでに下ろす準備がされていたボートに、六人の男が素早く飛び乗る。
彼らを海に降ろしたあと、船長もまた威厳たっぷりに命令を下した。
「ネスタ島へ向け、取り舵いっぱい!全速前進!」
ダリアス号は豪快に動いて、速やかに方向を転換した。




