出港
数日後の朝、エミリオとギルは、ディオマルクと数十人の兵士、そして船長と船舶技師や航海士と共に、ダルアバス王国の河港から、モルドドゥーロ大公国の船着場へ向けて出航した。
その華麗で立派な、かつ頑丈な帆船には、白と青を基調とした彩色が施され、マストに張られた白い帆と船体には《ダリアス》と描かれてあった。操舵室のほか、食堂、寝室、会議室に至るまで、狭いながらも美しい内装で完備されている。平底船に造られてあるのは、水深の浅い河川にも対応できるようにするため。だがこの船は、王家が所有する帆船の中でも最上級のものではなく、中ほどのランクのものだった。わずかながら槍などを発射できる装置や、そのほか武器も装備しているキャラベル船だが、普段の用途は、離宮などを効率良く巡るための遊覧船のようなもので、ディオマルクが比較的自由にすることができるもののうちの一つである。
帆船も進むことができる大河カデシアは、帝都アルバドルからモルドドゥーロ大公国まで大陸を縦断して流れている。その間にあるのは、外交にもそつなく対応できる秩序ある国々ばかりなので、問題なく通過することができた。そして、船を使えばダルアバス王国から遠方のアルバドル帝国へも数日でたどり着くことができ、このダリアス号を利用することも多く、そのためギルも良く知っている船である。
貿易船ならば、積荷を狙う海賊を警戒して、考えられる限りの迎撃準備がされてある。稀に海賊と呼ばれるならず者の船が、神出鬼没に出現することがあった。海上貿易も、盗賊に襲われる恐れのある陸上貿易同様、安全とは言い切れない時代になりつつある。
船を使って大河カデシアを下って行けば、海へ出るまではほんの数日で済む。
ダリアス号が、モルドドゥーロ大公国の城から最も近い船着場に到着すると、エミリオとギルは、ダルアバス王国まで乗って行った馬二頭を再び走らせて、到着したことを知らせに行った。
その城は、大河カデシアを見下ろしてすぐそばに建っている。今は一番星がぽつんと現れ出す黄昏時だったので、診察や治療のために街の様子を見回っていたカイルと、それに同行した者たちも全員がそろっていた。すでに出航の準備は整っており、いつでも出発できる状態でいたため、甲板からこの国の景観を眺めていたディオマルクも、長く待つ必要はなかった。
やがて、水兵の一人から、彼らが来たとの報告を受けたディオマルクは、甲板の手すりから離れて船を降りた。
それをアランは、連れて来た数名の乗組員と共に迎えた。
「私は、ここモルドドゥーロ大公国の大公レナードの次男で、アラン・ルース・ヘイデン・モルドドゥーロと申します。ダルアバス王国王太子殿下、ご協力に心より感謝いたします。」
アランは極めてかしこまり、頭を下げた。
「そう恐縮されることはない。」
いかにも温厚そうに握手を求めたディオマルクと、素直にその手を取ったアランは、和やかに笑みを交し合う。
「我々としても貴国が救われることを願い、喜んで手をお貸しいたす。それに、これはその者たちへの恩返しでもあるのでな。」
そう言うと、ディオマルクは、懐かしそうに連中を順ぐりに見て目を細めた。
「そなたら、元気そうでなによりだ。また会えて嬉しいぞ。」
以前、ダルアバス王国から隣国への国境を超える旅と、そして戦いを共にした者たちは、みな軽い会釈と笑顔で応えた。
それに微笑み返している間にも、ディオマルクの足は、亜麻色の髪の美女の方へと吸い寄せられている。
「相も変わらず、そなたは美しい。以前はまこと迷惑をかけて済まなかった。」
「いいえ、おかげさまで —— 」
機嫌よくつい答えかけたシャナイアは、急に顔を赤くして口をつぐんだ。
だが、彼女が何を言おうとしたかくらい、ディオマルクには察しがつく。そして、野暮な質問をするつもりもあえて無い。
一方シャナイアは、聞き返される前にあわてて話題を変えようと、「とっても素敵な船!ねえ王子様、自由に中を見せてもらってもいいかしら。」
そのすっかり友達感覚な口調に、レッドは思わず握り拳を突き出しそうになった。確かにもう友達と言える仲だが、王太子に向かって馴れ馴れしいにも程があると。焦っただけでなく、以前数日対等に過ごしたこと、そしてやはり、エミリオやギルに慣れ過ぎたせいもあるだろう。
「ああ、好きにして構わぬ。そなたなら余の寝室でも構わぬぞ。歓迎しよう。」
言った直後に、背後から突き刺さるギルの視線を感じて、ディオマルクは肩越しに苦笑した。
この間にも、モルドドゥーロ側が用意した荷物が次々と積み込まれている。
彼らもすぐに乗船した。
この日は風もゆるく、星が瞬く穏やかな夜がおとずれた。
こうして、ダルアバス王室の帆船ダリアス号は、いよいよ一路タナイス島を目指し船出を迎えた。




