帆船を借りに
一行がダルアバス王国を訪れたのは何か月も前のことになるが、それはアースリーヴェを回る行路で旅をしていたためで、モルドドゥーロ大公国からダルアバス王国まで大河沿いに進んで行けば、およそ一か月で戻って来られる計算になる。
その間、モルドドゥーロに留まった者たち、特にカイルにもすることがあった。ギジルの人々を蝕んでいる感染症の特効薬を、この国の医療班と共に生産すること。そして、ギジルを中心に人々を診察して回ることである。それをほかの者たちも手伝いながら、街を見回るなど、それぞれ自分たちにできることをして過ごした。
一方、エミリオとギルは、適度に休ませながら二頭の馬を無理なく飛ばし続け、予定よりも少し早めに、青い装飾タイルの美しい陽気で華やかなその王国、ダルアバスへと舞い戻ってきていた。
早速王宮へ向かった二人を出迎えた門番は、ギルの顔を見るなり簡単に二人を中へ通した。以前、ディオマルクが別れ際に言っていた「アルバドルの皇太子に似た男が訪ねてきたら・・・」が冗談でなく本当に通用しているのだから驚きだ。ギルもエミリオも、さすがは型にはまらない男ディオマルク王子だと、むしろ感心させられた。
二人は庭園の噴水前にあったベンチでしばらく待たされたが、そのあとやって来た、見覚えのある目鼻立ちの整った若い侍女に、ディオマルク王子のあの御殿の方へと案内された。あの、鍾乳石飾りをふんだんにあしらい異国 情緒をたっぷりと醸し出した宮殿である。
彼らがその玄関扉の前まで来ると、以前少しだけ顔を会わせていた老人が待っていて、快く二人を出迎えた。彼は、ディオマルクやファライア王女に勉学を教える仕事をしていた頭のきれる側近であり、侍従の役もこなす。要するに世話係なのだが、今は何かと知恵を授けてくれる存在として、城に住まうことを許されている物知り博士だ。その老人のことを、ディオマルクもファライアも実の祖父のように慕っていることを、ギルは子供の頃から知っていた。
目尻の垂れ下がったいかにも人の良さそうなその老人は、ニコニコと満面の笑みで二人の先に立ち、鍾乳石飾りの見事な廊下を歩きながら、時折二人を振り返っては嬉しそうな笑顔を向けてくれる。
「ギル殿、エミリオ殿、よくぞお越しくださいました。殿下も、さぞお喜びになられることでしょう。何しろ、ファライア王女が御輿入れされてからというもの、ずいぶん退屈しておられるご様子で・・・。」
「ますます嫌な予感が・・・。」
聞こえるか否かの声で、ギルはぼやいた。
彼らは、密林仕立ての中庭を囲む二階の回廊を歩いていた。そこで、エミリオがふと思い出したというように下を覗いてみると、リューイの友達であるナイル(※)という名のあの仔象が、人工の川で元気よく水浴びをしている姿を見ることができた。エミリオは、そっと頬に笑みを浮かべた。
それから間もなくして、二人は、ディオマルク王子の部屋の前にたどり着いた。ギルには馴染み深い場所でもある、黄色い壁に描かれた鳥や草花が見事な個室の前だ。
「ささ、こちらでございます。」
老人はそう言うや、金縁が眩しい重い扉の取っ手に両手でつかみかかった。そして、今にも折れてしまいそうな弱々しい腕にありったけの力をこめて、一歩、また一歩と摺り足で後ずさる。もう手を貸したい思いだったが、彼のプライドを気にして二人はとりあえず見守った。
だが、たまらず手を伸ばしそうになった、その時。
徐々に引き開けられていく扉の向こうに見えたのは、もう椅子から立ち上がって、待ちかねたというように歩み寄ってくる青年の姿。
彼こそは王国ダルアバスの次期王位継承者、ディオマルク王太子。ギルに言わせれば、浅黒い肌のたいそう美しい・・・色男である。
(※) ナイル = ジャングルで育ったリューイの友達である仔像。ディオマルク王子の部隊が流れ矢を当ててしまい、治療のために王子が連れて帰ってペットにしました。




