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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第12章  アルザスの宝剣  〈 Ⅸ〉  
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ミステリアスな無人島(タナイス島)



「じゃあ、やるよ・・・。」


 カイルは床に座り込んだが、いつもなら腕を伸ばす代わりに、両手でつぼを抱え上げる。


 カイルの表情がまた変わった。普段はおだやかで能天気な少年。だがそれが驚くほど厳格げんかくで、近寄ちかよがたささえ感じさせるほどに一変する時がある。異世界からやってくる者たちを呼び寄せ、その司令塔しれいとうとなる時。仲間たち、特に男たちは、その度に畏怖いふの念と敬意を込めて見守ってきた。この少年のもう一つの顔を。


 カイルが呪文を唱え始めた。小さな声だが、くぐもらずに朗々《ろうろう》と響いた。


 ほかの者はみな、壺の口から上へと視線を上げていく。一様に驚きの表情になった。カイルが壺に書きつけられた呪文を読み上げていくと、なんとその中から、何やら白く輝く砂のようなものがスルスルと昇り始めたのだ。


 カイル自身も何が起こるかは知らない。しかしこの間、少年が動じることはない。


 そして輝く砂のようなものは、やがてそのまま天井に広がった。


「カーテンを閉めて。」


 アランの指示に従い、家来達がすみやかに動いてそうした。すると、いっきに暗くなった部屋の天井に、時の精霊達が描き出したものが、はっきりと浮かびあがった。


 一同、顔をのけ反らせてそれを眺めた。


「これは・・・地図か。」

 アランがつぶやいた。

「陸じゃあなさそうだな。なら海か。」

 ギルのこの言葉に、エミリオが続けた。

「だとすれば、点在する小島じゃないかな。中心の島を表している精霊たちは、より力強く輝いているようだ。心当たりはありますか。」


 そのとたん、アランは驚いたように、だが同時におびえるような目をした。

 それからこう告げたのである。

「心当たりは・・・ある。しかし・・・それは、呪われた島だ。」と。


「呪われた島⁉」

 カイルやリューイ、それにシャナイアが口をそろえた。


 アランは、一つゆっくりとうなずいた。

「確かにこの国は、ふもとに自然が豊かに育ったそれらしい火山島を持っています。だが無人島で、過去に、その島の実りや資源を経済に生かせないかと、調査部隊を何度かそこへ向かわせたが・・・未だかつて、一人として帰った者はいないのです。」


「何という島ですか。」

 エミリオが問うた。

「タナイス島です。」

「遠いな・・・。」と、場所を確信して、エミリオはまゆをひそめた。

「当然、そこはまだ手をつけていないのだろうな・・・。」

 ギルも、可能性を考慮こうりょしながら難しい顔になっている。

「あると確信の持てぬうちから、命を賭けるわけにもいかないので・・・。」

 アランは早くもあきらめ気味の表情。


「恐らく間違いないとは思いますが・・・。我々も協力しますよ。」と、その心境を察したエミリオが励ました。仲間たちの意向を聞くことなく。彼らを理解していれば、もはやこの事態においていちいち確認する方がおかしかった。

「あの子たちのためならな。」と、やはりリューイもそう即答そくとうした。


 続いて、その誰もが快くうなずきかけたのである。


「かたじけない。」

 アランは笑顔を返したが、嬉しそうではなかった。


 なぜかは、すぐに分かった。


 そのあとがっくりとうな垂れたアランが、次には肩をすくめてこう言ったからだ。

「だがしかし・・・困ったことに、船がないのです。」と。


 肩透かたすかしを食らった気分で、みな口を開けた。しばらく声すら出てこなかった。


 やがてその中から、最初にカイルの奇声が上がった。

「船がないの⁉」

一隻いっせきも⁉」と、シャナイアも思わずわめく。


 アランは苦い表情のまま、またゆっくりとうなずいた。

「何しろ、造っては戻って来ないので。そのため、あの場所は呪われているとうわさになり、もう誰も近づかなくなってしまった・・・というわけです。それに、今ではそのような船を造れる余裕もありません。あの海域には、大型で獰猛どうもうな海洋生物も多く生息している。小型の船ではじゅうぶんな備えもできませんし、何かあればすぐに転覆てんぷくしてしまうでしょう。」


「それじゃあ、話にならないじゃないか。」

 口調といい相変わらずのリューイは、力が抜けたようにそばの椅子いすに腰を落とした。


「誰かに借りるとかできないの?」

 シャナイアが、よく考えもしないで口に出した。

「誰が大公閣下も持っていないものを、持ってるっていうんだ。」

 レッドがあきれ口調ですぐさまついた。


 そこでまた、ギルが的確な意見を述べた。

「それに、大海原おおうなばらを何日も渡って行くことになるんだ。そのような船というのは、じゅうぶんな積荷つみにを運べる丈夫な船。つまり、帆船はんせんが必要ってわけだ。恐らく、過去にそこへ向かったという船も全てそうだろう。」


 アランは無言でうなずいた。


「それじゃあ、どうしようもないじゃない。そんな船、庶民しょみんが持ってるわけないもの。」

 お手上げだというふうに、シャナイアもため息混じりに言った。


 そんな中、先ほどから一人だけ、ある希望を見出して思案していた。エミリオだ。エミリオはやがてギルに目を向け、そっと声をかけた。いくらかためらった末に。


「ギル・・・私は、今いけないことを思いついてしまったのだが・・・言ってもいいかな。」

「なんだ・・・気になるから言えよ。」


 するとエミリオにはらしくなく、そのあとおずおずともったいぶって、途切とぎれ途切れに言いだしたのである。


「ここを流れている大河は、中部ラタトリア地方へも伸びている・・・。そこに、そのような船を持っていると思われる知り合いが・・・いたんじゃないかな。」

「待て、エミリオ、やっぱり言うな。」

 ギルはあわてて手を振った。


 だがこの瞬間、ほかの者もみな気づいている。


 それをもう、カイルが口にしていた。

「あ、ディオマルク王子だ。」


 ギルの手が力なく動いて、顔にもっていかれた。


 一方のアランは、彼らの発言が信じられずに唖然あぜんとしている。

「ディオマルク王子?知り合い?」

「ええ、ダルアバス王国の王太子殿下です。少しいろいろあって・・・最近知り合いになったのです。」

 エミリオが答えた。

「ダルアバス王国の ⁉ いや、しかし、そんなこと・・・。」

 アランは驚いて、少し取り乱した様子。


「一応、俺たちに借りがあるから、貸してくれるんじゃないか。」

 リューイが事も無げに言った。

「そりゃあ喜んで貸してくれるさ、面白がってな。ただし、あいつ必ずついてくるぞ。」 

 ギルが憮然ぶぜんとした面持ちで答えた。

 

「いいじゃない。友達なんだし。こういう時は多い方が。」

「どうであれ、もうそれしか方法はないんじゃないか。」

 シャナイアのあとに、レッドもそう言って腕を組んだ。反対しても無駄だと思うぞ・・・といわんばかりに。


「ギル、私も一緒に行こう。ダルアバスへ向かうのは何日もかかってしまうが、帰りは船を使えばすぐに戻って来られるね。」

 エミリオはにこやかに、さっさと話を進めた。これは、いつもならギルの役目だ。

「おいおい・・・。」

 ギルは、その幼馴染おさななじみの好奇心がどうであるかなどを思うと、あまり乗り気がしなかった・・・が、もはや観念したように、大きなため息をつくしかなかった。










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