ミステリアスな無人島(タナイス島)
「じゃあ、やるよ・・・。」
カイルは床に座り込んだが、いつもなら腕を伸ばす代わりに、両手で壺を抱え上げる。
カイルの表情がまた変わった。普段は穏やかで能天気な少年。だがそれが驚くほど厳格で、近寄り難ささえ感じさせるほどに一変する時がある。異世界からやってくる者たちを呼び寄せ、その司令塔となる時。仲間たち、特に男たちは、その度に畏怖の念と敬意を込めて見守ってきた。この少年のもう一つの顔を。
カイルが呪文を唱え始めた。小さな声だが、くぐもらずに朗々《ろうろう》と響いた。
ほかの者はみな、壺の口から上へと視線を上げていく。一様に驚きの表情になった。カイルが壺に書きつけられた呪文を読み上げていくと、なんとその中から、何やら白く輝く砂のようなものがスルスルと昇り始めたのだ。
カイル自身も何が起こるかは知らない。しかしこの間、少年が動じることはない。
そして輝く砂のようなものは、やがてそのまま天井に広がった。
「カーテンを閉めて。」
アランの指示に従い、家来達が速やかに動いてそうした。すると、いっきに暗くなった部屋の天井に、時の精霊達が描き出したものが、はっきりと浮かびあがった。
一同、顔をのけ反らせてそれを眺めた。
「これは・・・地図か。」
アランが呟いた。
「陸じゃあなさそうだな。なら海か。」
ギルのこの言葉に、エミリオが続けた。
「だとすれば、点在する小島じゃないかな。中心の島を表している精霊たちは、より力強く輝いているようだ。心当たりはありますか。」
そのとたん、アランは驚いたように、だが同時におびえるような目をした。
それからこう告げたのである。
「心当たりは・・・ある。しかし・・・それは、呪われた島だ。」と。
「呪われた島⁉」
カイルやリューイ、それにシャナイアが口をそろえた。
アランは、一つゆっくりとうなずいた。
「確かにこの国は、麓に自然が豊かに育ったそれらしい火山島を持っています。だが無人島で、過去に、その島の実りや資源を経済に生かせないかと、調査部隊を何度かそこへ向かわせたが・・・未だかつて、一人として帰った者はいないのです。」
「何という島ですか。」
エミリオが問うた。
「タナイス島です。」
「遠いな・・・。」と、場所を確信して、エミリオは眉をひそめた。
「当然、そこはまだ手をつけていないのだろうな・・・。」
ギルも、可能性を考慮しながら難しい顔になっている。
「あると確信の持てぬうちから、命を賭けるわけにもいかないので・・・。」
アランは早くもあきらめ気味の表情。
「恐らく間違いないとは思いますが・・・。我々も協力しますよ。」と、その心境を察したエミリオが励ました。仲間たちの意向を聞くことなく。彼らを理解していれば、もはやこの事態においていちいち確認する方がおかしかった。
「あの子たちのためならな。」と、やはりリューイもそう即答した。
続いて、その誰もが快くうなずきかけたのである。
「かたじけない。」
アランは笑顔を返したが、嬉しそうではなかった。
なぜかは、すぐに分かった。
そのあとがっくりとうな垂れたアランが、次には肩をすくめてこう言ったからだ。
「だがしかし・・・困ったことに、船がないのです。」と。
肩透かしを食らった気分で、みな口を開けた。しばらく声すら出てこなかった。
やがてその中から、最初にカイルの奇声が上がった。
「船がないの⁉」
「一隻も⁉」と、シャナイアも思わずわめく。
アランは苦い表情のまま、またゆっくりとうなずいた。
「何しろ、造っては戻って来ないので。そのため、あの場所は呪われていると噂になり、もう誰も近づかなくなってしまった・・・というわけです。それに、今ではそのような船を造れる余裕もありません。あの海域には、大型で獰猛な海洋生物も多く生息している。小型の船ではじゅうぶんな備えもできませんし、何かあればすぐに転覆してしまうでしょう。」
「それじゃあ、話にならないじゃないか。」
口調といい相変わらずのリューイは、力が抜けたようにそばの椅子に腰を落とした。
「誰かに借りるとかできないの?」
シャナイアが、よく考えもしないで口に出した。
「誰が大公閣下も持っていないものを、持ってるっていうんだ。」
レッドが呆れ口調ですぐさまついた。
そこでまた、ギルが的確な意見を述べた。
「それに、大海原を何日も渡って行くことになるんだ。そのような船というのは、じゅうぶんな積荷を運べる丈夫な船。つまり、帆船が必要ってわけだ。恐らく、過去にそこへ向かったという船も全てそうだろう。」
アランは無言でうなずいた。
「それじゃあ、どうしようもないじゃない。そんな船、庶民が持ってるわけないもの。」
お手上げだというふうに、シャナイアもため息混じりに言った。
そんな中、先ほどから一人だけ、ある希望を見出して思案していた。エミリオだ。エミリオはやがてギルに目を向け、そっと声をかけた。いくらかためらった末に。
「ギル・・・私は、今いけないことを思いついてしまったのだが・・・言ってもいいかな。」
「なんだ・・・気になるから言えよ。」
するとエミリオにはらしくなく、そのあとおずおずともったいぶって、途切れ途切れに言いだしたのである。
「ここを流れている大河は、中部ラタトリア地方へも伸びている・・・。そこに、そのような船を持っていると思われる知り合いが・・・いたんじゃないかな。」
「待て、エミリオ、やっぱり言うな。」
ギルはあわてて手を振った。
だがこの瞬間、ほかの者もみな気づいている。
それをもう、カイルが口にしていた。
「あ、ディオマルク王子だ。」
ギルの手が力なく動いて、顔にもっていかれた。
一方のアランは、彼らの発言が信じられずに唖然としている。
「ディオマルク王子?知り合い?」
「ええ、ダルアバス王国の王太子殿下です。少しいろいろあって・・・最近知り合いになったのです。」
エミリオが答えた。
「ダルアバス王国の ⁉ いや、しかし、そんなこと・・・。」
アランは驚いて、少し取り乱した様子。
「一応、俺たちに借りがあるから、貸してくれるんじゃないか。」
リューイが事も無げに言った。
「そりゃあ喜んで貸してくれるさ、面白がってな。ただし、あいつ必ずついてくるぞ。」
ギルが憮然とした面持ちで答えた。
「いいじゃない。友達なんだし。こういう時は多い方が。」
「どうであれ、もうそれしか方法はないんじゃないか。」
シャナイアのあとに、レッドもそう言って腕を組んだ。反対しても無駄だと思うぞ・・・といわんばかりに。
「ギル、私も一緒に行こう。ダルアバスへ向かうのは何日もかかってしまうが、帰りは船を使えばすぐに戻って来られるね。」
エミリオはにこやかに、さっさと話を進めた。これは、いつもならギルの役目だ。
「おいおい・・・。」
ギルは、その幼馴染みの好奇心がどうであるかなどを思うと、あまり乗り気がしなかった・・・が、もはや観念したように、大きなため息をつくしかなかった。




