時の精霊
数日後、ようやく取り返した壷を携えて、一行が戻った。
リューイはそれを、片手で真上に投げては受けるということを繰り返しながら、アランが待っている一室の出入り口をくぐった。
「やっと返してもらってきたぜ。確かに何か書いてあるみたいだ、中に。けど、さっぱりだ。」
リューイはそう言って、ひやひやしながら手を差し伸べたアランに、その壷を手渡してやった。
アランは早速、中を覗き込んでみた。開口部が狭くて、太陽の光が当たる場所へ移動してみても、はっきりと見ることができない。
「よく分からないな・・・。誰か、明かりをもってきてくれ。」
そばにいた家来の一人がただちに動いた。
それから間もなくして、用意された小型のランタンをかざしたアランは、再び中に目を凝らす。
すると刻み込まれている何か・・・文字が見えた。
「これは・・・古代文字ですね。だが・・・限られたものに関してなら少しは知識がありますが・・・口が狭くて、全てを一目で見ることはできない。」
「アラン卿、ちょっと見せていただけますか。」
視力に自信のあるギルが、横から声をかけた。
「頼む。」
アランから壷と灯りを受け取ると、ギルはよくよく中を見た。そして底の方に明かりを向けながら、壷の角度をくるくると変えてみる。それをしばらく試みたあとで、顔を上げたギルはため息をついた。
「時の・・・と、示す・・・くらいしか。俺もかじった程度の知識だからな。かすれているせいもあって、正確に全てを読むのは難しそうだ。」
ギルはそう言いながら、壷をのせている手をそのままエミリオの方へ伸ばした。
「お前なら分かるか?」
「私も詳しいわけではないが・・・。」
とにかく差し出されたものを受け取ったエミリオもまた、同じようにして壺の中を確認してみる。
すると、確かに文字らしきものが見え、もっと多くを解読できた。だがエミリオも完全ではなく、その口から出てきたのは、途切れ途切れの言葉。
「・・・時の精霊が示す・・・場所・・・じゃないかな。まだ何か書いてあるみたいだが、私にも・・・。」
「関係あるのか?それ。」
リューイが言った。
「先祖がいう壺に〝示す場所〟って文字が記されてあるなら、可能性は高いだろうな。しかも精霊って言葉が出てきたわけも、これで分かった。」
ギルが答えた。
「時の精霊って何。」
一同、絶句。
なにしろ、それを言ったのはカイルだったのだから。
「まさかの?」と、レッド。
「俺たちにきくか?お前が。」と、ギルも呆れた。
「だって、召喚したことない。」
カイルは肩をすくめた。
「そのへんの勉強さぼったろ。」
レッドが言った。
「だって、時の精霊なんて使うことなさそうだし・・・精霊術の書にあったかなあ・・・。」
カイルは言いながら頭を掻いている。
「カイル・・・テオ殿が聞いたら、叱られてしまうよ。」
エミリオは歪んだ笑みを浮かべた。
「どうすんだよ。」と、リューイ。
「精霊術の本くらい、この国にもあるだろう。それで調べてみればいいんじゃないか。」
レッドが提案した。
「だが、精霊術のことは分からないが、適当に呼び出してみたところで、それを示してくれるとは思えないが。財宝があるとして、それに関係する〝時の精霊〟ってのがいるんじゃないか。」
ギルが正鵠を射た意見を述べた。
「そっか。じゃあ、一般的な精霊術の書にはたぶん載ってないよ。だとすると、その〝時の精霊〟って・・・何かを記憶してるんじゃないかな。で、それらを呼び出して、その記憶を教えてくれるよう指示する特別な呪文を記したメモか何かが、どこかにあるんじゃないかなあ。」
みなが頭を抱え始めたその時、エミリオが手にしている壺を示しながら、カイルに言った。
「気になっていたんだが、壺の模様に含まれているこれは、精霊文字じゃないかな。だとすれば、故意にか模様と混在していて分かり辛いが、それを除いて読めばこれは・・・呪文になると考えられないか。君なら完璧に読めないかな。」
カイルは飛びついて、その白い壺に淡い青色で描かれているものを凝視した。緩やかな螺旋状に連続しているその抽象的な柄の間、間にあるものは・・・。
「あ、ほんとだ!よく見たら精霊文字だ!だけど・・・読めるけど、僕にも意味は分からないや。あ、でも、あの言葉があれば・・・。」
呪術はどれにおいても、まず使役する精霊を呼び出すことから始まる。なので、最初の呪文は 操霊術、精霊術、神精術のそれぞれで必ず決まっている。それには、その〝神の名において〟というような意味がある・・・らしい。
「えっと・・・あ、あった!確かに精霊を召喚する言葉がある。精霊術だ。じゃあ、時の精霊の主である神の名は、〝リアマントラ〟。上のここから読んでいけばいいんだろうけど、でも呪文しか分からないよ。大丈夫かな。」
つまり、指や手の動きによるサインを加えての分かりやすい指示ができない・・・ということである。
「何が起こるか分からないが、戦いじゃないんだからそんなに負担はないだろう?やってみたらどうだ。」
レッドが言った。
「まあやるしかないんだけど、気楽に言わないでよ。他人事だと思って。」
呪術の反動のことを知らないで言ったそれは、単に疲れるという意味でしかない。そんなレッドに呆れるやら がっかりするやらで、ふくれっ面でエミリオから壺を受け取ったカイルは、まず最初にしばらくそれを黙読した。精霊文字だけを拾い上げていけば、それほど多くが書かれているわけではないと分かり、不安で緊張していたカイルは少しほっとした。




