手掛かりは東の塔に
赤紫色の空に浮かぶ、王の居城のシルエット。メサロバキア王国に入った一行は、それが次第に夜の闇に溶けていくのを目指して、馬車を走らせていた。
その王城は、夕日に映えると赤く見える茶色の石でできていた。華麗さよりも、堅牢さを見せつけるかのごとく、いかめしい様相をしている。だがその外観とは裏腹に、内装は細部に至るまで豪華絢爛と飾られ、どっさり溜め込んだ宝飾類や、金銀財宝が厳重に保管されている場所もあるという。
王都へとりあえず入ることができた一行は、いつものようにそこで宿を取り、まずは綿密な外回りの調査から始めた。
城の構造については、どの国にも共通して言えるところがいくつかある。それをエミリオやギルはもちろん、レッドやシャナイアも知っている。それらをもとに推測して潜入ルートを考える。例えば、理由は様々あるが、非常用出入口のようなものが数か所造られているもの。その中には、普段は放置されていて、見回りがたまに点検や確認にくるだけのようなところもある。それに壁が高いなど、ただでさえ侵入困難だという先入観が生まれやすい場所は、気が緩みがちになるのもよくあることだった。まずは、そういう盲点を探り当てる。
メサロバキアの王城の壁もまた、要塞のように高くそびえ立っている。並の人間にはとうてい突破できるようなものではないし、常識の範囲で身体能力の優れた者でも不可能だろう。しかし、彼らはまずそこを狙う。なぜなら、彼らの中に、それでも乗り越えてしまう常識を超えた身体能力の持ち主がいるからだ。
夜の方が警備は厳重だが、明るい中壁をよじ登れば遠目にも分かってしまうので、最初の侵入は真夜中に決行された。
その高い壁をよじ上って行くのは、さすがのリューイでも空を飛んで行けるわけではないので、それなりに時間がかかってしまう。しかし照明のないそこに、暗闇に紛れて物音さえたてなければ、途中で見回りがきてもやり過ごすことができた。
そして、彼らが目をつけたそこは、中からしか開けることのできないカンヌキ式の鉄の門。幸運なことに、鍵が必要な錠も無かった。それを内部から確認したリューイは、カンヌキを目立たないようにずらして開けておいた。そこには見張りも立っておらず、彼がよじ登った城壁付近にしても、たまに見回りにくる衛兵は辺りを照らすこともせずに、ただランプを持って通り過ぎるだけである。
こうして、ひとまず侵入ルートを確保できたら、次は制服。これについては、最初に潜入したシャナイアが見事な演技力をもって召使いと接触し、どうにか入手することに成功した。シャナイアの身長171センチ、カイルは170センチ。肩幅はカイルの方があるので、女性の体型に合わせて作られているそれでは少しキツいものの、特に不自然なく着ることができた。
その後、毎日シャナイアに女装をさせられるカイルが数日 通った甲斐あって、いくつかの情報を得ることができた。
王はどんなに価値があっても、見た目光り輝くお宝以外には、あまり興味がないということ。なので、東の塔の地下室に骨董品倉庫という部屋があるが、王がさっぱり興味を示さないため、月に一度、当番の者が点検を行う程度の管理で済まされていること。その鍵も、家来が必要に応じて比較的自由に出入りできるような、ほかの倉庫や部屋の鍵と一緒に保管されてあること。そして、その鍵の特徴・・・などである。
ここで彼らは最終行動に移った。その鍵を持ち出し、目当ての壺を盗み出すことまでカイルにさせるわけにはいかないので、ここは最も逃げ足が早く、通過困難な場所でも通り抜けることのできるリューイが一役買った。
鍵を手に入れるところから引き受けたリューイは、まず自分に合う制服を調達しなければならない。そのあいだカイルは、また適当に召使いに扮していることとなった。
王城の敷地内に忍び込んだリューイは、目立たない道の隅で退屈そうに警備の任務についている衛兵に目をつけた。肥満体型ではない高身長の男・・・よし、いける。そう踏んだ数秒後には鮮やかにその制服を頂戴し、着衣を隠し、瞬く間に気絶させた男の体も茂みの中へ。下着一枚になったこの男の意識が戻っても、緊急事態を知らせに平気で出てくることなどできないだろう。それどころか、まず失態を誤魔化すことを必死で考えるはず。
さて、速やかに着替え終えたリューイは、カイルと合流するため、すました顔で城館へ入って行った。
カイルに「行けばすぐに分かる。」と言われた、待ち合わせ場所であるそこは、二階へ続く大階段の踊り場である。目印のその壁は、巨大な赤い絵タイルで飾られていた。それに圧倒されて、リューイは思わず取り憑かれたように見入っていた。
そこには、古い時代の攻略戦争の様子が豪快に描かれていたのである。燃えるような色使いで描かれた大勢の兵士と、おびただしい数の剣や盾。勇猛果敢というよりは、狂気じみた表情の兵士たち・・・。
その人間の信じられない姿に、リューイはずいぶん長いあいだ気をとられていた。
だがふと気配がして振り向いた時、リューイはたった今きた通路を、カイルらしき少女が横切るのを見たと思った。だが、リューイが制服姿で背中を向けて立っていたせいか、階段を上ってくることもなく、そのまま通り過ぎたのである。
リューイは、慌てて階段を駆け下りていった。
その人物はやはり、周辺をうろうろしながらリューイが来るのを待っていたカイル。声をかけようとしたが、それはマズいと気づいていきなり腕をつかむと、カイルはビクッと肩を飛び上がらせた。
「俺だ。」
聞き慣れたその声に、カイルが落ち着いて見てみた相手は、それなりにさまになっている制服姿のリューイである。
「で、鍵はどこだよ。」
カイルは、ほっと胸をなで下ろして答えた。
「この階段を上がって、二階の右の突当りの小部屋。壁にそれらしい扉があるから、その中だよ。赤いリングに鍵が三つぶら下がってるやつだから、間違えないでね。」
「分かった。すぐ取ってくるから、お前はここで待ってろよ。」
「ちょっと心配なんだけど・・・くれぐれも、振る舞いは家来らしく礼儀正しくだよ。」
「分かってるって。こういう所に何度か行ってんだから、どうすりゃいいかくらい覚えたよ。」
カイルはそこで、妙にしっくりきているリューイの変装ぶりを眺め回した。
「それにしても、僕思ったんだけどさあ・・・リューイやレッドがそういうカッコで、最初からスパイしてもよかったんじゃないの?」
「いや、お前の女装が似合いそうだから、見てみたいなあと思ったんでな。」
リューイは普段 喋るのと同じ口調でそう言った。
「なんだよ、それえっ⁉」
「たぶん、レッドもそうだぞ。」
リューイと別れたあと、カイルはせっかくの美少女が台無しになるほど怒った顔で、だが不自然でないよう周辺の窓や壁の拭き掃除をしているふりをしながら、リューイが戻ってくるのを待っていた。
すると、そのしかめっ面ににわかに変化が。
向かいから、三人の若い家来が歩いてくる。
カイルは目を瞬いて、ピタッと手を止めた。
そのうちの一人は、三つの鍵がぶら下がっている赤い輪っかを握り締めているのである。
「わあ、どうしようっ。今日がその点検日だったんだ!」
思いがけず骨董品の点検当番らしい男たちを見つけたカイルは、慌ててすぐ横の通路に入った。そして、今度はそこの壁面の窪みに飾られてあったブロンズ像を磨いているふりをしながら、男達が通り過ぎるのを待った。
男たちは、そのまま真っ直ぐに通り過ぎて行った。
すぐさま顔を覗かせて、カイルは男たちの後ろ姿を目で追いながら考えた。このまま真っ直ぐに倉庫へ向かうだろうか。いろいろと寄り道をされては困る。リューイがどうやって制服を手に入れたかを考えれば、日を改めるわけにもいかないし、鍵が戻されるのを待っている余裕もない。
とりあえず見失ってはいけないと思い、行き先を確かめるために、カイルは一人で後をつけ始めた。
その三人組は、くだらない会話に密やかな笑い声を上げながら、外へ出て人気のない方へのんびりと歩いていく。お世辞にも上手いとは言えない忍び足でついてくる、背後の可愛らしい曲者の気配にも気づくことなく。
やがて男たちは、塔と呼ぶには低い建造物の下で立ち止まった。
これが東の塔?間違いなくそれなのだろうか・・・。




