完璧な女装
一行は、窓から池のある中庭が見下ろせる二階中央の部屋にいた。
ミーアはソファーに寝転んで、一人つまらなさそうにしている。ほかの大人たちは、少し大振りの円卓を囲んで、一様に頭を抱えている。会議を始めたのは、つい先ほどだというのに。
「とにかく、壷を返してもらう・・・っつうか、取り戻さないとな。」
レッドが言った。
「真っ向から訳を話して、親切に返してもらえるはずもないしな。」と、ギル。
この会話には何か暗黙の了解めいたものがあった。
妙な空気が流れた。というのは、一人を除いたほかの者の面上に、はっきりと共通の考えが浮かんでいる。
そして、まずこう言いだしたのはレッドだった。
「一番紛れやすいのは・・・。」
「召使いか。」と、ギルがあとの言葉を口にした。
エミリオは眉をひそめ、静かなため息をついている。
そうして視線が集中した先には、逞し過ぎず高過ぎず、その点無理のない一人の美少年。
「どう考えても・・・。」と、レッド。
「しかいないよな。」と、リューイ。
「な、なに?まさか・・・。」
本能で椅子を引いたカイルは、そろりそろりと逃げ腰に・・・。
「カイル、やってくれるよな、な?」
リューイがいきなり動いて、カイルの両肩をつかんだ。
「わけないでしょ!」
「お前しかいないだろ、さりげなく女装できるのは。」
ギルがいとも容易いことのように言った。
「なんでっ、女装しなくたって、シャナイアがいるじゃないかあっ。」
「あいつはダメだ。短気だから、すぐ正体バラしちまう。前にそういうことがあったろう。」と、レッドの追い討ち。
「私、嫌なことされると我慢できないのよ・・・。」
「大丈夫。広大な王城や王宮にうようよいる召使いなんて、誰も気にして見てない。派手なことさえしなければ平気さ。」
ギルが言った。
「そうよ、余裕だったわよ。自分で正体バラすまでは。」
「女装がイヤだっ。」
「それに今回は住み込まなくていい。ちゃんと毎日送り迎えしてやるから。」と、レッド。
「危なくなったら呪文 唱えれば?」と、リューイ。
「簡単に言わないでよっ。」
「それじゃあ、とりあえず女装してみようか。シャナイア、カイルを頼む。」
ギルが強引にさっさと話を進めた。
「なにまた勢いでさせようとしてんのさっ。乗るわけないでしょっ!」
ギルのこの「それじゃあ・・・」から始まる無茶ぶりは、ニルスでも経験があった。そして、そのあとのこと(※ リューイに塔の上から湖へ投げ捨てられた)は、もう思い出しただけでもゾッとする。
「ねえ、皆を助けてあげたいんでしょ?心配しなくても、ちゃんと可愛くしてあげるわよ。」
カイルの腕にサッと両腕を絡めると、シャナイアはそのまま、無理やり部屋から引きずり出していった。
それから一時間が経過した。
いわば敵地に潜入するとなると、ほかにも考えることがあるのだから暇を持て余すことはなかったが、さすがに遅いなと誰もがふと気づいたその時、息を呑むような黒髪の ―— だが、あからさまに不機嫌面の —― 可愛い娘が現れた。
「綺麗な顔立ちだから薄化粧でじゅうぶんいけたわ。こんなものでどうかしら?」
シャナイアが彼女の髪・・・付け毛に手串を通しながら言った。可愛らしくリボンで二つ結びにされている。衣装は、ここの召使いの制服をとりあえず着せられていた。
これで、見た目に何の違和感もない完璧な〝美少女〟の出来上がり。そうシャナイアが得意気な顔をしている横で、本人はというと、すっかり拗ねてしまい口を閉じっぱなしである。
「似合う・・・。」
リューイはあまりの出来栄えに目を大きくし、その少女・・・いや少年を見ている。
「おお、上出来。これならイケる。」
ギルは満足そうに何度もうなずいていた。
「驚いたな・・・。」と、エミリオ。
「ヤバイ、惚れちまいそうだ。」
レッドが愉快そうに冗談を言った。
カイルは言い返す気も起こらず、甚だ機嫌が悪かった。
「カイル、ほら、ちょっと声出してみ。女らしくな。」と、レッド。
ふくれっ面のカイルは声のトーンを高くして、「恨んでやる。」
ギルは長いため息をついて、胸の前で腕を組んだ。
「カイル、俺たちは大真面目だぞ・・・。」
こうしてカイルは、特にギルとレッドの二人とは口を利くまいと思い、このあとは頑なにむっつり黙りこんでしまった。
※ 『白亜の街の悲話』― 「決死のダイブ」




