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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第12章  アルザスの宝剣  〈 Ⅸ〉  
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無血降伏の国(モルドドゥーロ大公国)


 彼らは林立する円柱の森を通り抜けて、離れにある礼拝堂れいはいどうへ移動した。神聖な場所で行うことにより、少しでも効果を高めようと考えたからだ。


 十本の円柱がおもてに横一列に並んでいる玄関廊を突き進むと、祭壇さいだんのある部屋に通じていた。

 その祭壇の両端には、すでに備え付けの大きな蝋燭ろうそくがあった。


 まごつくことなく二本の蝋燭に火を灯したカイルは、アランをその間に来るよう誘導ゆうどうした。アランから見れば、なるほど、ずいぶん手慣れた様子だ。動かせる椅子いすが見当たらないので、今回は立ったままである。


「目を閉じてください。体を楽にして。決して抵抗しないでください。大丈夫だから。何も考えないように。いらない力が加わると、相手が進めなくなります。僕が誘導しやすいように協力してくださいね。」

「承知した。」

「始めます。」


 カイルも、そっと目を閉じた。


 最初はささやくように、そして少しずつ声の調子を強めていく。念を一つに黄泉よみの精霊に命じるカイルは、それらが、彼の先祖を探し出してくれるのを根気よく待った。そのあいだ胸の前で怪しく動かしている両手は、時折 虚空こくうに指を走らせたり、滑らかな腕の動きを見せたりもした。


 それを、ただ静かに見守る一同・・・長い。実際、誰もがそう感じた通りで、経過した三十分は、このたぐいの儀式では長いといえる待ち時間。楽にして・・・と言われたアランだったが、目を閉じて呪文だけを聞いていると、おさえきれなかった緊張が限界に。たまらずため息が漏れ、そのあと不意に意識が途絶えた。


 実は、アランがそうなる直前のこと。


 二本の蝋燭の炎に、はっきりと異変が起こっていたのである。その太くて長い芯から作り出される大きな炎が、無風だというのにぐらりと揺らめいたのだ。 


 シャナイアは、思わず隣にいたギルの腕に飛びついていた。


 カイルは以前に、リューイの育ての親であるロブの霊を呼び出したことがあったが、その時の媒介ばいかい役を引き受けたのがシャナイアであったため、彼女にとってこの儀式を実際目にするのは始めてのことになる。


 ギルは、薄暗がりの中でおびえながらしがみついてくるシャナイアを可愛いと思い見下ろしたが、その視線にも気づかないほど、彼女は今、目の前で起こっている出来事の方に気を取られている。


 アランの口がおもむろに開いて、かすかな声が聞こえた。微妙に引きつっているようにも見える表情と、そして、わなわなとおぼつかない唇の動き。その状態でやっと聞き取れる言葉は、文章にならない単語ばかりである。


 カイルは、やはり少々てこずっていた。憑依ひょういする相手が血縁であるとはいえ、本来この国には何の関係もないほかの者たちが周りにいるのである。気になるのかもしれない・・・と、エミリオは考えた。なにしろこれは、きっと限られた者しか知り得なかった秘伝の合い言葉のようなものだろうから。


 それで結局、先祖から得た情報の全てをきちんと聞き取ることができないままに、相手が引いて行ってしまった。しかし、それらいくつかの鍵となる言葉を残してくれたので、これを解明できれば結果的には成功したことになる。


 一つでも多くの手がかりを与えようと、それを聞くことができた者たちはみな、それらの情報を、そのあいだ意識を絶っていたアラン自身に伝えた。


 先祖の霊が残したヒントは、こうだった。


 精霊、とう、そしてつぼ


 幸いにも、アランにはそのキーワードを容易よういに解明することができた。


 ところが、期待に反して、とたんにアランは動揺と困惑の表情を浮かべたのである。力無く下を向いたその顔は、やはり喜ぶ様子もなく青ざめている。


 どうしたのか・・・という注目の中で、やがてアランは弱々しく告げた。

「なんということだ・・・。」と。


「え・・・。」

 カイルは、いよいよ眉をひそめた。


 アランは誰の顔を見ることもなく、どこか一点に絶望的な眼差しを向けたままだ。

「塔の部屋に収められている壷・・・いえ、収められていたその壺は・・・数年前に、隣国メサロバキア王国に・・・差し出してしまった。」


 なんだって・・・⁉という雰囲気で、その場は静まり返ってしまった。


 そして、現状に至った全てが語られる。


「かつて、かの国は、武力行使も辞さない様子で脅迫しながら、国を統合する話をもちかけてきたのです。我々の領地内にある未だ豊かで清らかな水源など、まだまだ利用価値が高いとされる資源が目当てのようでした。それに、※サウスエドリース地方との境目さかいめにあるかの国は戦争に対しても意欲的なようで、戦闘員の確保、増員したいという目的もあったのでしょう。しかし、実質的には完全に権限を握られることになる吸収合併です。今のかの国の王政は、徹底された専制政治。従うことはできないと我々は判断しながらも争いを避け、かの国が望む資源ある土地を明け渡し、財産の多くをなげうった。国民がみな無事でさえあれば、協力して国を建て直し、平和を保つことができると信じて。だが国の再建はままならず、そのうちにも国民は貧しさによる飢えに苦しみだし、そのため家を持たぬ多くの者が同じ病にかかり、このような思わぬ事態を招いてしまったというわけなのです。」


「原因はそれか・・・。」

 レッドがつぶやいた。


 もともと大昔には、モルドドゥーロ公爵領とメサロバキア王国とは同じ帝国にあり、皇帝によって支配されていた。それが長い歴史の中で帝国が解体した時、モルドドゥーロ公爵家は過去の功績によって大公国を建国し独立することができた。その当時はメサロバキア王国との関係も悪くはなく、縁を意識し王国を支持してさえいたのだが、互いの君主が変遷する過程で、いつしか縁よりも力が物を言うようになっていた。そうしてメサロバキア王国は隣国モルドドゥーロ大公国を欲しがるものの、モルドドゥーロ側は君主制の違い、それもすでに染みついていたメサロバキア国王代々の虐げる統治を密かに問題視していたことから、要求に応じることはなかった。弱者でありながら独立権だけは頑なに守ることができたのは、運よく、その度に、上手く話ができる過去に功績を残したような英雄がいたからだ。現在でも適任者として大公はよく尽力したが、時間が経てば経つほど圧力は強くなり、限界にきたという。


 一方、この国の無能にも思えた議員に対して、これまで多少のいきどおりを拭いきれないままでいたギルは、この時になってやっと同情することができたものの、これには何も言えなかった。ギルの生家ロアフォード家(当時のアルバドル王室)も、人員という戦力を得ることを目的に破綻寸前の近隣国家を救済する形で取り込んだからである。ただし体制を統合するのは軍事に関することなど一部に限られ、互いに国をより良く強くし、守るために協力を求める協議のうえ、快く合意に至った。つまり中身は、一部の主権をアルバドル王室においた連合王国(現在は諸国家を統括するアルバドル帝国)である。 


 そのあと、ひとまず城館に戻った彼らは、どうしたものか・・・と、じっくり腰を据えて考え込むことになった。









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