幻の財宝
率直なその問いに、まず辛そうなため息を返したアランは、重い口を開いた。
「彼らは、国からの援助金で生活をしていた老人や、もともとは農業を営んでいた者たちです。西の国境付近には、天然資源が豊富な、我が国にとって重要な土地がありました。そこには水源もあり、そこから流れてくる水は農業にも生かされていましたが、その土地を失ってしまったため水源も無くなってしまったのです。その水を利用していた農家の者たちは農業を続けられなくなり、そうしてここへと移り住んできました。ですが、国の財産が極端に減ってしまったため、政府もその援助金を打ち切るほかなくなってしまったのです。当然、家賃が払えなくなったのでしょう。そうして家を失った人々が、旧市街の面影を残しているギジルに集まってきたようです。とはいえ、政府としても、今は一日一度の食事を配給するのが精一杯という状態で・・・。」
土地を失う、水源を無くすといった言葉が、特にエミリオやギル、そしてレッドには引っ掛かって仕方がなかった。それに連想されるのは、戦争。しかし、この小さな国が単独でそれに対抗できるとも思えない。こういった小国が乱世で生き残るには、利害関係にある戦える国を味方につけなければならない。ゆえに、トルクメイ公国は独立前の隣国の保護下にあり、さらに友好貿易国である強国アルバドル帝国を後ろ盾としているのである。
そして、戦争が起これば記事になる。奪われたとなれば敗戦したととれるが、旅を始めておよそ一年が経った今、機会がある毎に情報局に立ち寄るエミリオとギルの記憶に、この国が関わるそれは無かった。見落としは有り得ない。彼らがこの先目指すのは、激戦の地エドリース地方。進路に関する情報には、特に注意を払ってきたのだから。
しかし触れていいものかどうか躊躇われたため、三人共ここでは目を見合っただけだった。
アランはそのあと、一息おいてからカイルに視線を向けた。
「では、本題に入りましょう。君は薬草が分かり、それを薬とし、調合することができる医者だと聞きました。我々が今必要としているのは、まさにそのような人材なのだが、ただ・・・その・・・君、歳は・・・?」
「僕が若年だから、信用できないんですね。よく言われるもん。だから、そんなに気にしなくていいです。」
アランが訝るようにしどろもどろになると、カイルはあえて淡々と答えた。
「アラン卿、彼は優れた名医の孫で、医術を熟知しています。彼には、今まで何人もの患者を治してきたという実績があります。」
「そういうことです。」と、エミリオの具体的な補足に、カイルは胸を張った。
「そうか。それを聞いて安心した。ではあなた方と交渉をしたいのだが、なるべく費用を抑えて、ギジルの人々のために薬を生産したいと思う。この国には医者や薬剤師が少なく、協力を乞おうにもみな忙しい。そして我々の医療班は既製品を使っていたため、この病の特効薬を安全に仕上げることができないので。そこで少年よ、ぜひ君の手ほどきを受けたい。無論、只でというわけではない。ついてはその謝礼金だが・・・そちらの希望は・・・。」
エミリオは悲しげな微笑を返した。
「アラン卿、もう一つ聞いてはいませんか。彼はこうも伝えました。患者からは医療費をいただかない主義だと。それは彼に対して、失礼に当たります。」
カイルもまた、その通りと言わんばかりにうなずいた。
「そういうことです。あの人たちの病を治すのは本来僕の務めだし、そのお手伝いをしてもらえるなら、こちらこそありがたいです。」
「なんと、君は心優しい少年だ。」
「しかしアラン卿、お言葉ですが、彼が今患者たちを救うことができても、この国の経済的な対策を実行しなければ、いずれ同じことになるのでは。家も仕事も持たないという人々が、あまりに多くいる。彼らがまともな生活をすることができないでいる限り、今彼らを蝕んでいる病は恐らくまた現れます。」
アランが感心しているところに、ギルの几帳面で深刻な声がかけられた。
アランは真剣な顔で、ギルを見て強くうなずいた。
「もっともその通りです。この国の活気を取り戻して富を得なければ、今、彼らを救ったところで、それは一時の間に合わせに過ぎない。ゆえに我々は毎夜会議を開き、対策を練ってはいるのですが、一向によい案は浮かばぬ・・・。例えば、ほかの水源を上手く利用できるよう設備を整えようにも、その工事費も出せない。何をするにも、その資金すら絞り出せない状態なのです。ただ、我々はそうする一方で、ほとんど神頼みなのですが、遥か古代に先祖が隠したという財宝を探しています。それが実在して見つかりさえすれば、あるいは全てが解決するであろうに。」
アランの声は途中 自嘲するようなものになったが、そのあとに続いた突拍子もない話を、彼はなんとも真面目な顔で語った。
「隠したって、どこだか見当がつくのか?探す場所なんていくらでもあるじゃないか。」
何でも乗ってきそうなリューイでさえ、呆れてそう言った。
「確かに。それゆえ、におう所から探してゆくしか方法はないのです。」
ため息混じりにそう答えたアランは、左手を徐にテーブルの上に上げ、一行に見せるようにして袖を引いた。
するとその腕には、色濃い水色の宝石が目を引く銀のブレスレットが。
それは本来 大公が身につけるはずのものだが、訳あって今はアランが預かっていた。
「これは、家宝のブレスレットです。中には鍵が収められてあるのですが・・・。」
幅と厚みのある腕輪で、ターコイズブルーの宝石が嵌め込まれている真ん中には、何か紋章のようなものが白で描かれている。その部分は盛り上がっていて、開閉できるようになっていた。アランがその蓋を開けてみせると、中から出て来たのは確かに小さな鍵である。
「恐らく、その宝箱か何かの鍵ではないかと。しかし長い年月のあいだに、誰にも分からなくなってしまったのです。」
なんと間抜けな・・・と、ギルは思わず心の中で呟いた。そして、いささか頼りない国の、そんな都合のよい曖昧な話を本当にあてにしていいのかどうか・・・という思いをひとまず抑えると、助言してやる気持ちで、アランに向かってではなくこう言った。
「先祖が隠したということは、その時代には何か手がかりを残している可能性はないか。昔、宝のありかを何かに記しておくのは、よくあることだったらしいぞ。」
「その手がかりを探した方が早いかもな。」と、レッドも同じ思いながら、そう意見した。
ここにしばらく沈黙が落ちたが、その中でエミリオが静かにきり出した。
「私は今思ったんだが・・・カイル、君の力で、ご先祖を呼び出すことは可能か。」
「うーん・・・やり方は知ってるけど、リューイのおじいさんの時とは違って、古い霊を呼び出すのってすごく高度だし・・・。でも、向こうが素直に応えてくれれば、できるかも・・・。」
「え・・・どういうことだい。君は本当のところは何者なのだ。」
アランは驚いて、少年をまじまじと見つめる。
「僕は医者であり、そして、精霊使いです。医者が本業だと思ってるけど。」
「精霊使い・・・あの、精霊使いか。本当にそうなのか。君はまだそんなに若い・・・。」
アランは驚きのあまり二の句が継げなかった。
カイルは、やれやれとため息。
「僕のおじいさんは、神精術師でもあります。これで納得してもらえた?」
「しかも、そいつはけっこう強いぞ。」と、リューイ。
「なんと、君は偉大な少年だ。」
アランにとって、ここでのひとときは、期待以上に驚きが勝るものになった。




