バルカ・サリ砂漠で
巨大な赤い太陽が、陽炎のようにゆらめきながら地平線の彼方へ沈みゆこうとしている。心地良い微風を肌に感じながら、四人は砂漠を横断していた。比較的足早に歩いているのは、日が完全に姿を隠してしまう前に、この砂漠を抜けようとしているからだ。バルカ・サリ砂漠は小規模な砂漠地帯ではあるが、その心地良さも、夜になると気温が急激に低下してくる。さらには、砂嵐も起こりうる。
「ミナ、疲れたら言えよ。無理しなくていいんだからな。」
カイルとミーアのやや後ろから、レッドが落ち着かい様子でそう声をかけた。
「無理なんてしてないってば、もうっ。」
ミーアは勢いよく振り返って、もともとふっくらした頬をさらに膨らませる。
レッドはこのセリフを、呆れるほど何度も口にしていた。砂漠は不安定で、足をとられる分、疲れやすい。酷暑の昼間以外は、ずっとそんな砂の上を歩き続けているのだから、子供の足ではかなりきついだろうと思われるのに、本人は平気だと言い張るのである。
「そんなに心配しなくても大丈夫さ。ミーアの足取りを見てれば分かるって。」
レッドと肩を並べているリューイが、カイルに聞こえない小声で言った。
「けど、こんなところでまた体調を崩されでもしたら ―― 。」
そこで、レッドの顔つきがサッと変わった。急に立ち止まり、険しい顔で一点を見据えている。
うごめく影と、殺気に気づいたからだ。
「レッド・・・。」と、リューイが低い声で囁きかけてきた。ほぼ同時に感づいていたその視線は、前方に見える、切り立つような砂丘の頂上あたりに向けられている。レッドも睨みつけている場所である。
「ああ・・・何かいるな。」とレッドが応じると、リューイは、「誰か・・・だろ?」と苦笑した。
「厄介だな、盗賊か。」
レッドは、嫌悪感に顔をしかめるというよりは、困ったな・・・という表情になる。いつもはただの煩わしいものに過ぎないそれらも、今回は少々手間取ることになりそうだからだ。
ここでふと、テオの助言を思い出したレッド。そして、「幸先がいい・・・ね。なるほど。」と、皮肉を呟いて肩をすくった。いったい、どういう意味の幸先がいいだか・・・。
その間もさきさき歩き続けていたカイルとミーアを、リューイが呼び止めた。
そんな二人の警戒心になど全く気付く様子もなく、カイルが振り向く。
「なに?」
「それ以上行くな。」
「なんで?」
カイルは首をかしげた。
二人をその場に立ち止まらせたまま、レッドとリューイは、前方に見える怪しい場所へ向かって歩きだした。いつでも対応できるよう気を引き締めて。
ところが、あえて二人が近付いていっても、相手はなかなか姿を現そうとしない。
二人は抜かりなく、その砂丘の麓まで来ると足を止めた。
向こうはまだ息を潜めている。
「何か用か。」
レッドは不愛想に、見えぬ相手に声をあげて呼びかけた。
するとようやく、一人、また一人と体を起こし始めた。そこに腹這いになって様子を窺っていたのは、七人。その誰も彼もが、慣れたように勢いよく砂丘を滑りおりてくる。体中に物騒な武器をまとった体格のいい男たちだ。交易路を張るならず者に違いない。
やがてその集団が周りにそろうと、中でもリーダー格に見える巨漢に、レッドは視線を定めた。
「先に言っておいてやるけど、俺達はそっちが期待してるほど旅費を持ち合わせちゃいない。金目の物もゼロだ。」
「あるさ。」と、男は言った。
そして、どういうことかと顔をしかめたレッドを見ながら、顎をしゃくった。
「向こうの小僧だ。」
そう言われて、レッドはカイルを振り返った。そして、「ああ・・・。」と、思わず納得の声を漏らした。
盗賊というものは、金品だけでなく金になれば人攫いまでするのである。金になるかどうかは、顔立ち一つで決まる。つまり、売り飛ばすことのできる魅力的な容貌ならば、盗賊どもにとっては宝も同然。
だが、それなら、リューイもミーアもじゅうぶん金になる。なのになぜ、カイルだけに狙いをつけるのか・・・。レッドはリューイと顔を見合い、それからミーアに視線を向けて首を捻った。いくら顔が良くても筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》はイヤで、子供にも興味はなく、年頃の美少年なら文句無しということか。
「あいつだけ?どうして。」
「黙って小僧をこっちに寄越しな。逆らうと――」
「断る。」
レッドは聞き慣れた脅し文句が続くと思い、うんざりだという顔をした。
すると男は含み笑い、「ふ、いいだろう。いた――」
「痛い目にあってもらおうか。俺は気が短けえんだ・・・ってところか?」
癇に障ったようで、男は顔を紅潮させた。
「少しは捻った脅し文句を使えないのか。」と、レッドの方はため息混じりに吐き棄てる。これまで、こんな決まり文句を何度聞かされてきたことか。
そんなレッドをただ睨みつけていた一味の頭は、無言でまた顎を動かした。だが今度は子分たちに「二人を片付けろ。」という合図を送ったのである。
レッドは辺りを見回した。離れたところに、かなり風化の進んだ建物か何かの跡がある。
「カイル、ミナを連れて向こうの瓦礫の陰にでも行ってろ。」
そう鋭い声を上げたレッドは、やむなく剣の柄に手をかけた。この時、両手を同じように動かした。なぜならレッドは、いわゆる二刀流だからだ。もっとも、どちらも諸刃の片手剣だが、アイアスの中でも、レッドのように二本の剣を同時に駆使することのできる男は、戦士と名のつく者たちのあいだで〝二刀流の鷲〟と呼ばれ、恐れられていた。
二刀流の鷲・・・それは、そら恐ろしいまでの早業を繰り出す、剣豪の中の剣豪。