律儀な盗賊
真夜中、レッドは不意に目を覚ました。理由がないわけではなかった。戦場でもなく、森の中でもないこの平和そうな町の、安心して眠ることのできるはずだったこの邸宅内において、不意に感じた不吉な胸騒ぎは戦場で覚えるそれと変わらないものだ。パリンという微かな高い音を聞いたとも思った。
レッドは、むくりと体を起こした。そして異変を感じた真下の状況を確認しようと、まず窓辺に忍び寄った。この窓を開けていたため、その気配をはっきりと感じることができたのだろう。
真下の一階には晩餐会が開かれた広い食堂があり、中庭に面している。
レッドが、カーテンの陰からそっと外を見下ろすと、恐らく、直接中庭に出られるようになっているガラス戸から、人影がヌッと現れた。
レッドは眉間に皺を寄せた。
影は幾つもあり、そのうちの二つは一緒になっている。背後から脅されているのだ。どうやら情けの無いことに、警備の者は、揃いも揃ってまんまと伸されてしまったらしい。
レッドが窓から離れて、人質をとられている以上役に立ちそうにない剣でも一応つかみ取った時、やっと警報音が鳴り響いた。警備員の誰かが気づいたようだ。向かいの別館の明かりも次々と灯りだしている。
レッドが急いで廊下へ出ると、右隣の部屋からはエミリオとギルが、そしてその隣からはシャナイアも同じタイミングで出て来た。エミリオとギルも同様、自分の剣を握り締めている。彼らは無言で目を見合っただけで、中庭へ下りることのできる最短距離を急いだ。
あらかじめ屋敷の警備システムや間取りを教えられていた親分の筋書はこうだった。
金目のものを探して屋敷を物色中、お宝を奪ったあと、たまたま入った客室で眠っていた金髪碧眼のの美青年をもさらって逃亡。その筋書通りに、レッドが一人で寝ていた部屋にでも行ってくれていたなら、事件は簡単に解決していた。ところが、盗賊たちにとっては運良く当初の予定が狂ってしまった。
その召使いは、晩餐会の後片付けを済ませた最後に、食堂の戸締りをする係だった。そして真夜中に目覚めた時、ふと不安になったのである。ガラス戸の鍵をかけたかしら・・・と。
結果的に、鍵はかかっていなかった。だが彼女のせいではない。彼女はきちんと鍵をかけていたが、ガラス戸が破られ解錠されていたのだ。そして驚いている間に背後から襲われ、彼女は中庭へ引きずり出された。
ひとまず外でおとなしくさせておこうと、その召いを中庭へ連れ出した盗賊の頭だが、たまたま起きてきた彼女によって崩れ始めた計画は、続いて、すぐに意識を回復した警備員に警報ベルを鳴らされるというどんどん修正不可能な方向へ。今や中庭の池を背後にしたところで、盗賊一味もまた次々と集まってきた屋敷の者たちに囲まれていた。
この時、誰かが点けた広間の照明のおかげで、ガラス張りの大きな窓から漏れている明るい光に、中庭に集まった全員が照らし出されていた。
一味から見て最前列にはレッド、そしてエミリオとギル、そのすぐ後ろにシャナイアもいる。外付けの階段からリューイとクラフトも駆け下りてきていた。
しかし人質がいるため、一味に近付けるのもある所までしか叶わない。それで誰もが、そんな悪党グループをすぐ目の前にしておきながら、手も足も出せずに立ち尽くしている。
修正不可能ならば計画変更とばかりに、頭の男はニヤリとした。まさしくそうだという金髪碧眼の美青年をさっそく見つけたからである。さらに、男にはもう一つ気付いたことがあった。その隣にいる長身でハンサム顔の紳士。その顔は、これを依頼してきた雇い主に似ていた。男はなるほどと思い、たちまちその雇い主のことが気に入り、ますます面白くなった。そして、誘拐の件を律儀に遂行してやることにしたのである。そうすると、誘拐すると言っても、さりげなくどうするかを考えなければならない。
「妙な真似しやがったら、この女の命は無いからな。俺たちゃ東の荒野のならず者。人殺しなんざ手馴れたもんだぜ。まずはその物騒なものを捨ててもらおうか。」
人質の首に腕を回して刃先を向けているそのまま、男はそう脅迫した。
予想のついていたことで、屋敷の者たちが悔しそうに武器を手放すよりも早く、エミリオやギル、そしてレッドはあっさりと剣を放り投げている。
男は子分の一人に武器を拾い集めろという合図を送る。
そのあいだも、男はまだ思案していた。本来の目的を果たさなければ意味がない。子分の中には、誰もが下手に動けないのをいいことに、早速もう食堂から盗みを働いている者もいたが、どんな高価な宝飾類が隠されていても、今は面倒に思えるだけだった。なんせ、すぐ金になる極上のお宝がそこにいるのだから。
武器を拾い上げていた子分もリューイに気付いて、端整、金髪、青い瞳、この三つの特徴を確認するように、おかしいほどジロジロと眺め回している。おかげでリューイは、今にもその男の首につかみかかってキッと眼飛ばしてやりたいのを、軽く睨みつけるだけにして耐えている。
実はこの男、ほかにも、まず真っ先にシャナイアの美貌に見惚れたあと、男でありながら美しいエミリオと二枚目のギル、さらに、遅れてやってきた美少年のカイルをも目ざとく見逃さなかった。
「兄貴、あの金髪の男じゃねえすか?例の。なるほど綺麗な顔してやがりますぜ。」
下っ端のその男は、集めた武器を持って親分のもとへ駆け戻るなり、上機嫌で報告した。
「ああ、分かってるさ。さて、どうするか・・・。」
「ほかにもいいのが揃ってますぜ、兄貴。まとめて攫っちまいますか。」
一方、エミリオやレッドもそうだが、ギルは、相手の出方をただ黙って見ているばかりではなかった。何か妙案はないものかと、このあいだ冷静に見澄ましながら、策を講じていたのである。でなければ、さっさと盗みを働いたあと、一味はこのまま人質を連れ去り逃亡・・・ということになる。
だが、すでに武器は綺麗に纏められてあり、屋敷の中も手っ取り早く物色し終えたようだった。
ギルもさすがに焦りが募り始めた。
その時、隣にいたレッドが —— 。
「おい、俺が彼女の身代わりになるから・・・」
と、不意に言った。
ギルは目を向けて、呆気にとられた。
なぜなら、レッドは上半身何も着ていない。つまり訓練と幾多の戦場で鍛えあげた躰を曝け出したままで、それを言ったのだから。
一行は快眠できそうな肌触りのよい寝間着を受け取っていたのだが、ベッドにありつけた時のレッドのいつものことで、上着は脱いで寝床に潜り込んでいたのである。
「冗談じゃねえ、お前はいかにも腕がたちそうじゃねえか!妙な考え起こすんじゃねえっ。おとなしくしてろ!」
案の定、すぐにそんな怒号が返ってきた。
「俺が奴らでもそう言うぞ。」
レッドが深々とため息をついたところに、ギルが小声で囁きかけた。
「うるせえ、丸腰なんだからいけるかと思ったんだよ。」
「お前ととっ替えたところで、奴らには何の特にもならんからな。」
「その顔ならいけるだろ。試してみたらどうだ。」
ギルは内心、それにつられてくれれば、時間かせぎの足しになるかもしれない・・・と、真に受けて考え始めた。この状況を打開できるチャンスにも恵まれるかも。
「まあ、やってみるか。」
ギルは盗賊たちの気を引く意味で手を挙げた。
頭の男は何のつもりだという目を向ける。
「俺ではダメか?」
男と目が合うと、ギルはずいぶんと落ち着き払った顔で言った。
すると男が胡散臭そうに顔をしかめたので、ギルはエミリオの腕に素早く手を伸ばした。
「こいつも付ける。」
エミリオはいつの間にか左手を挙手。だがエミリオは、ただ一瞬 面食らったような顔をしただけである。そんな勝手な相棒に突然されるままでも。
一方、男は品定め・・・を、するまでもない。非の打ち所のない世にも稀な美貌、文句なし。
男は、「いいだろう。」と、ギルに向かって答えたが、「ただし、お前はダメだ。代わりに・・・」と、視線を転じて、「そこの金髪の綺麗な兄ちゃんと二人なら、替えてやってもいいがな。」
目をつけたのは、無論、ルーウィン・アーヴァン・ウェストに違いない美青年。
ちなみに、いつでも裸でいたい野生児のリューイも普段はレッドと同じだが、この日は渡されるままに寝間着を着ていた。なぜなら、父親も着ていたからだ。それで、リューイの大自然の中で鍛えに鍛えたボディーはほとんど包み隠され、七分袖から両腕の前腕が見えているだけである。しかも、リューイは着痩せするタイプだった。
男は口もとに笑みを浮かべた。
その向かいでは、ギルとレッドも目を見合って密かにニヤリ。
後ろにいるシャナイアの口からは、「バカねえ・・・。」と、思わず声が出ていた。
両者、同じことを思いながら内心手を叩いていたから。
素晴らしく自然に上手くいった!
そして、リューイもまた選ばれたことをありがたいと思いつつ、これでやっと叩きのめしてやれるという期待に胸を膨らませている。
「分かった。俺が身代わりになってやる。約束だぞ、彼女を放してやれよ。」
そう言って恐れもせずに一歩踏み出したリューイの腕を、クラフトはあわてて掴んだ。一味の頭に向けられたその顔は、青ざめてひどく動揺している。
「待ってくれ。望むだけ金は出そう。私が身代わりになる。だから、頼む・・・いやだ・・・もう二度と・・・あんな思いは・・・。」
少し様子がおかしくなったと察したギルやエミリオには、気の毒でならなかった。盗賊に攫われたという妻のことを想像したのかと。
一方、さっさと立ち去りたい一味の頭は、そんなクラフトをうるさそうに一瞥しただけで、これに聞く耳持たないといったふりをしていた。実に魅力的な交換条件ではあるが、長居は禁物。ただでさえ大金付きの金髪美青年というとびきりの上玉に、おまけで世にも稀な美貌の男をも手にいれられれば、じゅうぶん予想以上の収穫だ。
男は最初から狙っていた金髪美青年に目を向けなおした。
「いいから、早くしろ。」
リューイはどうしようもなくうろたえている父のその手を取ると、こう言った。
「父さん、俺、大丈夫だから。だって、わくわくしてるし。」
クラフトは耳を疑った。しかも息子は、そのあと不適にほほ笑んだのである。
「なにもたついてる、早くしろ!おい、そっちの《《やたら》》綺麗な男もだ!」
指をつきつけられたエミリオは、ギルを見て肩をすくってみせる。
ギルも苦笑を返した。
「悪いな。けど、あいつを選んでくれて助かったよ。実は、あとのことはたいして考えてなかったんでな。お前はおとなしく捕まっていろ。」
了解といった笑みで応えて、エミリオは平然と我が身をさしだした。
「残念だったな。」とレッド。
「この顔はお好みじゃなかったか・・・。」
「元気出せよ、色男。」
前に出たエミリオとリューイは、盗賊一味と堂々と向かい合っていた。異様に涼し気な表情の二人を妙だと思いつつも、男はよしよしと心の中でニヤつき、捕まえておけという合図で、そんな二人の方へ少し首を振ってみせる。
下っ端らしい二人が素早く動いた。エミリオとリューイは背後から両腕を乱暴につかまれ、後ろへ回せと偉そうに口汚く命令される。
エミリオは無表情、そしてリューイは一瞬こめかみをピキッと引き攣らせたものの、チャンスを待って素直に従った。ロープは武器を纏めるのに使い果たしたらしく、二人共、とりあえずは背後にいる子分に素手でがちりと拘束された。




