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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第11章  ルーウィン・アーヴァン・ウェスト 〈 Ⅷ〉
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実父との時間

 弧を描いた一面ガラス張りの窓、そして天井からは大きなシャンデリアが吊り下げられている食堂にて。クラフトにとって、生き別れた息子と奇跡の再会を果たした記念すべき夜、祝いの宴はここで和やかに始まった。話に聞いていたその友人達との顔合わせも、今ここで行われることとなった。


 まずは飲み物。それには貴族の晩餐会には欠かせない高級ワインのほか、レッドも好きな庶民が飲み慣れているビールや、ミーアのために南国の果汁をたっぷりと使ったソフトドリンクもきちんと用意されていた。そして、敷地内でとれた新鮮な野菜と、サヘル湖やオルフェ海の豊富な魚介を中心に調理された、心の籠った贅沢な料理が次々と運び込まれている。


 こういう場では気前よく特技を披露するシャナイアが、お礼にエミリオの吹くフィルート(この世界の木管楽器)の曲に合わせて踊ってみせると、クラフトや周りに控えている召使いたちの間から惜しみない拍手喝采が起こった。  


 そのあと自由に食事をし、会話を楽しんでいる間ずっと、仲間たちとはどういう出会いがあったか、共にどんな体験をしたかなどを、リューイは、父であるクラフトにとてもいい表情で楽しそうに語っていた。そして、それがどれほど違う世界のお話で嘘のように聞こえても、もはやクラフトは息子の全てを受け入れ、その生き生きとした笑顔に見惚みとれながら、ただ優しく相槌あいづちをうっていた。

 

 一方それを、仲間たちは喜ばしいような寂しいような、何とも言えない気持ちに駆られながら見守っていた。


 そうして晩餐会の楽しいひとときも過ぎ、用意された寝室に一行が落ち着くと、リューイはまた一人で父クラフトの部屋を訪れた。今夜は、父の部屋で眠るとのこと。


 二人部屋と一人部屋の二種類ある客室の割り当ては、二人部屋にエミリオとギル、レッドとリューイ、そして、シャナイアはミーアに添い寝で一人部屋に、カイルも広々とした一人部屋を使うことになっていた。リューイが最初からそうすると分かっていれば、カイルと一緒でよかったのだが……と思いながら、レッドは嬉しそうに部屋を出て行く相棒の後ろ姿を複雑な思いで見送った。


 ちなみに、町の宿では無理やり狭い簡易ベッドを何台も押し込んだような、大部屋とは名ばかりの客室を用意している所も少なくはなく、相部屋あいべやを勧められることも普通にあった。テリー、ジャック、スエヴィと旅仲間に恵まれたレッドではあったが、そういった部屋が半端に空いていることも多いので、よく相部屋を利用したものだった。


 そして、一人として数えられることのないミーアは、どこの宿でも添い寝扱い。基本的にはシャナイアが付き添うが、どんな理由かただの気分でか、ミーアの方から勝手気ままに他の者をご指名することもよくあることだ。以前は抵抗があったレッドでさえいちいち照れ隠しもせず、今では当然の義務であるかのように受け入れている。慣れとは恐ろしいものだ・・・と、時々レッドは思う。


 クラフトとリューイは、一つのソファーに並んで座った。


 まずクラフトが、子供のようにあれこれと質問を重ねるリューイに、その一つ一つに丁寧に答えていった。もっぱら母親のことで、彼女が自分に対してどうしてくれたとか、どんなことが好きだったとかだ。


 クラフトは、そのあいだ笑顔を絶やさず息子にひたむきな眼差しを向け、失った時間を取り戻そうとするかのように語り続けた。


 そうしていると、リューイは、最初出会った時に少し抱き合ったが、もっとじっくりと父親を感じてみたくなり、クラフトの手をとった。


「父さん・・・もう一度抱いていい?」


「ああ、もちろん。私にも、お前を抱かせておくれ。」


 リューイは立ち上がって、父の前に膝を付いた。両腕を伸ばして父の腰にしがみつき、父の腿に右頬をそっと押し付けて目を閉じた。


 ずっと、直接触れて感じてみたかった親の温もり・・・その願いが叶った。それが、これまで恋しくてならなかった母の温もりでなくても、今のリューイには構わなかった。孤児みなしごだと思い込んでいたリューイにとって、こうして父親に会うことができ、その生きた温もりに触れることができただけでも感無量なことだった。


 リューイがそうしてじっとしているあいだ、クラフトは座ったまま息子を優しく見下ろして、その頭をゆっくりと撫でつづけていた。まるで赤子をあやしているようだったが、違和感など全くなかった。


「ルーウィン、それにしてもお前は・・・少し逞しくなりすぎではないか?これでは抱いてやろうにも、恰好かっこうがつかん。」


「こうしてるだけでいいよ。」


 リューイは幸せそうに、穏やかな声で囁くように言った。


 クラフトは顔をほころばせた。

「お前は、本当に立派になった。私たちの息子が、これほど大きくたくましい男になってくれていたとは、思いもよらなかった。素晴らしいことだ。ルーウィン、今度は、私の知らないお前の話を聞かせておくれ。」


 リューイは顔を上げて嬉しそうにうなずくと、また父の隣に座り直した。

「俺はアースリーヴェの森で、ロブってじいさんに育てられたんだ。」


 出だしからいきなり、また信じがたいことを喋り始めたリューイは、これまたクラフトが耳を疑うような話を、なんともほこらしげに瞳をきらめかせて語り続けた。木の上を飛び回って遊んでいたことや、友獣たちと一緒に昼寝や格闘をしていたこと。どうやって食料を調達してくるかや、訓練の話を。あたかも腕白盛わんぱくざかりの少年の夢物語を聞かされている心境だったが、クラフトはまた笑顔で相槌あいづちをうちながら聞き入っていた。だが実のところは、やはりまぶしいほどのその笑顔に魅せられていて、話の内容が非現実的であることにはあまり気がいかなかった。


「そうか・・・。父さんはそのご老人に、いくら感謝しても足りないほどだ。そして、ソフィアにも・・・。ルーウィン・・・お前はここに、父さんと一緒にいてくれるつもりはあるのかい?」


 その質問に答えようとするリューイの表情は、うかなかった。答えは、はなから決まっていたから。だから時間が惜しくて、できる限り一緒にいて多くを、今までの全てを語り合いたかったのである。


「父さん、俺・・・ごめん、ここには居られないよ。父さんに会えて、ほんとに嬉しかった。けど・・・俺はあそこしかダメなんだ。あそこには母さんもいるし。」


 伏目がちにそう答えたリューイを見つめて、クラフトは苦笑しながらため息をついた。


 クラフトにも、その予感はあったのである。息子の途方も無い話を聞いていると、そこからは強い信念や好奇心、そして使命感のようなものが伝わってきた。そして、この町は息子には狭すぎるということに気付いたのだ。この子をここに閉じ込めてしまうにはもったいなく、可愛そうで、だからその返事を聞かされても、不思議と残念な気持ちは湧いてこなかった。


「そうだな。お前が一緒に居てやらないと、ソフィアが悲しむな。きっと、そう言うと思ったよ。」


「・・・あのさ・・・もし、よかったらだけど・・・母さんに会いに来て欲しい。」


「え・・・。」


「じいさんが造ってくれたお墓が、ちゃんとあるんだ。そこはたぶん、普通の人にはすごく危険な所だけど、俺が守るから。」


「ああ・・・ソフィアにまた会えるなら、ぜひ。そうか・・・よかった、これで最後ではないのだな。だが・・・私の認識では、お前が育ったというそこは秘境と言われるところだ。連絡を取るにはどうすればいい?」


「何日もかかるけど、じいさんとよく行っていた大きな町があって ―― 。」


「リーヴェの密林から行ける大きな町か・・・都市モント・リアンかな。」


「ああ、そう。そこで手紙を受け取ったり送ったりできるみたいだ。父さんと手紙の交換ができるなら、俺、読み書きもっと勉強しておくから。」


 クラフトはため息をつきながら、ふっと笑みをこぼした。どうやら文通という言葉を知らないようであること、それに読み書きをもっと勉強しておくという子供のような言葉。やはり、無理に引き留めてもここでは生きづらいだろうと確信した。嫡男ちゃくなんというだけで爵位しゃくいを押し付けられ今から教育を受けるのも辛いだろうし、爵位を継がなければ事情がどうであれ無能と後ろ指をさされかねない。


「じゃあ、もう休もうか。一緒のベッドで眠るかい?目が覚めたら、お前は行ってしまうから・・・。」


 その寂しそうな余韻よいんの中で、不意にリューイは体をよじった。

「ああ。でも、俺・・・ちょっと小便。」


 クラフトは呆気にとられた顔をしたが、ふっと笑みを零して言った。

「はは・・・。場所分かるかい?左の突きあたりだ。ちょっと遠いぞ。」









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