表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第2章  邂逅の町  〈Ⅰ -邂逅編〉
40/587

運命の旅へ



 東の彼方かなたから赤く色づいてくる頃。


 ヴェネッサの街門へ向かいながら、レッドはしみじみとその朝焼けに魅入っていた。まだ冷たい風が肌身にみる。


「レッド。」 


 そんな彼に背後から声をかけてきたのは、最後を歩いていたニックだった。

 レッドは無言のまま、愛想あいそのない顔で振り向く。


「イヴに・・・」

「くどいぞ、おやじ。」


 レッドは、ぴしゃりと言った。


 この短い滞在期間中に、レッドはニックから、彼女に会いに行ってやるよう事あるごとに言われていたのである。


「けど、彼女はきっとまだお前のこと待ってるぞ。」

「いや、イヴには、俺なんかより待たなきゃならない人がいるんだ。」

「何だい、そりゃあ。」


 ニックはわけが分からず、顔をしかめた。


「とにかく、あいつに会っても、俺のことは言わないと約束してくれ。」

「意地っ張り。」


 ほかの者たちは、先にもう街門の下にたどり着いていた。ほかの者というのは、旅仲間のリューイとカイル、そしてミーア、それに、この日帰ると決めたスエヴィと、見送る側のジャックである。


 レッドが前を向くと、リューイが両腕を突き出してきたミーアの脇をかかえ上げて、しっかりと胸の前に抱いてやるところが見えた。ミーアがまたせがんだのだと分かっていたが、レッド自身そうしてやろうと思っていたところだった。旅の初めは体力をつけさせようと考えていたが、今となっては思い直して、それについては甘やかすことにしたのである。


 レッドはニックを促して、足早に仲間たちのもとへ。


 そして全員がそろい、旅立つ者と、見送る者とが向かい合う。


 カイルがジャックの前で、ペコリと頭を下げた。

「それじゃあ、僕のいない間おじいさんのことお願いします。」


「ああ、任せときな。毎日様子を見に行ってやるから。」


「おやじ、いろいろ世話になったな・・・病人を二人も出して。」


「なに言ってんだ。俺としては、もう少し世話になってくれたっていいんだぜ。また遊びに来いよ、皆で一緒に。待ってるからさ。」


 あとの部分を妙に強調して言ったニックと、それに曖昧あいまいな微笑で応えたレッドは、別れの握手を交した。


 続いて、ジャックも手を差し出しながら、「それとこれとは話が別だ。今のうちによく考えてみろ。」と言葉をかけた。


 その意味を瞬時に理解したレッドは、今度は複雑な苦笑でその手を取った。


「ちっ、俺だけ別方向かよ。」

 スエヴィがつまらなさそうにぼやいた。


「悪いな、俺たちゃバルカ・サリ砂漠の方へ向かうことにしたんだ。」


 ミーアが反応して、「砂漠?」と、可愛らしく首をかしげた。


「砂の山ばっかりがある所を見せてやるからな。」

 レッドは笑顔で答えた。


 ミーアは無邪気に喜んで、リューイの腕の中ではしゃぎだした。


 しかし、砂漠の旅は荒野こうやを行く以上に厳しく、本来なら避けて通りたいくらいだ。それでも行くと決めたのは、カイルの祖父の助言を得たためである。その方角が、幸先さいさきがいいと。


「うちの将来有望なお姫様に無理させないでくれよ。」

「負ぶって歩くよ。」


 小声でそう軽い言葉を交したあと、やや名残惜なごりおしそうにしていたスエヴィだが、やがて思い切ったように離れだした。


「じゃあな。」


 スエヴィは悠長ゆうちょうな足取りで、それからは一度も振り返ることなく去って行く。


 レッドは、ニックとジャックに向き直った。変にあらたまった様子で、表情も硬い。


「じゃあ・・・また。」


 その声にはかすかな躊躇ためらいがあった。


「ああ、またな。」


 二人はそれに気付かないふりをしてやり、わざと屈託くったくない笑顔を返した。


「おじさんたち、バイバイ。」

 ミーアが、愛嬌あいきょうたっぷりに手を振りながらにこにこと笑う。


 この少女は、確かにトルクメイ公国を治める公爵こうしゃくローガンの一人娘であり、城にいてお嬢様と呼ばれながら生活し、少し堅苦かたくるしい言葉遣いや礼儀作法というものを、義務教育として教え込まれてはいた。ところが、完璧にマスターする前に、勝手に外出するという悪癖あくへきがついてしまったため、むしろこのような年相応としそうおうの子供らしい喋り方の方が、自然に口をつくようになってしまったのである。


 旅立つ者たちは進路の方を向き、ゆっくりと歩き始めた。


 その後ろ姿に、見送る者たちは、胸を締めつけられるような寂しさを覚えた。


 すると、町からずいぶん離れた所で、不意にリューイの首から手をほどいたミーアが、その右手を大きく振りだしたのである。


 リューイは立ち止まり、それに気付いたレッドとカイルも足を止めた。


 ニックとジャックは、まだ街門の下にいて、いつまでも見送ってくれている。そしてそこから一緒に大きく手を振り返しているのが、かろうじて見て取れた。


 その二人の目から、四人の姿は次第に黒く小さくなって、岩が散在しているこの荒野の遥か遠くへと消えていく。やがて地平線しか映らなくなっても、ニックもジャックも無言のまましばらくその場に佇んでいた。


〝また。〟と、互いにそう伝え合ったものの、それが全くあてにならない単なる別れの決まり文句に過ぎないことは、二人とも分かっていた。分かっていて口に乗せたから、あの時 言葉がうつろに響いた。


 カイルを連れて戻ったレッドが、またこの町で休む気があるのかどうかは・・・さっきの様子から期待はできそうになかった・・・。


「イヴは知ってるのか。」と、ジャックはきいた。


 とたんに呆れ顔になったニックは、首を横に振ってみせる。

「俺のことは言わないでくれってさ。」


「だろうな。」


「ますます美人になってるのにな。」


 ジャックはため息をついて、再び地平線を見つめた。

「意地っ張りめが・・・。」


 いつの間にか、空は淡い青と黄色のさわやかな二色に染まり、今はすじ雲がその下にそっと広がっている。吹き抜ける風が、心地良い微風に変わっていた。かすかに聞こえていたわだちを刻む馬車の音や、行き交う人々がたてる物音が、徐々《じょじょ》に騒々《そうぞう》しくなっていく。


 そうして、いつもと同じ喧騒けんそうに包まれた、ヴェネッサの町の朝が始まろうとしていた。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ