明らかになる謎2
「だけど、わざわざ屋敷を出たってことは、戻れない事情が何かあるんだろう?それを見つけ出しても・・・。」
どうなんだ?と思いつつ言葉を濁したレッドに、老人は若干 口調を強くして答えた。
「はい。ですが、それが解決したので、こうして懸命に捜し回っているのです。」
「なるほど。それで、いったいどんな事情が?それによっては、もっと効率のいい捜し方ができるかもしれない。」
ギルが言った。
すると老人は、「嵐の不気味な夜に、その子は生まれてきました・・・。」と、おとぎ話でも聞かせるように、いきなりこんな話を始めたのである。「それから数か月後のことです。ある時から伯爵家には、なぜか奇怪で気味の悪い災いが続くようになりました。軒先で様々な動物が変死していたり、亡者が庭園を徘徊しているのを見たという者が現れだしたり・・・。だから、みなは信じてしまったのでしょう。ある日、どこからともなく現れた一人の予言者の話を。その男が言うには、こうでした。その赤子を貰い受けると、差し出さぬなら、この屋敷は死神に呪われることになる。もっと恐ろしいことが起き、死人が出ることになる・・・。その時、誰もが思いました。この子は、黄泉の神に魅入られてしまったに違いないと・・・。」
「てことはだ、母親はそれが嫌で、我が子を連れて逃げたってことだな。当然だ。」
レッドはそう口にして、それが解決したという、これに続く話が気になった。
「正確には、旦那様がお逃がしになられたのです。ところがそのあと、間もなく真実が明らかに・・・」
そこで言葉を切った老人は、周りの様子をうかがった。すると、ちょうどさっきのウェイトレスの少女が珈琲を運んでくるのに気づいた。少女は老人の目の前にそれをそっと置いて、「ごゆっくりどうぞ。」と慣れた口調で言い、感じ良くほほ笑んだ。
老人が続きを話したのは、ウェイトレスのその少女がカウンターまで戻るのを見届けたあとだ。
あっさり事情を教えてくれたわりにはその妙に慎重な様子に、無言で目を見合う三人。
そして、改めて周りの様子を確認すると老人は再び語り出したが、その声は同じテーブルについた者たちにしか聞こえないほど小さくなっていた。
「それは、旦那様の弟君が、伯爵家の財産目当てに目論んだ罠だったのです。我々はすぐに落ち着かれているはずの場所へ迎えをやりましたが、そのお姿もたどり着かれた形跡もなく、それからというもの、屋敷の者は誰もが寝る間も惜しみ、必死になって捜索を続けました。」
徐々に高揚してきた老人の声は、ここでまた急に弱々しくなり、こう続いた。
「しかしながら、やっと得られた情報は、野蛮そうな男たちの馬車にそのような親子が乗っていて、一緒に東の荒野の方へ向かったのを見たという絶望的なものでした・・・。」
この町から見て東の荒野と言えば、盗賊がのさばっているという危険区域に指定されている場所である・・・であるが、一行はそれを気にすることなく通り抜けて、ここへとたどり着いた。実際その通りで、無事にはやって来られたが、何事も起きずというわけではなかった。それどころか、そこは盗賊のアジトだらけで、レッドとリューイが何グループ痛めつけてきたか分からないほどである。
そして三人とも、話の内容からおのずと推理を開始していた。
安全ルートを旅する予定でいたその親子は、まず、途中 運悪く悪党集団に目をつけられてしまい、脅されて行動を共にしていたと考えられた。東の荒野に入ると、町はおろか村もほとんど無い。その悪党は恐らく盗賊一味の下っ端で、親玉のいるアジトへと、とりあえずさらってきた金目の親子を連れて行くつもりだったのだろう。しかしよくあることで、盗賊同士の乱闘が起こり、その隙に彼女は馬車を奪って逃げ出した。荒野と山道ばかりが続く方面だが井戸くらいはあり、山に入れば水だけでなく食料も少しは手に入る。
そしてその先にあるのは・・・。
エミリオ、ギル、レッドの三人は、普通なら有り得ないものの、否めないある可能性に気付き始めた・・・。
ルーウィン・・・ルーイ・・・リューイ。
三人は視線を交わし合った。
「なあ・・・リューイのじいさん、ひょっとして名前聞き間違えたんじゃないか。」
レッドがギルに囁きかけた。
そこでギルとレッドの目を見たエミリオは、その二人と同じ思いで老人に問いかける。
「一つお伺いしますが、その子は金髪 碧眼ではありませんか。」と。
すると老人は、声を弾ませてただちに答えた。
「はいそうです。その通りです。ソフィア様も、同じ髪と目の色をしておられます。町一番の美女と謳われておりました。おぼっちゃまも、それはきっとお美しいお顔立ちに成長されておられることでしょう。一目見ればその親子、忘れられぬはず。」
「なあ、じいさん・・・いったい、いつのことだ?」
まさかと思い、顔が強張るのを感じながらレッドが問う。
「えー・・・かれこれ十二か三年・・・。おお、そうじゃ、その年のその嵐は、南西ロシエナ王国の町ルノーに大洪水をもたらしたものじゃったから、えー・・・。」
老人が考え始めた瞬間、ギルとエミリオはハッと顔を見合わせていた。
「オルビウス・・・。」
エミリオがその嵐に付けられた名前をつぶやく。
「ちょっと待ってくれ。そいつは二十年も前だ、おじいさん。」
たちどころに悟ったギルが、やれやれと言わんばかりの声で教えてやった。複雑な思いと共に。
その向かいでレッドも戸惑いながら額に手を当てている。
「そのガキ、やっぱりあいつじゃないかよ。おぼっちゃまとか、男の子とか紛らわしい・・・。」
「聞き間違えたうえ、聞き取れなかったんだな、アーヴァンのところは。」
なにしろその時、母親は瀕死の状態だったらしいので無理もないとギルは思って言ったが、同じくエミリオとレッドもそう納得していた。
これで、リューイが当人であるのは十中八九間違いない・・・。
「金髪碧眼には似合わない名前だと思ったんだよ。けど、これからどっちで呼べばいいんだ?ルーウィンって顔だが、柄じゃないよな、もう。」
「生後一年以内に産みの親と育ての親に名付けてもらったんだから、名前が二つあったっていいんじゃないか。あとは本人次第で。」
動揺のせいか、ギルもそんなことを言った。
老人の落ちくぼんだ目がたちまち大きくなる。
「おぼっちゃまをご存知で !?」
「知ってるも何も・・・。」と、レッド。
そうして愕然としている三人のうち、ギルがとりあえず訊いてみる。
「仮に本人だったとして、おぼっちゃまがいたらどうするつもりだい。」
「無論、伯爵家の正式な跡取りとして、屋敷にお迎えするまでです。」
「だろうな・・・。」と、ギル。
「けど、生後数か月のリューイしか知らないんじゃあ、会っても確信持てないだろうに。」
レッドがエミリオにささやいた。
「でも、リューイは母親の形見を肌身離さず持っているからね。証拠になるんじゃないかな。」
「ああそうか、それがあったな。けど、あいつが本当に跡取りになっちまったら、あいつとはお別れってことになるかもしれないな……。」
「カイルが嘆くだろうね。私たち以上に。」
「けど、あいつの人生だからな……あいつに領主が務まるとは思えないが。」
エミリオとレッドが互いに気持ちの整理をつけるのに四苦八苦しながらやり取りしているのを聞きつつ、とにかく本人に教えてやらなければと、ギルは心を決めた。
「よし、おじいさん。おぼっちゃまに会わせてやるよ。」




