不可解な町(フェンディリーニ)
サヘル湖のほとりにある町フェンディリーニは、その白の統一感だけで言えば、規模は小さいながらも決してニルスに引けをとることのない、緑に囲まれた美しい白亜の街だ。だが目立った高層住宅はなく、町は切り崩した山の斜面に存在していて、麓の方は、白壁にとんがり屋根の家々という街並み広がっている。そして中腹には旅館や料理店、上の方には白壁に覆われた二、三階建ての富裕層の豪邸もある。街をそこまで上っていけば、サヘル湖の雄大な姿をはっきりと一望することができた。
円錐形の屋根が続く石畳の斜面を、リューイは落ち着かなげに歩いていた。向かいから来る人が、すれ違うまでずっと異様に凝視してくる・・・というようなことが度々あるからだ。それも決まって四十以上・・・とにかく、十代や二十代ではない人たちからの視線が何かおかしい・・・と感じるのである。これまでリューイは、その端整な顔に見惚れているという、その理由も分からないままに人の視線を感じることはあったが、これほどあからさまなことはなかった。
「気のせいかなあ・・・俺と目が合って、なんか驚いてる感じの奴がちらほらいるんだけど・・・俺、何か変か?」
リューイは首をひねった。
「いつにも増して、じろじろ見られてるような気はするな。」
自分はさておきこの連中の美しさにでもやられたか、キースに驚いたのだろうと、レッドはたいして気にもせずに言った。
一行はまず、宿をとるためにそのまま街の中腹を目指した。歩を進めるごとに向けられる周囲の視線に、ほかの者もそれなりに気付いてはいた。だがこの日ばかりは、リューイだけがそんな不可解な気持ちにずっと悩まされることになった。
エミリオ、ギル、そしてレッドの三人は、鍛冶屋を訪れようと一緒に行動していた。そういう店が、宿泊施設と料理店が犇めき合う街区の中にあるという話を聞いた三人は、宿泊先が決まるや早速出かけていった。
そして、それぞれ愛用の剣を腕のよさそうな鍛冶職人に預けたあと、待ち時間を利用して昼食をとることに。付近でさっさと店を決めると、軽く食事ができそうなそのレストランへ入って行った。
店の奥に空いている円卓を見つけた三人は、その席について予算内で適当に注文をとった。
やがて数種類のパンが入ったバスケットと、鶏肉を香辛料で味付けして焼いた料理、それに、ハーブとチーズのサラダなど五品が順番に運ばれてきた。
それらの料理を味わい、会話を楽しみながら食事をしていると、ある時、一瞬、店内がざわついた。反射的に客席を見渡してみれば、なかなかに立派な身なりの、だが風が吹けば倒れてしまいそうな貧弱な体つきの老人がいる。今入店したばかりのようで、出入口付近に一人で突っ立っている。ざわめきの原因は彼だと考えられるが、見るからに場違いというのが理由ではないだろう。かと思うと、やはり老人は空いている席につくこともなく、テーブルの一つ一つを順番に回って、店の客に何やら聞き込みを始めだしたのである。
その老人が近くまで回ってきて、三人がそれを気にしだした時、店主がウェイトレスの少女を手招いた。
指示を受けた彼女は、おずおずとその老人に近づいて行く。そして、いやに遠慮がちに声をかけていた。
「あの・・・恐れ入りますが、ご用件は何でしょう。お客様はみなお食事をされていますので・・・その・・・。」
「ああ済まんね、だけど長くかかる話ではない。人探しをしているだけです。怪しい者ではないから。」
そのおっとりし過ぎた口調と、どこか腑抜けた感じのする声にも、いかにももうろくしていそうな印象がある。
「それは知っていますが・・・店長が・・・。」
少女がしどろもどろになっているところに、とうとう見かねた店の主人が出てきて、「おじいさん、頼むからほかを当たってくれ。伯爵んとこの執事長に近付かれちゃあ、落ち着いて食事もできやしないだろう。」
様子をずっと窺っていた三人はこの時、この辺りでは有名な老人らしい・・・と理解した。
「いや、ですが、もしかしたら知っている者が・・・。」
「とにかく、ここでは止めてくれ。」
「あの、ですが、その・・・。」
そのやりとりをそばで聞きながら、だんだん哀れを催してきた三人のうち、やれやれと首を振って最初に席を立ったのはギルである。
「どうする気だ。」
レッドがきいた。
「さあ。けど、彼女が困っているのを見ているのは忍びないんでな。」と、ギルは軽い声で答えた。
「なるほど、じいさんでなくて彼女の方ね。」
エミリオとレッドは、ギルが陽気な笑顔を振り撒きながらその小さないざこざに加わるのを、半ば興味を引かれながら見守った。
しびれを切らせた店主が、老人の骨ばった肩に両手を回した。丁寧な仕草に見えながらも強引にである。そうして今にも追い払わんとするところに、ギルが割って入ることになった。
「おじいさん、よければ俺たちと一杯どうだい?珈琲でも。」
横合いからそう声をかけたギルは、店主とウェイトレスの少女、そしてその老人、さらには店の客が驚いたように目を向けてくる中、自分たちのテーブルの方へ優雅に手のひらを向けてみせる。
エミリオがほほ笑んで応え、レッドが軽く手を上げて調子を合わせた。
「お客さん、お気になさらずどうぞ食事を続けてください。お騒がせしてすみません。すぐに出てもらいますから。」
店主はやや焦った身振りと共に言った。
「俺たちのところには、まだ回ってきてなくてね。俺たちはその話が気になるんだ。彼が今追い出されちまったら、俺たちはあとを追いかけなきゃならなくなる。」
ギルは朗らかな笑顔で、言葉としては冗談のつもりで言った。
「どこのどなたかは存じませんが、お気に留めていただきかたじけない。」と、老人は頭を下げた。
「さあ、こちらへ。そこに突っ立っていると、確かに営業妨害になっちまうからな。」
ギルは老人の背中に手をやり、一緒に背を返しざま注文を一つ。
「じゃあ珈琲を一人分追加で。よろしく店長。」
これには店主もさすがに何も言えず、それどころか青年の機転に感心したようにため息をついて、そのまま厨房へと戻って行った。
その老人が一つ空いていた席に腰を下ろすと、ギルは呆れたように、だが穏やかな口調で問いかけた。
「確か伯爵のところのって聞こえた気がしたが、そうならこうやって油を売っている暇もないだろうけど、やたらに聞き回るのもちょっと考えた方がいいよ。どこの店でも、同じ目に遭うことになる。」
「はあ・・・そうですね。気が急いていたものですから。」
喋り方はずっとのんびりしているが・・・と思いつつ、ギルは気遣いからこう言葉を続けた。
「人捜しというなら、俺たちは旅人なんだが・・・ひょっとすると、その尋ね人にどこかで会っているかもしれない。実は力になれると思って誘ったわけじゃないが、いちおう聞いておこうか。で、誰を捜しているんだい。」
「ルーウィン・アーヴァン・ウェストという男の子です。よく似た者を見かけたという噂を聞きつけて来たのですが・・・。」
これを聞くと、ギルは驚いたように目を大きくした。
「リューイと一つ同じ名だな。ちょっと似た名前のヤツなら知ってるけどな。」
「なんだ迷子か?」と、レッド。
「いえ、おぼっちゃまは、母親のソフィア様とご一緒にお屋敷を出られたのです。」
「親子を捜しているというわけか・・・。」
ギルが言うと、老人はこくりとうなずいた。




