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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第11章  ルーウィン・アーヴァン・ウェスト 〈 Ⅷ〉
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夕焼け空と憂鬱  

挿絵(By みてみん)



 快晴だった空には、夕暮れ時になると暖色から寒色に移ろいゆく美事な夕焼けのグラデーションが広がっていた。これまで渡り歩いてきた荒野や草原でも同じような空を見ることはできたが、この野生の王国でのそれは一味違う。そこに神々しさが加わり、ほかには無い圧巻の風景となる。


 シャナイアとギルは、浅瀬に張り出している調理場のデッキから夕焼けに染まる南国の海や空を眺めて、仲間がそろうのを待っていた。背後には鬱蒼うっそうたるジャングルが圧倒的な迫力で広がっており、白い砂浜には一頭のホワイトタイガーがさも退屈そうに寝そべっている。


 二人は、リューイとレッドが先に集めてきた魚介を中心とした食材で、おおかた下ごしらえを終えたところだった。


「きれい・・・。」

 デッキの手すりに頬杖をついて、シャナイアはうっとりと呟いた。


「ほんとに・・・信じられない美しさだな。こんな雄大な大自然の絶景が見られるなんて、夢みたいだ。ここで育てば、ああいう男が出来上がるのもうなずけるな。」


 ギルはそう言いながら、リューイのいつでも率直で汚れない数々の言動を思い出して、頬に笑みを浮かべた。


「こういうのを見たくて・・・お城を出てきたの?」


「ああ。それもある。」


 涼しい風が吹いていた。シャナイアの長い亜麻色あまいろの髪がふわりと泳ぐくらいの、柔らかくて気持ちのよい風だった。だが無条件に切なくなるような胸に沁み入る風で、今のシャナイアには辛いとも思えるものだった。なぜなら、隣でずっと海や空に魅せられている彼の横顔が、夕映えしているその凛々しくも優しい表情があまりにも綺麗で、ますます遠い別の世界の人のように見えるからである。


「ねえ・・・いてもいい?」

 囁くように、シャナイアは言った。


 そのか細い声にため息をつきたい気持ちで、ギルはシャナイアに目を向けた。またつまらない・・・答えづらい質問をされるのではないかと。何を訊かれてもいつわるつもりのないギルは、またシャナイアの機嫌をそこねる事態になるかもと恐れつつ、覚悟を決めて苦笑した。


「なんなりと・・・。」


「皇帝になりたいとは思わなかったの?」


「・・・思ってるよ。」


「今でも・・・ってこと?」


 ギルは、シャナイアの不安そうな顔を見つめているその目を、また海へ向ける。

「正直に答えると、そうだな。父がやってみせたように・・・いや、それ以上に、強くて平和な国づくりがしたかった。」


「そう・・・。」


「だけど、ダメなんだよ。俺じゃあ。」


 シャナイアがため息混じりに返した時、ギルはそう言って視線を落とし、そして目を伏せた。


「俺じゃあ・・・ダメなんだ。」


 シャナイアは彼の沈鬱な横顔を黙って見つめていたが、胸の中はやはり理解できないという思いで沈でいった。


 そうしてシャナイアがうつむいていると、不意に顔が近づいてきたので、シャナイアは思わず身を引いた。


 ギルは、シャナイアにキスをしようとしたのである。


「やだ、びっくりした。」

「やだって・・・ダメか?」

「そうじゃないけど・・・気分じゃない。」

「気分じゃない !? こんなロマンチックな景色の中にいてか !?」


 うっとりするような美事な夕焼け空に手のひらを向けてみせながら、ギルはがっかりして言った。自分は、この演出効果抜群の夕景に後押しされた気分でいたというのに。


「また何を怒ってるんだ。」

「怒ってなんてないわ。ただ・・・私は、なんなの?」

「なんなのって、どういう質問だ。俺にとってってことなら、君は俺が唯一本気で愛した女性だが?今ならもう、はっきりとそう言える。互いにちゃんと気持ちを確かめたじゃないか。」


 その言葉が嘘ではないことは分かるけど・・・でも、彼は国にやり残してきたことがあって、未練もある。そう思い、そんな複雑な気持ちをまぎらせたくて、彼の悲しそうな顔を見上げたシャナイアは、手を伸ばして彼の背中を抱きしめた。


 ギルもキスをあきらめ、ため息をつきながら、ただ彼女の体を抱きしめ返した。






 いよいよ、この秘境の地からも旅立つ朝を迎えた。これから先は、常に西へと近づいていく。激戦の地エドリースへと。とりあえずは、その手前にある、今のところははまだ安全圏とされているジオンという町が目的地だ。そこでイヴと合流することになっている。そこへたどり着くのに、まずはフェンディリーニという町へ向かう。そうして町や村を転々としながら、それまでに最後の一人、川の女神セレンスディーテの精霊石を持つ者に出会えなければ、その先は慎重に進路を決めて進まなければならなくなる。なにしろ予言では、最後のその仲間は、エドリース方面にいると出ているのだから。


 キースは・・・いろいろと意見が飛び交ったものの、本人に訊いてみたところ付いてきたそうだったので、結局はまた、旅の仲間として連れて行くことになった。


 一行はここを離れる前に、ロブに出発の報告をしに行った。


 自分で作った墓石をひたむきな眼差しで見つめているリューイの顔にはくもりもよどみもなく、何かを見い出した意気込みと共に、かすかな笑みさえ浮かんでいる。


 リューイはこの時、ひとり静かに心の中でロブに語りかけていた。


 じいさん、俺・・・決めたよ。俺は、ここに戻ってくる。ここで、キースやラビや、皆と一緒に生きて行くよ。じいさんみたいに・・・。けどその前に、仲間とこれからまた始まるこの旅で、じいさんがいつか言ってた、たくさんの人のために、俺にできる限りのことをしてくる。そしてここへ帰ってくるんだ。


 自分を越えて、帰ってくるから・・・。










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