明らかになる謎1
翌朝ツリーハウスの中で、エミリオとギル、そしてレッドが煙たい臭いに次々と目を覚ますと、窓の外に白い煙がもくもくと立ち昇っていた。何事かと思い、窓や出入口から揃って外を覗いてみる。するとその白い煙は、大きな深緑色の葉を何枚も重ねてある下から漏れ出していた。そのそばには、リューイが背中を向けて立っている。煙の具合を見張っているようだ。何かを蒸し焼きにしているらしい。
外へ出て縄梯子を降りた三人は、リューイがいる場所へと歩いて行った。気配に気づいて肩越しに顔を向けたリューイは、屈託無いいつもの笑顔。
「おはよう」
「ああ、おはよう。」
レッドに続いて、エミリオとギルもいつも通りに挨拶を交わした。
「朝飯できてるぜ。」
地面に敷かれたゴザの上には、そのまま食べられる木の実や果物、そして、焼いただけの魚介類などが所狭しと並べられてある。
エミリオやレッドは感心しながら、そしてギルは興味深そうにリューイのすることを眺めていると、しばらくしてカイルが起きてきた。立ち込める熱気と煙に咳き込みながらやってくるその後ろから、シャナイアもミーアの手を引いて歩いてくる。
「おはよう皆、まあ、もしかして、リューイがこれ全部用意してくれたの?」朝食の支度が済んであるのを見るなり、シャナイアはそう声を弾ませた。「・・・食べても大丈夫でしょうね。」
「うわーすごい、まともな食事だ。何にも無い所なのに。」と、カイル。
「虎の生肉でも期待してたのか。」
「ちょっとは覚悟してたけどね。」
「確かに、こいつは虎だけどな。」と、リューイは蒸し焼きにしているものを指差した。
場の空気が固まった。
「冗談だ。よく食ってたやつだから心配すんな。」
「リューイのヤツ、ふっきったようだな。」
ギルがエミリオにささやいた。
「彼は夕べ、自分を越えると約束していたからね。」
いつもの爽やかな笑顔を取り戻したリューイを見て、二人は安心したように顔をほころばせた。
「リューイお前、夜中に起きたっきり戻らなかったろ。一晩かけて調達してきたのか。」
レッドが言った。
「狩りを始めたのは明け方からだけどな。何かさ・・・がむしゃらに暴れたくなって、それまではキースたちと遊んでた。あいつらも、この森も久しぶりだしな。」
「遊んでた・・・ね。」
呆れるレッドの隣で、リューイは懐に手を突っ込んで取り出したものを、そのままレッドに差し出した。
「これ・・・。昨日、キースがじいさんの墓のそばから掘り起こしたんだ。」
細長い金属の筒である。
「開けていいのか。」
「ああ。声に出して読んでくれ。それが、俺のじいさんだ。俺を育ててくれた・・・じいさんだ。」
レッドは煙がかからない所まで下がると、その手紙を読み上げていった。
多くを語っているわけではないが、胸をきつく締め付けられる切ない文面。危うくレッドは、柄にもなく途中から涙声になりそうだった。そして、それに耳を傾けているエミリオとギル。二人は顔を見合った。どちらも痛切な面持ちをしている。そこに思った通りのことがしたためられてあるからだ。
手紙を読み終えたレッドもまた重いため息をついたが、それから不可解そうな目をリューイに向けた。
「母さん・・・て。」
リューイは、ズボンのポケットから巾着袋を取り出した。肌身離さず持ち歩いているそれは、母親の形見・・・であると共に、青い精霊石だ。
「コレのことだよ。もともと、俺の母さんが持っていたものだって言って、じいさんは俺にくれたんだ。だから、これが母さんだって・・・。」
リューイは精霊石をしまい、背中を向け、火掻き棒なるもので大葉を少し捲り上げて料理の出来具合をみながら続ける。
「じいさんが言うにはこうだった。ある日、様子がおかしい動物たちに急かされてついていくと、ひどく痩せ細った女性が赤ん坊を抱いたまま倒れていた。彼女はまだ息があったが、とても助かりそうにはなかったって。そしてそのまま・・・最後にひと言こうじいさんに言い残して、死んじまったらしい。この子の名はリューイ・・・リューイ・ウェスト。どうかこの子を・・・って。」
思いのほか、その口調は意外に淡々としていた。
「そうだったのか・・・。」と、ギルは呟いた。
ギルはこの時、エミリオとまた目を見合った。リサの村で、ギルがリューイの生い立ちは謎だらけだと言った夜のことを、二人は思い出していた。
「俺さ・・・一度じいさんに訊いたことがあるんだ。俺の母さんと父さんは、どこにいるんだって。その時じいさんがこれをくれて・・・。あの場所だったって。じいさんが今眠っているあの場所は、母さんが息を引き取った場所でもあるんだ。俺がよく稽古をつけてもらった所でもあって、武術の技は全部あそこで習った。めちゃくちゃしごかれたっけ・・・。」
打ちひしがれることなくしっかりと語ったリューイは、それから一人しみじみと思い出に浸った。
レッドはそんな相棒を、確かに強い男だし、こいつはもっと強くなれると思って見つめていた。そして、手紙の最後に書かれていたひと言・・・一行空けてたった五文字の〝ありがとう。〟それが持つ意味を、彼がわざとそうした意図を悟ることができた。
それはきっと、いろんなことに対する〝ありがとう。〟だ。
出会えたこと、そばにいてくれたこと、一緒に生活ができたこと全て。リューイという存在によって、彼の人生はより充実したものに劇的に変化したに違いない。
やがて、リューイは蒸し上がった何か塊を皿の代わりになる緑の大葉に移してから、仲間たちに向き直って言った。
「あのさ、それで、もう一日時間をくれないかな。じいさんの墓石を作りたいんだ。」
「気が済むまでゆっくりしていけよ。だけど、まともに読み書きできなくて、どうやって墓石を彫るつもりだ?俺も手伝う。」
レッドが言った。
「あ、じゃあ僕は薬草 摘みたい!薬草の採れる所で作ってよ。」
カイルが言った。
「なんで。」と、リューイ。
「だって怖いんだもん!猛獣が出てきたらどうするのっ。」
「このあたりは俺らの縄張りだから大丈夫だって。」
「このあたりって、どこまでさっ。」
「だけど、先に石を探しに行かねえと。じゃあ、ラビとウィリーを連れて行けよ。そしたら、よそ者は近づいて来ねえから。」
「・・・・・・。」
カイルは、武勇に優れている仲間のうち、薬草摘みも手伝ってもらえそうな一人を見た。
「エミリオもついて来て。」
エミリオは苦笑した。
「襲われたら勝てる自信は無いが、それでもいいかな。リューイのお友達を斬るわけにもいかないしね。」
「じゃあ、私は食事の用意をしておくわ。凝ったものは作れないし、トラとかヘビなんてさばけないけど、魚なら。食材だけ調達してくれるかしら。」と、申し出てシャナイアはふと気付く。今、真面目にふざけたことを言わなかったかと。
「それなら海辺の調理場を使えばいいよ。ここよりいろいろ揃ってるし。タムタムを連れて行きな。」
そこは大工の腕にも長けていたロブが造った海辺のダイニングキッチンで、ロブは天候や気分、狩猟場所などの都合によって、その海辺と樹海の台所や食堂を適当に使い分けていた。今日も天気が良いので、そこなら視界いっぱいに美しい夕焼け空を眺めることができるだろう。
だがそれを楽しみにできるほど、シャナイアは暢気でも度胸があるわけでもないので、タムタムって確かホワイトタイガーよね・・・と、すぐに思い出して震え上がった。
「・・・ギル、ついて来てくれるわよね。」
「俺も自信ないぞ。猛獣と格闘なんて。」




