母の墓石
真夜中、静かに打ち寄せる波の音に心を癒されながら、リューイは海を見下ろすことができる崖の頂に立っていた。
明るい月光のもと、リューイの目の前には、母親であることを表す言葉と没年月日、そして大きく〝ウェスト〟と彫られた墓石がある。ロブに、初めてこの場所と母親が死んだ日のことを詳しく教えてもらった時、リューイは15歳の青年ともいえる年頃だった。それ以前にもう生きてはいないことは曖昧に知らされてはいたが、ロブは、精神年齢の低すぎるリューイがじゅうぶんに理解し、自分で気持ちの整理をつけられるようになるまで、慎重に時期を待ったのである。まさかとは思いながらも、顔を見たさに墓を掘り起こしてしまうかもしれないと恐れたからだ。そして、もう生きてはいないとはいえ、母親の体がそばにあることが分かってからというもの、リューイは毎日のようにこの場所を訪れ、綺麗な花や貝殻を届け、母が眠るこの墓に一人語り続けた。
背後に広がる黒々とした深い森の茂みには、リューイが起きてきたことに気づいた動物たちが次々と集まっていた。だが、そのどれも様子がおかしく、いつもと違う。不安そうに体を小さくして、怯えるようにそっと窺い見ている。この日の夕暮れ時に、あの狂ったように泣き喚いていたリューイの声を聞いていたモノたちだ。もちろんキースだけはずっとそばに付いていたが、特にリューイと慣れ親しんだ他の友獣トリオは、ずっと闇の中にいて様子を見守っていた。
そんな後ろの気配に、振り向いてリューイは苦笑した。
「みんな・・・悪かったな。びっくりしたろ。」
すると、茂みがガサガサとざわめいた。そのあちらこちらから一斉にぬっと現れた野獣たちが、ぞろぞろとリューイのそばまで近寄って来たのである。頑丈で鋭い大きな牙を持つ猛獣と呼ばれるものだけでも、ざっと百頭はいる。それを恐れもせずに、同じように出て来た小さな動物たちをも入れると、どこに潜んでいたのかというほどの驚くべき数になる。
だがリューイは平然とそれらを見渡して笑みを浮かべると、腰を落として地面に腕を伸ばした。
すぐに小さくて丸々としたリスのような小動物が二匹駆け上がってきて、肩の上に落ち着いた。
墓石に向き直ったリューイは、手に持っていた大きな黄色い花を一輪、その前にそっと置いた。
「ただいま、母さん・・・遅くなってごめんよ。じいさんが、そっちに逝っちまったんだ・・・。すごく寂しかったけど・・・もう大丈夫。」
それからリューイは、旅に出て出会った仲間のことや巡ってきた土地のこと、信じられない体験をしたことなど、これまでの冒険話を母の墓石に向かって笑顔で語り始めた。
だがその笑顔も次第に消えていき、ついには悲しげに歪んだ。本当は、こうやってロブに聞いてもらいたかったのである。この嘘のような土産話にどんな反応をするのか、リューイはとても楽しみにしていた。顔を見て、声を聞きたかった。そう思うと、これまでは母親に対してだけ感じていたやり場のない切なさが、またどうしようもなくこみ上げてくる。リューイは両手を伸ばし、膝を付いて母の墓石を抱きしめた。
「だけど、やっぱり・・・会いたい。会いたいよ・・・じいさんにも・・・母さんにも。」
母親のぬくもりを感じたくてたまらなくなった時、リューイはいつもこうして気持ちを紛らせてきた。
リューイは墓石に頬をぴったりと付け、黙って目を閉じ、しばらくそのままでいた。深い悲しみを乗り越えて前へと進む準備はできたつもりでも、ちょっと気を緩めれば自然と溢れ出してくるこの涙は、どうしても止めようがなかった。
だがふと、リューイは目を開けて顔を引き離したのである。
リューイは何か閃いたというように、涙に濡れた目で墓石を見つめた。




