リューイの師匠
風のない、静かな夜。
半ば強引に寝かしつけられたミーア以外は、みなリューイが気になって眠れずにいる。
彼らの間にそれから会話もなく、誰もがリューイのことを思って、あまり話をする気にもなれずに口を閉ざしていた。
するとそこへ、一晩中戻らないだろうと思われたリューイが、不意に帰ってきたのである。
みな驚いたように目を向けた。
どう声をかけてやったらいいものか誰もが分からずにいると、リューイは泣きはらした瞳で伏し目がちにカイルに言った。
「カイル・・・じいさんと話なんて・・・もうできないよな。」
「いいの?」と、カイルは答えた。
リューイはハッと顔を上げる。
「できるのか?」
「たぶんね。でも、声を聞くには媒介者がいるんだ。」
お安い御用とばかりに、ギルが進み出た。
「そうか、じゃあ俺が・・・。」
「ギルはダメだよ。たぶん向いてない。」
「なんだそりゃ・・・。」
「私ではどうかな。」
深く考えずに、何となく霊的なものが関係あるとすればと思ってエミリオは言ったが、カイルはますます難しい顔になった。
「うーん・・・人間的に言うと、余計ダメだと思う。※霊っていうのは、その人と血筋の違う人物には強い抵抗を感じるらしいから、更に余計な力が加わると進みにくくなるんだ。」
「じゃあ、どんなヤツならいいんだ。」
レッドが訊いた。
「※例えば、率直で楽天的で思慮深くない、性格があっけらかんとしたような人。」
「お前とリューイのことだな。けど、二人とも必要だから・・・だとすると・・・。」
レッドが目をやったところに、みなも示し合わせたように注目した。
深く考え込むことが嫌いな、あっけらかんとした美女に。
「そうね。今、自分でそう思っちゃったわ。」と、ため息混じりながら、シャナイアもあっさりと承知した。
そんな彼女に目を向けながら、レッドは密かに思う。ニルスでも、すんなり乗り移られてたしな・・・。
夜も更け、この壮大な世界の上空を埋め尽くす星々はどこよりも力強く輝いていたが、その下の樹海は異様にひっそりとしていた。いつもなら夜行性の動物たちが元気よく活動している時間なのだが、今夜はその動きがほとんどみられず、気味が悪いほど静かな夜だ。
だがヤシの葉 葺きの小さな家には、仄かな明かりが灯っている。
吊りランプは消され、あいだに椅子を置いた二本の蝋燭のともし火だけで、彼らはささやかな儀式を行おうとしていた。
シャナイアを楽にさせようと、カイルは背 凭れのない簡素な木製椅子に座らせた。一方のシャナイアは、緊張するのもめんどくさいといった具合に、言われるまま平然とした顔で素直に目を閉じた。だがいくらシャナイアでも、相手が見るからに胡散臭そうなほかの術使いでは、こうはいかない。カイルを信じているからこそ、できることである。
対照的に、男たちの方はほんの少し昂っていた。リューイをこれほどの超人に見事育て上げた男の声を聞けるとあり、少し期待にも似た気持ちで。
早速、ぶつぶつと呪文を唱え始めたカイルの声は、家の外へと流れ出して漆黒の森に溶けていくような優しい響きを帯びている。
彼らは待った。
長くはかからなかった。
それから数分後に、戸惑いと愛情の入り混じった面持ちをしている老人の霊が、リューイだけを見つめながら静かに舞い降りてきたのである。そしてそのまま、シャナイアの中へスウッと入っていった。
その様子まで見ることができるのはカイルとエミリオの二人だけだが、それによってシャナイアの眉がぴくりと動いた時に、ほかの三人も気付いた。そして、降霊の成功を確信する。そのあと徐に口を開けたシャナイアは、続いてゆっくりと男性の口調で喋りだしたのである。
「おかえり、リューイ。少し早い帰りだな。」
エミリオ以外の三人は、思わず一歩後ずさりしていた。分かってはいても、儀式という厳かな雰囲気の中、こうもはっきり実感できるとつい反応してしまう。
「じいさん、何言ってんだ、キースが戻るように教えてくれたんだ。あんたが・・・あんたが、勝手に逝っちまうから。」
その最初の驚きから覚めたリューイは、代わりにふつふつとこみ上げてきた怒りのせいで、いきなりそう怒鳴りかけていた。
その老人ロブ・ハウエルの霊の意思によってうっすらと目を開けたシャナイアは、ただ悲しげにリューイを見つめている。それからシャナイア・・・実際にはロブは、周りにいるほかの者たちにも目を向けた。
「友達ができたんだな。お前が動物以外の友を持つとは驚きだ。しかも、こんなにたくさん。皆、いい顔をしているな。」
「ああ!最高の友達だ。」
これにリューイは子供のように単純に機嫌を直して、誇らしげに答えた。
「リューイが世話になる。こいつはなりは大人だが、中身は無邪気な少年のままだ。いろいろ教えてやりたかったが・・・少し追いつかなかったようだ。」
「承知しています。」と、ギルは苦笑した。「だが、我々も彼に教えられることもある。」
「彼ほど純粋で・・・強く逞しい者には、みな初めて会いましたから。」と、エミリオ。
「そうだろう。わしがこの腕で容赦なく鍛えてやったからな。」
「ああ、とてつもない男だ。いつも驚かされっぱなしだしな。けど一緒にいて飽きねえし、けっこう楽しいよ。」
レッドもそう言うと、ロブはシャナイアの口を借りて短い笑い声を上げた。
「じいさん、俺、冒険をしたんだ。ここにいる皆と一緒に。いろんなものを見て、たくさんのことを知って、いっぱい戦った。」
「あれほど一人旅を嫌がっていたのに、ずいぶん楽しそうじゃないか。」
「ああ!それに、今は一人じゃない。」
リューイは晴れ晴れとした顔で答えた。
それを見ると、ロブの霊は安心したようにほほ笑んだ。
「じいさん、俺、じいさんに言われた意味が分かったんだ。俺はまた皆と一緒に旅に出て、自分を越える。だから、見ててくれ。」
「泣き虫のお前では、いつになることやら分からん。どうせ、わしの墓の前でも、おいおい泣いていたんだろう。」
「自惚れんな、誰が!なっ、もういいから、とにかく見てろ、今に見てろよっ。俺はじいさんも超えてやる。」
なぜか師匠の霊と喧嘩を始めてしまったリューイ。呆れながらも、仲間たちは笑みを浮かべて目を見合った。とにかく元気になってなにより。
「ああ、そんなに言うなら見せてみろ。ずっと見ててやる・・・これからもずっとな。」
「じいさん、じい —— 」
最後の言葉だと直感してリューイも何かを言おうとしたが、その時、エミリオの手が肩に置かれた。
「行ったよ・・・。」
リューイが肩越しに振り返ると、エミリオは天井の一点を見つめている。
「自分から行っちゃった・・・。」と、カイルが驚いたように呟いた。
「いいんだ・・・ありがとう。」
リューイも顔を仰け反らせて、満足したように微笑んだ。その声もいつになく静かで、何か感慨深い響きを帯びていた。




