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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第11章  ルーウィン・アーヴァン・ウェスト 〈 Ⅷ〉
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慟哭


 日が暮れかかると、リューイは天井の柱から吊るしてあるランプに明かりを灯した。だがその表情は沈鬱ちんうつで、一緒にいる者たちは、どういう顔をしたらよいのか分からなかった。優しくするのも、慰めるのもためらわれた。あれからというもの、リューイはひどく悄然しょうぜんとしたまま一言も喋ってはいない。だから、ほかの者も必要以上に会話をせず、ただ慎重にリューイの様子をうがかっていたのである。


 そしてこの時になって、リューイはようやく口を開いたのだった。


「狭くて悪いんだけど、上の小屋なら安全だから、皆はそこで休んでくれ。」


 リューイはそれを、誰の顔を見ることもなく伏し目で言った。そして、爪先を外へ向けた。


「リューイ、どこへ行くんだ。」

 ギルが声をかけた。


「今夜はじいさんと一緒にいる。」

 リューイはうな垂れたまま、振り返りもせずに答えた。


「リューイ・・・。」


「頼む・・・一人になりたいんだ。」

 リューイはそのまま、とぼとぼと出入り口に立った。

「俺・・・大丈夫だから。」


 そうは見えないとギルは思うが、それ以上はもう何も言えずに、リューイが出て行くのをただ黙って見送るしかなかった。


 やがてその姿は、家の明かりが届かない鬱蒼うっそうたる森の中へ消えて行った。


 シャナイアは深々とため息をついた。

「可愛そうに、慰める言葉もないわ。」


 レッドがミーアを抱えて腰を上げた。レッドはミーアに食事をとらせようとしていたが、誰もがそんな気分にはなれずにいたので無理に食べさせることもなく、リューイに言われた通りに、もうツリーハウスで寝かしつけることにしたのである。いつもなら面白がって楽しそうにはしゃいでいるミーアも、さすがにずっとおとなしいままで、早くに寝かしつけようとするレッドにぐずった。それでレッドは、10時間は余裕で眠り続けるこの少女に、心配せずによく休めと言って、ミーアが落っこちてしまわないよう後ろから支えてやりながら一緒に縄梯子なわばしごを登っていった。


 それからしばらくしてレッドが戻ってくると、エミリオが重い口を開いた。

「ロブというご老人は、リューイが修行の旅を始める前から、自身の体のことについては気付いていたのかもしれないな・・・。リューイを外の世界へ送り出した理由が、本来それかどうかは分からないが・・・。」


「だとすれば、あいつにそれを気付かれまいとして、そうした理由もあるだろうな……。」と、ギルも静かな声で続けた。


「恐らく、余命わずかであるのをリューイに気付かれまいとして、彼を修行に出したあと計画的に自身の墓を掘り始めたのだと思う・・・。」


「孤独に一人で逝っちゃうなんて・・・。」

 シャナイアが悲しげに言った。


「だが・・・私だったらだが、リューイに見守られて逝きたいと思う前に、リューイのあのひどく嘆き悲しむ顔を知らずに逝きたいと考えるだろうな・・・。」


「確かに・・・あの表情はむごいな。」

 レッドはそうつぶやいて目を伏せた・・・。


「お迎えが来るのを悟ってからは、命が果てるまでずっとあの場所にいたのかな・・・。お墓の中へは動物たちが入れてあげたのかもしれないけど。なんか・・・すごく悲しい。」

 カイルが言った。


「いや・・・きっと動物たちに看取みとられて、リューイのことを思いながら安らかに眠りについたんだろう。そう思わないと、俺でもやりきれない。」と、ギル。


「カイル、お前の力で、じいさんと話をさせてやることはできないのか?」

 ふとそんなことを思いついて、レッドが言った。


「うーん・・・※本来は血縁が一番探しやすいらしいんだけど、死後それほど経っていないし、何より最もリューイと関係深い人だからできるとは思うんだけど・・・よけいに辛いかもしれないよ。」


「それも、そうか・・・。」


 沈黙が続いた。


 その間落ち着きなくため息を繰り返していたレッドは、やはり五分もするとやるせなくなって立ち上がった。


「やっぱり、俺見てくる。あまりのことに、気が狂わないとも限らないからな。」






 膝を抱えて座り込んだまま、辺りが次第に暗くなりゆくのを気にもせずに、リューイはただ目の前の土饅頭《(どまんじゅう》だけを呆然と見つめていた。魂の抜け殻となったような双眸そうぼうで、ただうつろにじっと見つめていた。そうしているほかは、泣き疲れて時折ときとりけだるそうに膝にあごを乗せたりもしたが、眠くなるどころか、ひっきりなしに浮かんでくる思い出のせいで枯れることなく涙はこみ上げてきて、そのままむせび泣くこともあった。


 どうして・・・その気持ちは、もちろんあった。だが今は、何も考える気になれない……。


 時々、リューイの心に敏感に反応する野獣たちがやってきて、リューイの頬や涙をペロペロと舐めたり、体をすり寄せたりする。そうして慰めてくれようとするのもリューイは一切 拒否し、悲しげにかぶりを振ってみせてはことごとく追い返した。


 だが、まず最初に追い払われていたキースだけは、めげずに少し距離を空けてリューイの背後に伏せている。


 するとある時、そのキースがまた立ち上がったかと思うと、リューイの背中を鼻先でつつきだした。いつもなら様子がおかしいことをすぐに悟って、その行動を気にしているところだが、それが分かっていながら、今のリューイにはそう思う気力すらなかった。


「キース、一人になりたいんだ。悪いな。」


 肩越しに振り向いたリューイは、構わないでくれという気持ちを込めて、キースの背中を軽く叩いただけだ。


 ところが、いつになくキースはまたも言うことをきかずに、今度はリューイの上着をくわえて引っ張ったあと、そこにある大木の根元をせっせと掘り返し始めたのである。


「お前、何やってんだ。」


 その意味不明な行動に、今度は思わずリューイも気をとられた。そのまま顔をしかめて見ていると、キースの前足に掻き出されて、土の中から何かが転がり出てきた。


 細長い金属の筒。


 リューイはそのまま手を延ばし、土を払ってその筒の蓋を開けてみた。


 すると中には、クルクルと巻かれた紙が一枚入っている。指を突っ込んで引っ張り出したリューイは、ももの上で丁寧に伸ばしてみて・・・目を大きくした。


 それは、ロブがリューイに宛てて書いた手紙だったのだ。


 リューイは読み書きが苦手だった。子供の頃からしばしば おざなり にしてきたので、特に文章を書くことにおいては、今だろくにできない。だから今、リューイはそれを食い入るように凝視ぎょうしして、同じところを何度も読み返してはきちんと理解しようと懸命になり、必死になった。決していい加減にせず、その一文字一文字を惜しみながら目を置いていった。一文字も無駄にしたくはなかった・・・。




『しんあいなる リューイ


 リューイよ、おこっているであろうな・・・。

 お前をしゅぎょうの一人旅に出した理由は、うそではない。だが、お前の知らぬ間にいきたかったのも本音だ。最後に、お前のなげき悲しむ顔だけは見たくない。わしは、お前のまんめんの笑みを思いうかべながら眠りたかったのだ。どうか、みがってなわしをゆるしておくれ。


 リューイよ、この大陸は広かったろう。さまざまなけいけんをして、多くのことを学んだことだろう。そのうえで、今後の身のふり方をよく考えるといい。この森で仲間とともに生きていこうと思うのなら、そうしなさい。外の世界であらたな人生をはじめるのもよし。お前は、人の役に立てる力と心を持っているのだから。


 わしはここで静かに眠るとするが、母さんはいつもそばに置いて、大切にしてやりなさい。くれぐれも無くさないように。


 わしはずっと、お前のじっちゃんだった。だが今は息子と呼ばせてほしい。


 リューイ・・・あいする息子へ


 ありがとう。


                             ロブ・ハウエル』




 レッドが思い当たる場所へと向かっていると、いきなり はばかりないわめき声が聞こえてきた。それは辺りにいる夜行性の動物もおびえ返るほどの狂気じみた声で、木々の間をこだましてそこらじゅうに響き渡っている。


 だが、胸を切り裂かれるような悲痛な声・・・。


 レッドは薄暗い小道のずっと奥を見つめた。すぐに歩を早めてそこへ行き、近くの大木の陰に隠れたあと、息を殺して様子をうかがった。


 いつもなら、それでもすぐに気付かれてしまうはず・・・しかし、今は違った。


 リューイは激しくむせ返りながら、号泣していた。土饅頭どまんじゅうを抱えるように膝を付いて、腹の底からありったけの大声を張り上げ、時折ときおり頭を振り上げては、藍色あいいろの空に向かって泣き喚いている。


 レッドは、たちまち目をらした。まさかとは思いながらも、悲しみを紛らわせるために自傷行為、例えば一番やりそうなのは頭を木に打ちつける・・・というようなことを、もし我を忘れてし始めようものなら、それを止めるつもりでやってきたはずだった。だがとても見てはいられず、気付けばその場を離れていた。


 ただ、そんな姿であっても狂いだしたようには見えなかった。やり場のない感情を、初めて声を上げて泣くことによって発散し、この深い悲しみにケリをつけようとしている。


 前に進むための慟哭どうこく。レッドにはそう見えた。


 そんなリューイのそばにはキースもいて、親友、つまりリューイの異常な姿をただおとなしく見守っている。この野獣はリューイの子分のようだが、人間でいえば遥かに大人だ。


 レッドは、心をくだかれそうな叫び声を背中で受け止めながら、静かにもと来た道を戻って行った。









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