最南端の秘境(アースリーヴェ)
背の高い常緑の大葉をもつ樹木や、ヤシ類、木性つる植物、着生植物などの原生林が力強く生い茂り、目を向けた場所の至るところで、見たこともない奇妙な模様や形の植物と出会うことができた。どこからともなく響き渡ってくる甲高い鳥の鳴き声と、どこかで流れ落ちている滝の轟音とが、あいまって聞こえていた。緑あふれる驚異的な大自然。俗世間からかけ離れたそこは、何もかもが想像を超える神秘に満ちている。
アースリーヴェは一年中温暖で、季節の変化が全くと言っていいほどない。大陸でも常夏と言いきれるのはここだけで、強いて言えば乾季と雨季に分かれているくらいだ。一日で見れば午後にはスコールが降り、朝晩は他の地域同様涼しくもなるが、日中は気温がぐんぐん上昇して、樹海を抜けたところにある白い砂浜には、燦然と輝く太陽が強い陽射しを容赦なく照りつけてくる。
一行は、そんな秘境のこの地にたどり着くまでに、南北にかけて森が続くルートをずっと南下してきた。そこには村も点在し、わりと大きな町もある。ここから最も近いそこは、リューイも師匠のロブと定期的に訪れていたモント・リアンという都市で、一行も通ってきた場所だが、どこへ行くにしても、まずは小舟で船着場のある村へ出なければならない。そこには、小舟を預かったり、貸したり、また売買できる業者がいる。リューイとロブも、町へ出る時には自分たちの小舟を預けていたし、一行も小舟を借りてここまで来ていた。
ただそれでも、アースリーヴェの奥地を目指すのは容易ではない。そこから川をずっと下っていき、鬱蒼たるジャングルの入り口へとたどり着くまでにも数日かかる。そのため、度々小舟を陸につけて停泊させなければならないし、ジャングルに入ると辺りの様相は一変し、陸には獰猛な野獣、川には肉食の魚類や爬虫類も現れる。舟を陸につけて暢気に野宿というわけにもいかなくなる。よくも知らない者が無計画に踏み入れば、まず生きてはいられない。
実は、舟を使えばその入り口から奥地までは数時間で行くことができるのだが、それゆえ、そこまで舟を進める者は、普段はロブとリューイの二人くらいだった。
ちなみに、リューイが修行の一人旅に出た時には、舟を使ってはいなかった。リューイは、ジャングルの奥地から、険しい道なき道を猛獣と格闘しながら徒歩で突き進んできたのだ。
ギルは目庇を作って、強烈な陽光を受けて輝くヤシの葉を見上げた。
「今・・・春先だよな。この暑さ・・・。」
「本や話を聞いて知ってはいたが、まさに別世界。」
隣を歩いているエミリオも、そう驚嘆した。
「これを再現するなんて、ディオマルクのやつ、頑張ったな。」
「あのナイルという仔象への、愛情の表れかな。」
何のことかをすぐに理解したエミリオは、それと同時に、ディオマルク王子の御殿で見た人造の密林と、そこで幸せそうに暮らしていた仔象の姿を思い浮かべた。
「ヤツが美女以外を愛するなんざ、驚きだ。」
「じゃあ、ナイルは美女なんだろうね。」
「ああ・・・そういうことか。」
一方、大型の色鮮やかな花々に魅せられているシャナイアは、ふと、優雅に茎を垂れて美しい花を咲かせている植物を発見。
シャナイアはうっとりと見惚れて指差し、「まあなんて綺麗なのかしら、この紫の花。」
「それ食虫植物だよ。」カイルが言った。辺りの薬草に向けられている目をキラキラさせながら。「凄い!貴重な薬草がこんなにある!」
こういう所に来ると、カイルは決まって一種の職業病を起こす。もう早速、その左手には珍しい植物がどんどん摘み足されていく。
「ウオアーッ、ウオオーッ!ああこの空気だ、懐かしいな。」
リューイがいきなり獣じみた声で吼えだした。そうかと思うと、何かがそら恐ろしいスピードやってくる。ゾッとするような気配が叢を踏みつけながらみるみる迫りくる……!
立ち止まって警戒していると、それは先導して歩いているリューイの両脇にたちまち姿を現した。目を疑いたくなる、いかつい風貌のジャガーと、抜かりない眼差しの豹だ。どちらも黄色い毛皮で一見似ているが、体格や模様で違う種と分かる。
「ラビにウィリー、ただいま!」
いつ食い殺されるとも知れないそんな野獣に向かって、リューイはにこやかに挨拶をしている。
仲間たちはぎょっとして、立ちすくんだ。
そこへ、更にまた何かが疾風のごとく駆け寄ってくる。今度は背後からだ。ハッと振り向いたシャナイアの目に飛び込んできたものは、なんと白い毛皮の大きな・・・。
「いやーっ!」
けたたましい悲鳴を上げながら、シャナイアは大きなホワイトタイガーに道を譲った。
「ああ、そいつはタムタム。俺の友達だ。俺と一緒にいれば噛みつきゃしないさ。あ、でも、俺の友達に限るからな。油断しないでくれ。ようしいい子だ、ほらおいで。」
リューイはそう言って、見かけはどうみても獰猛そうな虎と仲良く頬ずりをし合っている。
「俺たちにどうやって見分けろっつうんだ・・・。」
レッドが憮然とつぶやいた。
リューイが幼い頃から、本来 獰猛なこういった野獣の中に、その頃は自分よりも小さなリューイをこうして尊び、慈しみ、従うべき者だと認めてきたものがいるということは、普通では有り得ないことだ。しかし、リューイは普通の子供ではなかった。その野獣たちは、リューイのまだ小さな体の奥底から立ち昇る神々《こうごう》しい巨大な炎を見たのである。そのうえ、この密林で共に暮らしているうちに慣れ親しんで、強くたくましく育ったリューイを敬うようにもなったのだった。
それからも、リューイのもとには似たような野獣が次々と集まってきた。木の上にもリューイのことを見下ろして嬉しそうにはしゃいでいる動物たちがいることに、ほかの者はふと気付いた。
「あいつは獣の大将か?」
たまげてレッドは言った。
「それも万国共通の大将らしい。異様な光景だ・・・。」
そう発して、ギルも唖然となる。
「俺は今、キースが犬のようにも思えるようになっていた自分が、恐ろしくなったよ。」と、レッド。
まだ警戒を解けないでいる者たちの不安をよそに、ミーアがレッドのもとからパッと駆けだそうとする。
「私も触りたい!」
「ああ、まだダメだ。」
レッドはあわててミーアの首根っこを引っつかんだ。
「この辺りは俺達の縄張りだから、基本的には安全だ。けど、たまに紛れ込んでるヤツとか、例えば・・・」
そう言う間にも、リューイは、細長くて気味の悪いものを片手の一握りで絞め殺していた。今にも襲いかからんと口を開け、そばの木から突如 垂れ落ちてきた毒蛇を。
「こいつなんかは危険だ。」
リューイはその蛇の死骸をポイと叢に投げ捨てた。落ちた辺りで、何かがそれに飛びつく音がガサガサッとした。
「まあ、今ここに集まってきたヤツらの顔、覚えてやっといてくれ。こいつらの方は、今俺と一緒にいることをちゃんと覚えてくれるから。」
レッドは力無く額に手を持っていく。
「だから、それができたらもう特技だぞ。」
とどろき渡る滝のしぶく音がだんだん大きくなってきたかと思うと、前方 左手に、間もなく海に流れ込む川が見えた。
そこまで来るとそわそわしだしたリューイは、あとからついて来ている仲間たちを振り返って言った。
「俺んちもうすぐなんだ。真っ直ぐ来るだけだからさ。俺、先に行って知らせてくる。」
我慢しきれずに走りだしたリューイを追って、周りに集まった野獣の群れも一斉に駆けだした。風のように遠ざかっていくそんな不思議な集団に、旅の仲間たちはただただ呆気にとられて声も出ない。
だがレッドは、我に返ると目元を緩めて頬に笑みを浮かべた。
「あんなに嬉しそうな顔して。リューイのじいさんか、楽しみだな。」
「なんたって、あのリューイを育てた男だからな。」とギルも目を細めている。
その頃には、ひとり薬草摘みに夢中でいたカイルの胸の前は、何だか怪しげな植物でいっぱいになっていた。




