星空の帰り道 - 2
「ところでアリエル様、王女様ともあろう御方が、何日も王宮を留守にされていて、よろしいのでしょうか?」
「え、あっ ⁉」
ギルの質問に、アリエルはうろたえた声をあげた。
すると、エミリオが後ろから落ち着いた声でこう伝えた。
「アベンヌが上手くしてくれていると思いますよ。打ち合わせも済んでいますから。王女は突然体調を崩され、目も腫れていて顔を見られたくないので、治るまで侍女のアベンヌと侍医以外には誰とも会いたくないと言っている・・・ということになっていますので、よろしくお願いします。侍医も協力者だそうで、こっそり帰るための裏門の合鍵もここに。」
「ほっ・・・そうですか、安心しました。さすが、アベンヌですわ。」
リューイもレッドも肩をすくった。やっぱ何も考えてないな・・・。
そんな二人の態度を、シャナイアは不思議に思う前に呆れている。
「ねえ、あなたたち・・・何かあったの?」
「いや、別に。楽しかったよ。」と、喉が渇いたレッドは、水筒に手を伸ばしながら答えた。さっき笑いすぎたせいだ。リューイがまともに見えるほど面白いヤツはそういない。
ますます首を傾げるシャナイアは、それからふと、エミリオの腕の中を覗きこんだ。彼がそうして大切に膝に抱いているのは、毛布にくるまってぐっすり眠っている愛らしい少女である。
「ずっと王宮の同じ場所にいて、くたびれちゃったのね。」
ただ微笑みを浮かべただけのエミリオは、子供たちがみな このように ――何にも脅かされることなく ―― 眠れる日を切に願いながら、安心しきって目を閉じているミーアの顔を見つめた。この寝顔に、永遠の平和が象徴される日がきますようにと。
しかしその横。人が清らかに祈りを捧げているすぐそばには、ミーアが気持ちよく眠っているのを気にもせず、またカイルにちょっかいを出して遊んでいるリューイがいる。
不意に、そのリューイが表情を変えた。
偶然、アリエルの細い背中が目に入った時だ。下を向いて膝に頬杖をついているその後ろ姿は、急に元気が無くなったように見えた。それをリューイは、さっき軽口をたたいたせいだと思ったのである。
「ごめん、アリエル、俺そんなつもりじゃあ・・・。」
リューイは焦って御者台に身を乗り出した。
「違いますの。オレフィンのことを思うと・・・。」
「・・・そうか。」
根本的にそれが問題なのだと思いながら、隣でギルは呟いた。
「あれ・・・。」と、シャナイア。「ねえ・・・でも、これだと、結果的にはビザルワーレが助けたことになるわよね? いいの?」
レッドは、御者台にいるそんなアリエルに目を向けて、答えた。
「誰も何も言わないさ。アリエル王女はもちろん、ライカ王子もビアンカ王女も。ステラティス(王国)もルイズバーレン(王国)も、俺たちが悪党から救い出したと思ってるし、ビザルワーレ(王国)は、その両国が何か言ってこない限り、不思議に思いながらも黙ってるだろうよ。口を滑らせて自ら暴露さえしなければ、ひとまず平和は保たれるだろ。」
レッドはまた水を飲もうと、水筒に口を付けた。
「どこか近くに、ビアンカ王女のように愛らしくて、素敵なお姫様はいませんかしら。そうしたら・・・。」
そこで思い出して、アリエルはパッと顔を上げた。そして両手を打ち合わせると、こう声を弾ませたのである。
「そうだわ、確かトルクメイ公国には年若い公女様がいらしたはず。国家は社交的で、アルバドル皇室とも関係がある、南国の有望新興国だと聞いたことがありますわ。」
レッドがいっきに噴き出した。とっさにシャナイアを避けたら御者台の方を向いているリューイがいたので、リューイはまともに背中に一撃を食らう羽目に。
「おわっレッド、何だよっ。」
リューイは脱いだ上着をレッドに投げつけた。
だがレッドは良かったと思った。リューイが移動してくれていなかったら、アリエル王女にかかっていたところだ。
「年若すぎるよねえ・・・。」
カイルがミーアを見つめながら、エミリオに囁いた。
「確かに愛らしいがな・・・違う意味で。」と、ギルの独り言。
その時、ミーアがエミリオの膝の上で寝返りをうった。
「アリエル王女様、トルクメイの小公女様は、確かまだ四つか五つくらいだと聞きましたが。」
エミリオは目を細めて毛布を丁寧に掻き合わせてやり、ミーアの額を撫でながら言った。
「まあそうですの。それならまだまだ先のお話になりますわね、残念ですわ。」
アリエルは、もう星でいっぱいになった真夜中の空を眺めて、一人長いため息をついた。
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