星空の帰り道 - 1
深夜、馬車は町から町を繋いでいる道らしい道をずっと進んでいた。丘陵地帯の丘のあいだや、だだっ広い草原、大河沿い。この辺りのあらゆる場所に道は通っている。その中からいくらでも選べたが、いちばん早く行ける広い大街道をできるだけ進んだ。
動いている灯りと時々すれ違った。それらは、都市の朝市に出店するため、物資や食材を運ぶ大型の馬車が多い。大街道上には、たくさんの灯りが集まって輝いている場所がいくつもある。大きな町の灯りだ。
一行の幌馬車は、まだ活気ある時間のそこを、二つ素通りしてきた。そうして夜もかなり更けたが、雲も霧も無いすっきりした夜空に際立つ月のおかげで、ギルは疲れを感じないでいられた。
まだまだ行けそうだ・・・と、御者のギルは思った。
後ろからは、他愛ない会話を静かに楽しむ仲間の声がしている。エミリオの膝の上で眠りについたミーア以外は、まだみんな起きている。
そんな中、アリエルは不意にリューイの視線に気付いて、眉根を寄せた。それは思わずたじろいでしまうほどの魅力的な顔だが、どこか馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべているのだ。
「な・・・なんですの。」
「あんたって・・・面白いな。」
リューイは視線を逸らすどころか、そんな子供のような笑顔のまま言った。
アリエルは呆気に取られて、目を瞬いた。生まれてこのかた、そんなぞんざいな言葉で話しかけられたことなどない。
「何ですの、失礼ですわよ、唐突にっ。」
すると今度は、レッドの遠慮ない笑い声がそれに続いた。
「あなた方、そういえば、何かとわたくしの悪口を・・・!」
「とんでもない。」
目が笑っているまま、レッドは場を適当に取り繕う。
「けど、あの咄嗟の言い訳は最高だったな。」と、リューイ。
「そのくせ、やたらとあの中に詳しいんだ。よく怪しまれなかったもんだよ。」
「なんも考えてないのな。」
二人が交互にそんなことを言うのを聞いているうち、アリエルの顔がみるみるムッとなっていく。そして聞き終えるや、アリエルは急に立ち上がった。
「リューイ、わたくし、あなたのことを無邪気で安心しましたって申し上げましたけど、撤回いたしますわ。よくもわたくしの裸を 一一 ⁉」
ガタンッ !
と馬車が揺れて、アリエルはそのリューイの胸に飛び込んでいく羽目になった。
「なんだってっ。」
レッドと、御者台のギルまでもが驚いた声を同時に上げた。それにほかの者の視線も一瞬で集まっている。
「リューイ、おまえ痴漢・・・。」
とききかけて、レッドは思い起こしてみる・・・人のことは言えないか。下着姿同然の彼女を後ろから抱きしめ、抵抗できないようにしたのだから、ここまでは完全に同類だ。
「なな、何だよ、チカンって、どういう意味だ。」
「お前も・・・やっとか。」
ギルの背中からは、もはや感心したような声が聞こえた。
「なにがっ ?! 」とリューイのわめき声。だから何なんだ!
「ねえ、何があったの。聞かせてよ。」
カイルが身を乗り出してきた。
アリエルはよろけながらも、リューイの腕の中からまた立ち上がった。
「あ、おい、危ないぞ。」
リューイが優しい声をかけてきたが、アリエルは無視した。彼はしっかり受け止めてくれたが、今は怒っているので外に出たいと思い、御者台のすぐ後ろから、手綱を握っているギルの隣へ移動しようとしたのである。
それに気付いたギルが、片手を伸ばして体を支えてやり、そうしてアリエルはゆっくりとギルの横に腰を下ろした。
「もう、二人共せっかくお友達になれたと思っていましたのに・・・。」
隣で寂しそうにそう呟いたアリエルを見ると、ギルは言った。
「アリエル様、あの二人のあの態度が、二人にとっても友達の証なんです。それでは嫌ですか。」
そう言われて、ギルの横顔を見上げたアリエルは、それから肩越しに振り返って二人を見た。レッドはシャナイアと何やら口喧嘩を始めているし、リューイはカイルとふざけ合っている。
「・・・まあそういうことなら・・・結構ですわ。」




