釈放
ライカとビアンカを連れたままビザルワーレの王宮へ行くわけにはいかず、アリエルも一緒に、先にステラティス王国へと向かうことになった一行。行路については、ビアンカが通ったことのないような道を慎重に選んだ。
それから何日も旅をして、ようやく帰り着いた時には、もう日も暮れかけていた。
無事に帰城を果たしたライカ王子とビアンカ王女は、夜警の衛兵に付き添われて宮殿内へと入って行った。
それを見届けたほかの者たちは、そのまま外で待たされていた。アリエル王女がいるので宮殿内に入るのを遠慮したからだ。そこはライカが上手く言っておくと請合った。
王宮が広大なため移動時間の関係もあって、それから一時間以上が経っていた。そのあいだエミリオとギル、それにレッドとリューイは落ち着かなくて仕方がなかった。これで罪が帳消しになるかどうかと。
やがて、カイル、シャナイア、そしてミーア、ここに残した仲間全員の姿が、真正面の舗装された広い道に小さく見えた。ライカとビアンカもいる。それに、侍従のミハイルも。
迎える者たちは、ほっと胸を撫で下ろした。
リューイが頭上で片手を振ってみせると、気づいたカイルとミーアが顔を見合い、手をつないで駆け出してきた。
「おつとめ(務)ご苦労さん。」
ミーアを胸の前に抱き上げたレッドが言った。
「無罪になったから!」と、カイル。
さらには、そればかりでなく、ライカとビアンカのおかげで、この件に関して意見していた者たちの、彼らに対する印象も一変していた。
「アリエル様、危険を顧みず助けていただいたこのご恩を、余は決して忘れませぬ。」
門を出たところでライカが言った。
「アリエル様、ビアンカ、ますます姫様を尊敬いたしますわ。姫様のようになれるよう努力いたしますわ。」
「面白い冗談だ。」
つい心の声を漏らしたレッド。リューイは下を向いて思い出し笑い。なんせ、いろいろあった・・・。
アリエル王女はそんな二人をわきに見ながらも、ライカとビアンカには真面目な顔を向けている。
「お二人共、今日のことはくれぐれも内緒ですよ。」
「はい、分かっております。」と、ライカとビアンカは確かな声で答えた。
そのあとのビアンカの視線は、レッドとリューイの二人の方へ。
「それに、わたくしも、お二人のように、お強くて素敵な用心棒を探してもらいますわ。」
「ああ、そうしてもらえ。」
リューイは顔を上げて微笑した。
「ただし、俺たちのようにってのは・・・ちょっと難しいぞ。」と、レッドはニヤリ。
「それから、カイル。」
ライカ王子が少し改まった様子で声をかけてきた。カイルはピンと背筋を伸ばして向かい合う。
「そなたには、まこと迷惑をかけた。そなたのおかげで余は夢のようなひとときを過ごすこともできたというのに、ひどい目に遭わせてしまい申し訳ない。感謝している。」
「僕も王子様になれて楽しかったです・・・ちょっと疲れちゃったけどね。」
ライカ王子が手を差し出してきて、同じ顔の二人は笑顔で握手を交わした。
次にライカは、控えていた召使いに何やら身振りで合図を送った。
それに応えて進み出てきた二人の召使いは、両手に載せていた木箱を抱え上げた。その一つには、見るからに上質の巾着袋が置かれている。動いた時に小気味のよい音がしたので、中身が金なるもの、それも純金であることは明らかだ。金ならば、そのままどこへ持っていっても価値がゼロになることはない。
そしてそれは、傍から見れば、中でもリーダー格に思われるギルとエミリオに手渡された。
「それは、父上からの謝礼金と保存食などだ。まだまだ旅を続けるのだろう。気をつけて行くがよい。」
ギルとエミリオは完璧な礼儀作法で一礼し、ほかの者たちもそれに倣った。
そのあいだもギルは考えていた。話に出なかったので、やはり言わねばなるまいと。
「ああ殿下・・・その・・・一つご相談が・・・。」
「何でも申せ。それと言葉遣いも遠慮はいらぬ。今さらだろう。」
ギルは馬車馬の鬣をなでた。
「これなんだが。」
つまり、これまで乗っていた幌馬車のことだ。
ライカは快くうなずいた。
「ああ、無論だ。売るなり使うなり好きにいたせ。」
「ありがとう、助かるよ。彼女を送ったあと、また返しに来ないといけないかと思ったんでな。」
そうして万事整い、自然と差し伸べられたエミリオの手を借りながら、まずはアリエル王女が乗車した。続いてレッドがミーアの脇を抱え上げて荷台に乗せ、それから順番に乗り込んで、最後に御者台についたのは、例によってギルである。
一行は、ライカ王子とビアンカ王女、そしてミハイルに見送られて、ステラティス王国をあとにした。次に向かうは、ビザルワーレ王国。大急ぎで舞い戻らなければならない。
「ところで殿下、あの御方はどちらのご令嬢で・・・。」
みるみる遠ざかる馬車を目で追いながら、ミハイルがそっときいた。
「いいか、あの御方のことは無かったことにするのだ。それが約束だ。」
「は・・・? はあ・・・。」
ライカ王子のきっぱりとした声に、ミハイルはただ首を捻るしかなかった。




