屈強の用心棒
凶器という凶器を振りかざして、若い下っ端がわっとばかりに躍りかかる。
スラリと解放された二本の剣先が、たちまち生き物のように動き出した。やっと自由を得た野獣さながら、次々とそれらに傷を負わせていく。ただ、自分のそれを完璧に手懐けてきたレッドだが、王女たちの手前、軽傷ですませた。思うままにそうすることができ、狙いには一寸の狂いもない。本来なら、互いの武器を合わせると、相手のそれは想像を絶する威力でたちまち弾き飛ばされてしまう。そして衝撃に体勢を崩したその瞬間、胸や肩から鮮血を流すことになる。
一方、武器と言えば、リューイは腕に装備しているナイフくらいだが、その腕力や脚力の殺傷能力は刃物にも勝る。本気を出した時まともに食らえば、瞬く間にあの世 逝きは間違いなかった。だが、リューイは感情的にならない限り、だいたい加減をわきまえることができた。
リューイは、男たちが見たこともない徒手武術の目の回るような身ごなしで、敵の鳩尾や脇腹に稲妻のような早業をしかけている。
その間、一分とかからなかった。一味が初め威勢よく雄叫びを上げたところから、やがて次々と膝を付くまで。
「さっさとどっか行けよ、邪魔だから。」
リューイが言った。
そしてレッドは、「まだ動けるだろ。捨て台詞も吐けなくなる前に、失せろ。」と、冷酷な眼差し。
痛めた部位を押さえて歯を食いしばる相手に対して、レッドとリューイは異様に涼し気な表情でいる。
「つ、つええっ!」
「お、親分っ!」
「話が違うじゃないすかっ。」
力の差は歴然。これ以上向かっていく意味はないし、命令されたって御免だ。次々と腰を上げた下っ端たちは大慌てで退散していった。
そして最後に、「くそうっ、どうなってやがんだ!レッド、このままで済むと思うなよ!」と、一味の頭はまだ吐ける捨て台詞を残して、背中を返した。
それをレッドとリューイは肩を並べて見送った。
「そなたらは・・・化け物か。」
二人の背後から、そんな震える声がした。一緒に振り返ってみれば、ライカが腰を引いた姿勢で立っている。
レッドとリューイは、顔を見合う。
「なんだと?」
リューイがフッと笑った。
レッドは苦笑混じりの憮然とした顔。
「失礼な奴だな。」
アリエルもビアンカも顔を背け、耳まで塞いでいたのだが、ライカだけは戦いの一部始終をしっかりと見届けていたのである。洞窟にいた誘拐犯たちを相手にした時とは、二人とも形相まで違っていた。
そこへ、不意にかやっとか聞こえてきたのは、轍を刻む馬車の音。
そろって目を向けると、木々をかすめて一台の幌馬車が近づいてくる。だが、ある所まで来るとそれは停まった。それで広い道がどこにあるかを知ることができた。
「今、妙な奴らとすれ違ったが・・・無事だな?」
ギルの声だ。
「見てのとおりな。」
合流してレッドが答えた。
「だろうな。あいつら、やられてたからな。」
「気の毒に。」と、エミリオ。
そのあいだにも、ライカのエスコートで二人の王女は乗車していた。
リューイは御者台のわきから最後に乗り込んだ。
「来るのがちょっと遅せえぞ。」
ギルは苦笑いを返して、答えた。
「悪かった。けど困らなかったろう。」
森の中は少し西日が強くなり始めていた。陽の光は道を照らしてくれているが、木々はその上にも多くの葉を落として、森街道を分かり辛くしている。御者のギルは、道が続く方向を、先の方までよく注意して見た。さて、枯葉に覆われかけているこの道を、次は一刻も早く国外へ抜けて行かなければならない。
洞窟に倒れていた者たちが、ようやくのろのろと身を起こし始めたのは、一行が森を抜けきってからのことだった。それからまず、何が起こったかを呻きながらよくよく思い出してみる・・・が、互いに顔を見合い、首を傾げ合うばかり。
「アリエル様・・・?」
「まさか・・・な。」
「けど・・・鍵や罠はどうやって・・・。」
そして沈黙が五秒ほど続いた。
「しまった、逃げられたぞ!」
やにわに立ち上がり、次々と裏出口へ向かう男たち。
すると、間もなくあの ―― 下着姿でイモムシのように這い回っている ―― 二人を見つけることになった。しかし、その誰にも、はっきりしたことは分からない。起こっただろうことの全てに、確信が持てなかった。人質がいなくなった・・・ということ以外は。
一方、庭園の正面ゲートにて。ここにも理解に苦しむ二人の門番がいた。なぜなら、カーテンが閉め切られた馬車の御者台に座っていたのは、入って来た時とは違い、アベンヌ一人だったからだ。




