裏道の罠
洞窟裏の出口付近では、エミリオとギルが待機している。アベンヌは、その二人とすでに合流していた。ビアンカ王女に知られているためアベンヌは姿を見せることはできないが、アリエル王女が計画通りに出て来られるかどうか気になって仕方がないからである。
そのアベンヌは今、藪と岩陰に隠れながら、出口周辺の一箇所をじっと睨みつけていた。見張りというわけでもない制服姿の男が二人、すっかりだらけた態度で話し込んでいるからだ。
「なかなか行きませんわね。」
「こんなところで、いつまでも怠けているとは、不届きな奴らだ。」
ギルが言った。
「まったくですわ。」
「しかし、順調にいけば、そろそろ出てくる頃じゃないかな。」と、エミリオ。
「そうだな、何とかしないとな。」ギルは、顎に手をあてがった。「・・・ううむ、強硬手段しかないのか?」
「強硬手段とは・・・ギル、まさか。」
エミリオが不安そうに顔を向けると、案の定、目の前で作った握り拳を、思いつめたように見つめているギルの姿が。
「やはり・・・そうなのか。」
「しかし殴って気絶させるって、どうやるんだ?」
しばらく悩んだ末、ギルは徐に手を動かして、剣帯から片手剣を鞘ごと外した。王宮に潜入した時に用意したものを。エミリオも同様、使い慣れている愛用の大剣は、二人とも不自然なため置いてきている。
「とりあえず、これで殴ってみるか。エミリオ、お前も加減を誤るなよ。」
「・・・難しいな。」
「今度、レッドかリューイに殴り方教えてもらうんだな。」
ギルは藪の隙間から目をこらし、周りの状況と、都合の悪い二人の男の様子を窺う。
「アベンヌ、縄は用意できるかい。」
「ええ。ここは庭園ですもの、少し待っていていただけるなら。」
「じゃあ、頼むよ。」
先頭は、もはや怪しいものの、再びアリエルが務めていた。
「もうすぐ出口ですわ。でもそこに、ちょうど罠がしかけてありますの。」
そう言って、アリエルは前方に見えている分かれ道まで駆けだして行くと、そこから横に伸びている道の方を指差してみせた。
「ほら、ごらんなさいませ、これですわ。」
追いついて、アリエルの指先が向いているところに目をやったレッドとリューイは、ぎょっとした。
そこから上り坂になっている奥には、巨大な岩石が設置されていたのである。それは、横や下から突き出している鉄の歯止めによって固定されていた。そこは道ではなく、その罠を仕掛けるための横穴らしい。今通っている道はゆるい下りになっているので、なるほど、この先に、その歯止めが解除されるものが何かあるのだろう。
レッドがそう考えている間にも、アリエルは、今度は進行方向を示して得意気に説明を加えた。
「あの場所を通ると、その歯止めが解除されて岩が転がるようになってますの。侵入者はきっと大怪我をしますわ。」
「侵入者って、俺たちのことなんだが。」と、レッド。
「立場忘れてんだな。」と、リューイ。
ビアンカは両手を打ち合わせ、「アリエル様、さすがですわ。何でもご存知ですのね。」
「では今、罠を止めてまいりますので、お待ちになってくださいませ。」
「奇跡だ・・・。」と、リューイ。
「バレないのがな・・・。」と、レッド。
二人がそうひやひやしながら見ているのをよそに、アリエルは来た道を少し戻って、そこの壁面に作られている三十センチ四方ほどの箱の前に立った。そしてそれから、ライカとビアンカが閉じ込められていた小部屋のものとは、また違う鍵を取り出した。
そこで気付いたレッドがあわてて声をかける。
「あ、灯り 一一 。」
ところが、アリエルが何かしたなと思うと同時に、すぐ真横から不吉な音が・・・。
悪寒がして目を向けたレッドとリューイは、とたんに焦っているどころではなくなった。
二人は、鉄の歯止めが解除されるその瞬間を見たのである・・・!
「レッド!」
「おわっ!」
二人は驚くよりも先に両腕を突き出していた。レッドの方は思わずランプも投げ出して。
悲鳴を上げてうずくまったビアンカの肩をライカが抱き寄せる。
レッドとリューイは、とっさに罠の巨石を受け止めていた。ありったけの力で。人力で対抗できたのが信じられない重量だったが、辛うじて止めることはできた。怪力のリューイのおかげだ。だが、すっかり気が緩みきっていただけにサッと動き損ねて、やや加速がついたところで阻止する羽目に。おかげで下敷きにされる寸前だったが、かつてないほどの力を奮い起こし渾身の力を合わせて着実に押し返していく。
やがて、どうにか歯止めの後ろまで戻すことができた時、二人はそこで踏みとどまったがレッドの方はもう限界だ。腕は痙攣し始め、浮き上がった血管から今にも血が吹き出しそうなほどの苦痛に耐えていた。
アリエルはおろおろしている。
「あ、やだ、あら?」
「コラァッ、アリエルッ・・・様っ。」
「早く止めろ、早く!」と、リューイ。
ガチャン・・・。
ふっ・・・と楽になり、足元や壁際へ目を向けてみた二人は、解除されていた歯止めがまた現れているのを確認した。巨石は元通りに固定されて、もう力を抜いてもよさそうだったが、レッドもリューイもまだ手を放せないまま、ぜえぜえ喉を鳴らし、恐る恐る振り向いた。
転がったランプの仄かな灯りの中・・・そこに、肩をすくめたアリエルがいて、おずおずと人の顔を窺っている。
「・・・間違えました。」
レッドもリューイも無言で、ただ化け物でも見たような目を向けていた。
力無く腕を上げたレッドは、「お前が一緒でよかったよ・・・。」と、それに応えたリューイと手を打ち合わせた。
何はともあれ、気を取り直して再出発。
それからというもの、レッドとリューイの二人は、罠を通り過ぎるその度に、アリエルのおかげで気が気ではない思いをした。だが幸運にも、それからは何事もなく明るい日差しのもとまで抜けることができた。
「あれ、あいつらいないじゃないか。」
外へ出るなり、リューイは周囲を見渡してそう言った。
お迎えの二人、待機しているはずのエミリオとギルの姿がどこにも見当たらず、出てくる気配もないのである。
代わりに妙なものに気づいた。右手の藪の裾の方。ほとんど隠れていて分かりにくいが、何か動いているものがある・・・。
直感でレッドはアリエルを背後へやり、顔を隠せと囁いた。
リューイが注意深く近付いてみると、そこには、もがきながら地面を這い回っている、二人の男の無様な姿が。恐らく気絶していて、意識を取り戻したはいいが、起き上がることも喋ることもできないでいる。どちらも縄で手足を縛られ、口に手ぬぐいを噛まされているからだ。それも下着姿で。もし王家の制服をビアンカに見られては困る、と判断したようだと分かった。ということは、やったのは仲間の二人に違いない。
そこからすぐに離れたリューイは、見て分かったことを報告しに戻った。
「何か、ここにはいられなくなったみたいだ。」と。




