見張りの男
屈んで入らなければならないほど小さな木のドアの向こうに、ライカとビアンカはいた。
二人にはどういうわけか、その部屋には不気味というより美しくも思える、仄かに光を放つ植物が隅の方にたくさん植えこまれていた。それらはかえって部屋の中をロマンチックなムードに演出してくれ、ビアンカがいついつまでも夢見心地でいられるほどだった。
二人は王バルザールの思惑に反して、夜も昼も分からない所でただ身を寄せ合い、語り合い、疲れれば眠るという日々を何日も送っていたので、互いの絆はいっそう深まるばかりだったのである。それに、ビアンカにとっては、思い描いていたものとは違うものの、ライカとたった二人きりという望んでいた夢のような時間を過ごすこともできている。それでビアンカは、誘拐されたというのに自分でも驚くほど平然としていられた。
そもそも、二人はずいぶんのんびりとあちこちを巡りながら、つい一週間ほど前にここへと連れて来られたのだったが、誘拐犯の男たちは食事も着替えも普通に出してくれ、ここへ閉じ込められる少し前に目隠しをされたくらいで、少しも暴力的ではなかった。見張りの男も同じく、むしろどこか遠慮がちで、時折へんに優しい声をかけてきたりもした。特に寝床については最高で、毎日横になっていた豪奢なベッドにはほど遠いものの、毛布に包まれたふかふかで快適な藁のベッドが用意されていた。しかも一つだけ。ビアンカにとって、これほど気の利くことといったらなかった。
だがさすがに、そろそろ太陽が恋しくなる頃でもある。
「いつになったら帰れるのかしら・・・。」
ビアンカは、ぼんやりと青白く光っている花びらを眺めながら呟いた。
その横顔を心配そうに見つめるライカは、そんな王女の手に手をそっと重ねる。
「・・・大丈夫かい?」
「ええ。ライカ様がご一緒ですもの。」
ライカは強くうなずいて、言った。
「あの男たちの目当ては、身代金だ。だからきっと、もうすぐその受け渡しがなされるに違いない。それが済めば無事に帰れるから・・・それまで頑張れるね。」
「ええ・・・ライカ様。」
ビアンカもうなずき返して、王子の目を見上げた。
もう片腕で王女を抱き寄せたライカは、重ねたその手に力をこめて、ぎゅっと握りしめる。
「姫・・・。」
青白い光に包まれる幻想的な雰囲気の中、二人はうっとりと見つめ合った・・・。
あれから少し迷いはしたものの、幸運にも、ふとアリエルが知っている道に出ることができた侵入者たち。そうして、どうにか、目的地までやってくることはできた。
横道からそっと顔を覗かせたアリエルは、少し広くなった通路の奥にある小さな木のドアを指さした。
「あの部屋ですわ。」
アリエルの上から少し顔を出して、リューイもそれを確認。
「・・・不安だなあ。」
そうぼやいて、リューイはレッドと場所を代わった。
レッドも見てみると、その木戸の前には、さも退屈そうな男が一人、すっかりだらけて座り込んでいる。
「リューイ、あの男はたぶん番人だから、間違いないさ・・・たぶんな。」
「そういえば、あの男の方・・・わたくし、初めて見るような気がいたしますわ。」
「あいつも一時的に雇われた奴かもな。直接二人と関わる役みたいだから当然か。」
レッドは、そう言うと腕を組んだ。
「けど、あいつをどうにかしないとな。不意に襲いかかろうにも、隠れながら近づける場所がない。」
「・・・叫ぶか?」と、リューイが提案した。
「何て。」
「悪者だって。」
「誰が。」
「・・・俺たち?」
一瞬、間があいた。
「・・・本気か?」
「俺がさっき殴ったあの男、そろそろお目覚めだぜ。そしたら、どのみちバレんだろ。」
「いいか、あいつは番人なんだぞ。それで動かなかったら逆効果だぞ。」
「・・・やっぱ殴る?」
「真正面から堂々と?その前に仲間を呼ばれる。」
「じゃあ、ほかに何か思いつくのかよ、すぐに。」
言われてレッドは考えたが・・・結局、唸るしかなかった。
「・・・まあいいか。けどリューイ、悪者はないだろう。もしこれでダメなら、お前が行ってくれよ。」
〝殴りに〟をわざと省略したのでアリエルには分からなかったが、リューイは「了解。」と答えた。
そしてレッドは、今いる通路の暗い壁際に隠れるよう二人に指示すると、こう叫んだ。
「侵入者だ!」
それを聞いた番人が弾かれたように立ち上がり、その場であたふたしだすのが見えた。
レッドは首を引っ込め、さらにもう一声。
「何してる!すぐそこだ、お前も手を貸せ!」
すると男は、ドアの前から離れて真っ直ぐに走ってきた。
素早く身を隠しながら、レッドも不意打ちの構えで待機。
しかし男は曲がってくることなく、そのまま通り過ぎて行った。
そこから出て来たアリエルは、真っ直ぐに走り去っていく番人の背中を見つめながら、呆れたように口を開けている。
「まあ、簡単に持ち場を離れるなんて。」
「今のでほかの奴らも騒ぎ出すぞ。急いでくれ。」
レッドのその声で状況を思い出したアリエルは、握り締めていた鍵の束を、外套の長い袖の中から現した。




