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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第10章  恋敵誘拐事件 〈Ⅶ〉  
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白昼夢?


 馬車はそのまま庭園の目立たない所まで進むと、適当な物陰ものかげで停車した。そこからは徒歩で一行は洞窟どうくつの方へ向かった。


 日傘と手提てさげ袋をさりげなく持ち歩くアベンヌはさすがに手馴てなれた様子で、陽の光が王女に当たらないようぴったりと付き添っている。そばにはレッドとリューイもひかえている。レッドは見事なまでに用心棒にふんしているが、リューイは冬にも飛ぶちょうなどを見つけてはすぐに離れがちになるので、それをレッドやアベンヌが注意しなければならなかった。


 ちらほら見かける庭師などはみな、アリエル王女の姿に気づくと仕事の手を止めて頭を下げた。


 そうして一行は、それまでは美しい花々をのほほんと鑑賞しているふりをしながら、洞窟の入り口に対して側面へとやってきたが、そこでアベンヌが合図をしたことに気づいて、レッドとリューイは急に顔つきを変える。


 どこを通って洞窟へと近づいて行くかの打ち合わせは、アリエルとアベンヌの方でしていたので、これまでは隣からこっそり道順の指示を出していただけのアベンヌ。だが、辺りに人気がないことを確認すると素早く動いて、ほかの三人をそばにある大きな岩陰へと連れ込んだのである。


 そこで彼らは、素早く次の準備に移った。レッドとリューイがビアンカに分からないよう制服を脱ぎ、アベンヌが手提げ袋に入れておいたズボンにき替える一方で、同じく手提げに入れていた黒い外套がいとうをアリエルがまとった。頭巾ずきんをかぶり、スカーフで顔のほとんどをもすっぽりと隠したのである。大きな荷物は不自然なので、手提げ袋の中には、これだけを入れておくのが精一杯だった。そういうわけで、レッドとリューイは制服の下に着ていたシャツとズボンだけという、真冬でも薄着の姿でいるしかない。


 間もなく準備が整うと、アベンヌはレッドに最後の指示を出した。地面にこずえで絵を描きだしたのである。それは裏ルート入口付近の簡単な地図だった。


「いいですか、裏道に入ると照明が完全に無くなります。ですがそのそば、こことここのランプは取り外せますので、それを手に入れてください。王女様もご存じですわね。」


「ええ。」


 アベンヌは、にっこりとほほ笑んで返事をしたアリエルを、不安そうに見つめた。


「では、番人たちは私に任せて。今からだいたい四、五分したら、洞窟へ侵入してください。じゅうぶん警戒しながら出て来てくださいね。」


 彼らにそう言うと、アベンヌは大きく迂回うかいしながら庭園の舗装された小道に戻った。それから入口の方へと回り込んでいき、そこから堂々と洞窟の番人たちを手招いたのである。


 その者たちはアベンヌに気付くと、疑いも無く洞窟の前を離れた。彼女はアリエル王女の第一侍女。王女の一番のお気に入りというだけでなく、ほかの身分や地位の高い権力者たちからの信望も厚い。


 一方、アベンヌに言われた通りだいたい五分を計ろうと、レッドは頭の中で数を数えていた。そして計り終えると、リューイとアリエルを連れて洞窟の入り口へ向かった。とくに聴覚をぎ澄まし、人気ひとけに注意しつつ。もちろん、リューイも同様に気を引き締めている。そういう感覚は、育ち柄リューイの方が鋭い。こういう状況では、整形庭園を歩いていた時の緩みきった態度とは一変して、スイッチを切り替えられる男だ。それを知っているレッドも、いちいち注意をうながす必要はなかった。


 そして、一旦、近くの物陰で止まった。そこから顔をのぞかせれば、洞窟の《《とば》》口が見える。レッドが周りの様子をうかがってみると、遠くの花壇の前で、アベンヌが庭園のあちらこちらを指差しながら、番人らしき男二人と何やら話をしている。レッドには、庭師ではなく番人と何の話をしているのか、さっぱり見当もつかなかった。


 素早く動いた侵入者たちは、まずは問題なく入って行くことができた。やはり、見て分るところに、ほかの注意すべき人影は見られない。中は、所々にほのかな明かりがともされているだけで薄暗く、道も整然としてはいるが、王家の庭園の一部といえど何とも飾り気のないものである。


「じゃあ、案内を頼みます。足音を立てないように気をつけて。」


「ええ。」


 背後に移動したレッドにうなずいて、アリエルは先頭に立った。 


 ひっそりとしてはいるが、時折どこからともなく声が響いてくる。誘拐犯を演じている者たちのそれに違いない。

それらを避けて進み、辺りに気配が無いことを確認しながら、彼らは予想のつく場所へと順調に近付いていく。


 だがしばらくして、前を行くアリエルの歩がぴたりと止んだのである。道がいくつか枝分かれしている場所に出た時だった。


「どうした?」

 リューイが後ろから声をかけた。


 すると二人が見ている前で、アリエルは分かれ道の方へ右に左に首を振っては・・・ついに、その首をかしげ始めてしまった。


「道が・・・増えています。」


「へ・・・?」と、そんな声が二人の口から一緒に出た。


「少し待っていてください。先を見れば分かるかもしれません。」


 そう言うと、アリエルは別れ道の一つ一つをのぞき込んでは戻ってきて・・・やはり首をかしげている。


「大丈夫かよ・・・。」と、レッド。


 そうして二人が不安そうに見守る中、アリエルは再度その一つに入っていった。


 ところが、二人はハッとした。その方向から人の気配がしたからだ。


「アリエルッ。」


 と、リューイが呼び止めたその時、人と人とがぶつかった様子が伝わって来た。


「きゃあっ。」 

「ア、アリエル様 ⁉」


 そんな声が同時に上がったのだ。


 リューイはやにわに駆け出している。


 そして、驚いている間に一撃でやられたに違いない哀れな男の姿が、あとから追いついたレッドの目に真っ先に入った。


 一方のアリエルはというと、ぶつかった時の衝撃で正体を隠していた頭巾ずきんは外れ、スカーフはずり落ちて、顔がすっかりあらわになっている。


 レッドは、リューイの足もとに伸びている男を見下ろした。

「こいつはまずいな・・・。」


「その後ろにでも隠しておくか?」


 都合よく近くの岩壁に暗い《《へこみ》》を見つけたリューイ。人体でも隠しておけそうな大きさで、手前には目隠しになってくれそうな大岩まである。


 そう言う間にも、リューイはもう伸びた男を軽々と担ぎ上げていた。


「バレたかな。」


「白昼夢でも見たってわけには・・・いかないだろな。」と、レッドは振り返った。


 一発でノックアウトさせられてしまった家来を、アリエル王女が心配そうに見つめていた。


「あの、無事ですの?」 


「見ためよりはね。」

 そう答えながら、レッドはアリエルの頭に頭巾ずきんをサッとかぶせた。


「ぐずぐずしていられなくなったな、急ごうぜ。」

 道に戻ってきたリューイは、この事態に気づいて迫り来る気配が無いかどうかと耳をすました。


ここはもう運に任せるしかない……。








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