戦った理由(わけ)
エミリオは静かに話を続けた。
「中将がフレイザー・・・あの白馬をくれたのは、私が十八の時だった。初めて自分の馬を持ち、自分で育てた。フレイザーが成長すると、馬上での訓練が中心になった。彼の懸命さに私も何か使命のようなものを感じて、必死でついていった。そしてある日、弟が皇太子となり、私はその後見人を頼まれたのだが、同時にいきなり・・・戦死して空いた大尉の座を言い渡された。ランバーグ中将は、私のこうなる行く末をいち早く悟って、案じてくれていたのだ。」
こうなる・・・というのは、継母から命を狙われるようになる・・・ということ。それがギルには、そう説明されなくても分かった。だが、自分自身を守れるよう強くしたがために、皮肉にも軍事に関わるようになった。それが、エミリオが戦った理由・・・。
「なるほど・・・お前を生き抜かせるために、鍛え上げられたってわけか。ニルスでの一件も、そういうわけだったんだな。」
エミリオの脳裏に、幼き日の記憶がよみがえった。その頃は大佐だったダニルスに、さんざんしごかれた日々のことが。同時に、これまで何度も思い出していた言葉が、またよぎった。それは、ダニルスと、命と引き換えに救ってくれた恩人の言葉・・・その彼が、死に際に叫んだ言葉だ。
あなたは、生き抜かねばならないお人です。
逃げて、生き抜いてください!
そして今、お前を生き抜かせるために・・・と、ギルに悟られた。
なぜ・・・。
帝位継承者でもなくなり、何もかもかなぐり捨ててきた無力な自分に、もはやエミリオという名前しか持たないただの一人の男に、ほかの犠牲を払ってまで生き抜かねばならない価値が、どこにあるのか・・・。理解しかねていた。それに応えるのは、エミリオにとっては死よりも辛いことだった。
エミリオがそうして黙り込み、瞳を翳らせていると、それを見たギルは罪悪感にも似た気持ちに駆られた。
「エミリオ・・・。」と、それでギルは極めて静かに声をかけた。「悪かった・・・お前のこと、知りたくなったんだ。」
「いや・・・私も、いつか君に話せるようになれればと思っていた。」
エミリオは顔を上げてそう言い、それからわざと少し軽い声に切り替えて言った。
「それよりいいのかい、オレフィン王子に助言などして。」
「助言・・・かな、やっぱ。」
「けれど、あれほど思いつめて気の毒に。」
「だが、男なら真っ向から堂々と勝負すべきだろう。戦争しろって言ってるわけじゃないぞ。しかしあの様子だと、この件は、ここの王が勝手に企てたことらしいな。アリエル王女がどうして知ったかは分からないが。歪んだ子供想いに付き合わされる周りの者たちは大変だな。」
「君の言葉を、彼はどう受け取めただろうか・・・。」
「そうだな・・・最後の、彼のあの表情の意味が気になるな。」
「最後の君の言葉も。あれも君の名言かい。」
「ああ、あれはディオマルクだ。名言なんていいもんじゃないさ。奴の手だよ。」
「手・・・?」
「寝室へ招き入れた佳人に、こう言うそうだ。」ギルは呆れ口調で教えてやった。「輝きの強すぎる宝石は、そなたの美しさの邪魔をするってな。」
「・・・彼らしいね。」
そう会話をしているうちに、二人はアリエル王女の部屋の前にたどり着いた。
ギルは周囲を確認した。
離れた所に、掃除中の召使いが数名いるだけである。
エミリオが軽くノックをし、家来らしく声をかけた。
「王女殿下、お迎えにあがりました。」
間もなく、待ちかねたというように出てきたのはアベンヌ。彼女はさりげなく右に左に首を向け、辺りの様子を確かめてから二人を中へ通した。
アリエル王女は、窓辺の椅子に上品に腰かけていた。
「何事もありませんでしたか。」
二人を見るなり、アリエルは不安そうに問う。
「ええ。ちょっと、王子の部屋へ寄ってきただけです。」
ギルが答えた。
「なんですって。」と、思わず声を上げたアベンヌは、あわてて自分の口を押さえた。
「偶然頼まれて、届け物を渡してきただけですから。」
エミリオが事も無げな笑みをアベンヌに向けた時、アリエルがため息をついた。
「また・・・ビアンカ王女への贈り物ですか。」
「そのようでした。」
エミリオが答えた。
アリエルは顔を曇らせたまま黙っていたが、しばらくすると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「さあ、参りましょうか。」
アベンヌの案内で、彼らは緩やかな螺旋階段を一階まで下りた。そこから細い柱が立ち並ぶ回廊を東へ抜けていくと、間もなく外と繋がる。
アベンヌは、右手のずっと奥に見えるアーチの壁の門を一人でくぐって行った。
王女とその護衛は、ベンチ椅子のある場所で待っていた。
しばらくすると、うねるような金飾りに覆われた四輪馬車が登場した。手綱を操っているのはアベンヌだ。彼女はギルに操縦を代わると、アリエル王女と共に後ろの車体へ乗り込んだ。そしてエミリオは御者台のギルの隣に腰を下ろした。
いよいよ彼らが正門を出ようとすると、そこで二人の門番に声をかけられた。
「アベンヌ、今日はどちらへ。」
「北の庭園よ。アリエル様が久しぶりに鑑賞なさりたいとのことなので。」
「洞窟の方は、今は工事中で入れないとのことですが。」
「承知しています。」
「そうですか。ん・・・。」
門番は首を傾げて、御者台にいる運転手兼護衛と思しき青年の顔を覗き込む。
「どうかしまして?」
内心 焦りながらも、アベンヌは落ち着いて注意を引いた。
「あ、いえ失礼しました。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
門番の衛兵たちは、馬車から離れて一礼した。
「ありがとう。行ってきます。」
わざと大袈裟に、アベンヌはニコッと微笑んでみせた。
しかし門番たちは、いつまでも疑わしそうな顔をして、ずっと見送ってくれている。
「今日はまた違う護衛だったな。あんな綺麗な顔の奴らいたか。」
一人がそう相方に囁きかけた。
「新入りだろ。居たら覚えてるだろうからな。」
馬車が王宮からずいぶん離れた所にくると、御者台の真後ろの小窓から顔をのぞかせたアベンヌ は、やれやれというように二人にこう声をかける。
「それにしても目立ちますわね。あなた方のお顔は。」




