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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第10章  恋敵誘拐事件 〈Ⅶ〉  
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戦った理由(わけ)


 エミリオは静かに話を続けた。


中将ちゅうじょうがフレイザー・・・あの白馬をくれたのは、私が十八の時だった。初めて自分の馬を持ち、自分で育てた。フレイザーが成長すると、馬上での訓練が中心になった。彼の懸命さに私も何か使命のようなものを感じて、必死でついていった。そしてある日、弟が皇太子となり、私はその後見人こうけんにんを頼まれたのだが、同時にいきなり・・・戦死して空いた大尉たいいの座を言い渡された。ランバーグ中将は、私のこうなる行く末をいち早く悟って、案じてくれていたのだ。」


 こうなる・・・というのは、継母ままははから命を狙われるようになる・・・ということ。それがギルには、そう説明されなくても分かった。だが、自分自身を守れるよう強くしたがために、皮肉にも軍事に関わるようになった。それが、エミリオが戦った理由・・・。


「なるほど・・・お前を生き抜かせるために、きたえ上げられたってわけか。ニルスでの一件も、そういうわけだったんだな。」


 エミリオの脳裏に、幼き日の記憶がよみがえった。その頃は大佐だったダニルスに、さんざんしごかれた日々のことが。同時に、これまで何度も思い出していた言葉が、またよぎった。それは、ダニルスと、命と引き換えに救ってくれた恩人の言葉・・・その彼が、死にぎわに叫んだ言葉だ。


 あなたは、生き抜かねばならないお人です。


 逃げて、生き抜いてください!


 そして今、お前を生き抜かせるために・・・と、ギルに悟られた。


 なぜ・・・。


 帝位継承者でもなくなり、何もかもかなぐり捨ててきた無力な自分に、もはやエミリオという名前しか持たないただの一人の男に、ほかの犠牲を払ってまで生き抜かねばならない価値が、どこにあるのか・・・。理解しかねていた。それに応えるのは、エミリオにとっては死よりも辛いことだった。


 エミリオがそうして黙り込み、瞳をかげらせていると、それを見たギルは罪悪感にも似た気持ちにられた。


「エミリオ・・・。」と、それでギルは極めて静かに声をかけた。「悪かった・・・お前のこと、知りたくなったんだ。」


「いや・・・私も、いつか君に話せるようになれればと思っていた。」

 エミリオは顔を上げてそう言い、それからわざと少し軽い声に切り替えて言った。

「それよりいいのかい、オレフィン王子に助言などして。」


「助言・・・かな、やっぱ。」


「けれど、あれほど思いつめて気の毒に。」


「だが、男なら真っこうから堂々と勝負すべきだろう。戦争しろって言ってるわけじゃないぞ。しかしあの様子だと、この件は、ここの王が勝手にくわだてたことらしいな。アリエル王女がどうして知ったかは分からないが。ゆがんだ子供想いに付き合わされる周りの者たちは大変だな。」


「君の言葉を、彼はどう受け取めただろうか・・・。」


「そうだな・・・最後の、彼のあの表情の意味が気になるな。」


「最後の君の言葉も。あれも君の名言かい。」


「ああ、あれはディオマルクだ。名言なんていいもんじゃないさ。奴の手だよ。」


「手・・・?」


「寝室へ招き入れた佳人かじんに、こう言うそうだ。」ギルは呆れ口調で教えてやった。「輝きの強すぎる宝石は、そなたの美しさの邪魔をするってな。」


「・・・彼らしいね。」


 そう会話をしているうちに、二人はアリエル王女の部屋の前にたどり着いた。

 ギルは周囲を確認した。

 離れた所に、掃除中の召使いが数名いるだけである。 


 エミリオが軽くノックをし、家来らしく声をかけた。

「王女殿下、お迎えにあがりました。」


 間もなく、待ちかねたというように出てきたのはアベンヌ。彼女はさりげなく右に左に首を向け、辺りの様子を確かめてから二人を中へ通した。


 アリエル王女は、窓辺まどべの椅子に上品に腰かけていた。


「何事もありませんでしたか。」

 二人を見るなり、アリエルは不安そうに問う。


「ええ。ちょっと、王子の部屋へ寄ってきただけです。」

 ギルが答えた。


「なんですって。」と、思わず声を上げたアベンヌは、あわてて自分の口を押さえた。


「偶然頼まれて、届け物を渡してきただけですから。」

 エミリオが事も無げな笑みをアベンヌに向けた時、アリエルがため息をついた。


「また・・・ビアンカ王女への贈り物ですか。」


「そのようでした。」

 エミリオが答えた。


 アリエルは顔を曇らせたまま黙っていたが、しばらくすると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「さあ、参りましょうか。」


 アベンヌの案内で、彼らはゆるやかな螺旋らせん階段を一階まで下りた。そこから細い柱が立ち並ぶ回廊を東へ抜けていくと、間もなく外とつながる。


 アベンヌは、右手のずっと奥に見えるアーチの壁の門を一人でくぐって行った。


 王女とその護衛は、ベンチ椅子のある場所で待っていた。


 しばらくすると、うねるような金飾りに覆われた四輪馬車が登場した。手綱たづなを操っているのはアベンヌだ。彼女はギルに操縦を代わると、アリエル王女と共に後ろの車体へ乗り込んだ。そしてエミリオは御者台のギルの隣に腰を下ろした。


 いよいよ彼らが正門を出ようとすると、そこで二人の門番に声をかけられた。


「アベンヌ、今日はどちらへ。」


「北の庭園よ。アリエル様が久しぶりに鑑賞なさりたいとのことなので。」


「洞窟の方は、今は工事中で入れないとのことですが。」


「承知しています。」


「そうですか。ん・・・。」


 門番は首をかしげて、御者台にいる運転手兼護衛とおぼしき青年の顔をのぞき込む。


「どうかしまして?」

 内心 あせりながらも、アベンヌは落ち着いて注意を引いた。


「あ、いえ失礼しました。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」


 門番の衛兵えいへいたちは、馬車から離れて一礼した。


「ありがとう。行ってきます。」

 わざと大袈裟おおげさに、アベンヌはニコッと微笑ほほえんでみせた。


 しかし門番たちは、いつまでも疑わしそうな顔をして、ずっと見送ってくれている。


「今日はまた違う護衛だったな。あんな綺麗な顔の奴らいたか。」


 一人がそう相方あいかたに囁きかけた。


「新入りだろ。居たら覚えてるだろうからな。」


 馬車が王宮からずいぶん離れた所にくると、御者台の真後ろの小窓から顔をのぞかせたアベンヌ は、やれやれというように二人にこう声をかける。


「それにしても目立ちますわね。あなた方のお顔は。」








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