オレフィン王子の贈り物
ギルとエミリオは、顔を見合った。
「・・・と、おっしゃいますと。」
エミリオが努めて冷静に問い返した。
オレフィン王子は、その美しい使者に目を向けた。少し・・・長いあいだ、視線を外せずにいたオレフィン。
「・・・いや、すまぬ。」
一瞬 見破られたかと思いドキリとしたギルは、彼はいったい何を思い、言いかけたのだろう・・・と考えながら、体の向きを変えた王子の様子をうかがった。そして、隣にいる相棒のこともチラっと見た。単に、こいつの美貌に見惚れて知らずと出た言葉か?
とにかく、長居は無用。
「殿下 ―― 。」
「これを・・・どう思う。」
オレフィン王子は、二人の使者にいきなり小箱の中身を見せた。中に納めてあるのは、素晴らしく光り輝く、エメラルドとダイヤの宝石が連なる首飾りだ。
「これは贈り物だ。美しく可憐な姫君・・・。」と、それから徐に口を開いた王子は、囁くような小声でこうつぶやいた。「これも、と言うべきか・・・。」
小箱を開けて中身を見つめるその双眸は伏し目がちで、その横顔にも王子という華やかさはまるで感じられず、沈鬱である。
「これを、どう思う。」
「はい、とても素晴らしい。一点の翳りもない上品な輝きを放っております。ですが・・・。」
エミリオがそう答えると、オレフィンは小箱の蓋をパタンと閉めた。
「これではダメだ。」
「自分もそのように思います。」
半ば自身に呆れながら、ギルははっきりとそう口にしていた。
今の言葉は、家来としてはあるまじき言動だ。だが、王子は怒る様子もなく、ただ、この男は本当のところは何者だとでも言いたげな目を向けただけである。
「ならば教えてくれ。お前たちなら経験も豊富だろう。人の心は何で変えられる。」
先ほどエミリオを見つめていたのは、羨望の眼差しだ・・・と、ギルは気づいた。ライカとオレフィン王子の容貌は正反対だ。エミリオの顔からも感じられる、見た目の穏やかで甘い優しさ、といった印象では劣る。ビアンカ王女の好みの容姿ではないという劣等感に、悩んでいるのだろうか。
そう推測しているあいだ何も答えず、真顔で見つめ返していたギルだったが、「僭越ながら……殿下、その首飾りは、自ら足を向けて探し求められた贈り物でございましょうか。」と、逆に問い返した。
すると王子は不意をつかれたような顔をし、それから黙って視線を落とした。
それを見ると、ギルはこんな話を始めた。
「とある国の皇子は、自身が乗る馬を決める時、自ら国中を探し回って、ついにこれだという馬を求めたそうです。そうして手に入れた馬に託された思いは格別で、誰かへの贈り物を選ぶということも、同じではないでしょうか。大切なのは伝えるということ。もし贈り物をするなら、殿下の、今のそのお気持ちを、確かに伝えることができるものの方がよいでしょう。その首飾りはとても美しい・・・ですが、それだけです。」
「余の・・・今の気持ち・・・。」
オレフィンは、何か諭されたような声音でつぶやいた。
ギルは静かに言葉を続けた。
「もし、相手の気持ちが違うところにあるなら、確かにそれを変えるのは至難です。ですがそれでも、人の心を動かすことのできるものは・・・結局、人の心だけです。」ギルは少しおいて、それから思い出したというように付け加えた。「もう一つ、余計なことではございますが・・・これも、とある国の王子の言葉です。」そして小箱に目を向ける。「輝きの強すぎる宝石は、人の心を隠してしまうと。」
オレフィンは目を閉じた。
「そのようなこと・・・だが・・・。」
オレフィン王子がその続きを述べることはなかったが、代わりに、そこで二人に見せたその面上には、穏やかで意味深な微笑が浮かんだ。
「引き止めて悪かった。ご苦労、下がってよいぞ。」
「ですぎたことを申しました、何とぞお許しを。」
二人は、またうやうやしく一礼してから退出した。
王子の部屋から、今度はアリエル王女の部屋へと歩いていくと、壁面に、四季折々が描かれた見事な風景画の列が見えてくる。
「君がヘルクトロイで乗っていた、あの黒い馬のことだね。」
それらの絵画を眺めながら歩いているギルに、エミリオがそう話しかけた。
「ああ、あいつはリアフォース。最果ての草原で見つけた、俺が一目惚れした奴さ。俺はそのリアフォースにもよく慰めてもらっていたから、人の心を動かすことのできるものは、命あるものというべきだったかもな。」
ギルはそこで、絵画の列からエミリオの顔に視線を変えた。
「お前のあの白馬は違うのか。」
「あの馬は、中将から譲り受けたんだ。戦い方も何も知らない仔馬だった。私と共に成長した親友だよ。ランバーグ中将(※)は、私に剣術を教えてくれた恩師でもあるんだ。」
中将、そして恩師という言葉だけで、ギルにはピンときた。思い出したからだ。ヘルクトロイの戦い。あの戦場でエミリオと対戦する直前、何かに憑かれているかのように襲ってきた敵の戦士のことを。恐らく、彼がそうだと。その彼の襲撃を自分の代わりに阻止したアラミス(※)に向かって、彼は確かこんなことを叫んだ。
そこを退け! まさに戦ってはならぬのは、私ではない!
「そういえばずっと気になっていたんだが・・・お前はいったいどういうわけで、それほどまでに鍛えられたんだ。俺は、もともと戦士だった父に仕込まれたからで、戦場へも周囲の反対を強引に押しきって、自ら赴いた。だがお前は、なぜ戦った。お前だって皇太子だったはず。」
エミリオは重たそうに首を振った。
「私が十歳の時、母上が亡くなった。そのあと、私に血の繋がらない弟ができた。れっきとした父上の子だが・・・私とは八つ違いだった。そして、私は後継者ではなくなったのだ。」
「そんな馬鹿な。それならルシアス皇帝は・・・。」
ギルが口籠もると、エミリオはうなずいてそれに答えた。
「父上は、母上が生きていた頃から、違う女性をも愛していたのだ。」
ギルはしばらく絶句した。アルバドル帝国やダルアバス王国同様、女帝や女王が認められていることもあり、エルファラム帝国にもまた側室制度や文化はない。
「・・・だが、フェルミス皇后は心底 惚れられて嫁いだはず。なのに、なぜ・・・。」
「不治の難病にかかり、ある時、母上は自らの意思で余命宣告を受けた・・・。父上も不安で、心の拠り所が欲しかったのだろう。私は、父上のことは何も知らなかった。そして、私がランバーグ中将に剣術を教わり始めたのは・・・」
「その弟が・・・いや、継母が来てからだろう。」
エミリオは辛そうにうなずいた。
ギルには、それでじゅうぶんだった。
その現皇妃にとっては、エミリオは疎ましい存在であり、敵であり、始末してしまいたい目の上の瘤以外の何でもなかったに違いない。うわべだけの愛情すらも見せはしなかったろう・・・と、ギルは悟った。
(※)ランバーグ中将 = ダニルス・ランバーグ / エルファラム帝国軍の中将。エミリオ皇子を無敵の戦士に鍛え上げた騎士。
(※)アラミス = アラミス・オーランド / アルバドル帝国軍の大将。ギルベルト皇子の近衛兵ともいえる騎士。




