味方
翌朝、アベンヌの計らいによって、アリエル王女は外出することができた。予め打ち合わせをし、それによって御者に伝えた行き先は、宿泊施設が立ち並ぶ川沿いの道を通る。
そして本来の目的地にさしかかった時、アベンヌが王女に目配せをした。
《黄砂》と書かれた看板が軒先に掛かっている旅籠屋の前だ。
「止まりなさい。」
王女のその声に応えて、御者はただちに馬車を停めた。
「いかがなされましたか、王女様。」
「髪が緩んでしまいました。整え直してちょうだい、アベンヌ。」
「かしこまりました。ですがアリエル様、申し訳ございません、手鏡を忘れてしまいました。そこの宿で、化粧台をお借りしてはいかがでしょうか。」
「そうですわね。では、お店の方に迷惑ですから、アベンヌ一人でよいわ。あなた達もここで待っていなさい。」
透かさず付いて行こうとする二人の護衛にもそう命じると、アリエルはアベンヌと共に馬車を降りた。
アリエル王女が姿を現すと、たちまち宿のエントランスから音が消え、動きが止まった。チェックインの手続きをしている者、足元に荷物を置いて長椅子に座っている者、とにかく、そこにいる全員がただ目を大きくして、強烈に輝くオーラを放っている令嬢に注目している。
そんな中、アベンヌはいかにも第一侍女らしい態度で、スマートに王女を受付カウンターへと誘導。そこで、不自然なほどへりくだった態度をとる宿の主人と話をした。レッドの特徴を伝え、彼らが宿泊しているという部屋を教えてもらったのだ。
そうして、自ら案内を引き受けた宿の主人は、突然やってきた高貴なお客様を、お望みの一室へと連れて行った。
一方、その一室では、レッドから話を聞いたほかの仲間も、半信半疑でアリエル王女が訪れて来るのを待っていた。
「それにしてもあなた、よくそうやすやすと教えてもらえたものね。リューイならともかく。」
「どういう意味だ。」
「分かってるくせに。でも、本当に信用しちゃって大丈夫なの? 私たちみんな、いきなり捕まったりしないでしょうね。」
「通報する気があるなら、俺はとっくに捕まってる。それどころか助けてもらったし、話ぐらい聞いてやっても・・・いいだろ?」
レッドはそう言いながら、今度はエミリオやギルの顔をうかがう。
「俺は、本当にここへ来られるのかどうかの方が気になるが・・・。」
ギルが言った。
そこで不意にノックの音がしたかと思うと、続いてそのドア越しから聞こえてきたのは、やたらしっかりしていたあの侍女の声だ。
「レッド、このお部屋にいらっしゃいますの? アベンヌですわ。」
室内にいる者たちは顔を見合わせる。
レッドがドアを開けに行った。
二人を中へ通したレッドは、「仲間たちだ。」と言って、まずはその全員を一度に紹介した。
一人は遅れたが、ここビザルワーレ王国の王女を目の前にすると、初対面の者たちは極めて丁寧な深いお辞儀で迎えた。
今、挨拶が合わなかったその一人を、アベンヌの目は瞬く間にとらえていた。その男リューイも、彼女と目が合うなりアッと声を上げている。
「まあ、あなたは・・・。」
「そっか・・・王女が来るってことは、そうなるのか。」
「なるほど、お仲間でしたのね。」
アベンヌとリューイは、ほかの者には分からない言葉を交わした。
「アベンヌ、お知り合いなの?」
という質問に、アベンヌは王女の耳元に手をかざして答える。
「アリエル様、青い瞳の子猫ですわ。」
「まあ・・・そうですの。」
アリエルはズイッと身を乗り出して、リューイに近寄った。彼の目を真っ直ぐに見つめる。それは食い入るような厳しい眼差しだったが、リューイはドキドキしながら見つめ返した。
王女は笑い声を漏らして、ほほ笑んだ。
「本当に無邪気な瞳ですわね。安心しました。」
「ごめんなさいね、あなたがあんまり美青年だったので・・・あのあとつい。」
「参ったな・・・。」
リューイが顔を逸らしたそこには、訝しげな面持ちのレッドが。
「なに赤くなってんだ。」
「アリエル様、時間がございませんわ。」
アベンヌのその声によって、レッドは、何の話かとリューイに追求する間もなかった。
うなずいたアリエルは、改めて彼らに向き直る。
「わたくしは、ここビザルワーレ王国の王女でアリエルと申します。皆さんもすでにお気付きの通り、ライカ王子とビアンカ王女は、父上が監禁しています。そして皆さんは、そのお二人を救い出そうとしている・・・ならば、そのことでぜひ聞いていただきたいことがございまして、こうして参りました。」
アリエルの視線はここでレッドへ。
「彼が王宮に忍び込まれた時、わたくしは悟りました。彼は・・・いえ、あなた方はきっと、お二人を助け出すでしょうと。そうなれば、その時、ビアンカ王女は、父上の仕業だということに、すぐに気付いてしまいます。」




