曲者
レッドはもう、このアリエル王女とアベンヌという侍女を信用するしかなかった。
「すまない、世話になって。それでさっきの話だが、居所って・・・。」
「ええ。北の庭園の洞窟ですわ。あなたの手当てが済みましたら、今度は地図を持ってこさせます。」
それからしばらくして、アベンヌが戻ってきた。
アベンヌは部屋にあった軽い椅子を動かしてレッドの前へ持ってくると、そこへ座るように言い、傷の手当てをしてやった。
「警備の者たちが探していたのは、あなたでしたのね。私てっきり・・・。」
レッドの傷ついた腕に包帯を巻きながら、アベンヌはそこで声を詰まらせた。
「てっきり・・・?」
アリエルがきき返す。
「いえ、何でもございませんわ。それにしても、よくこの程度のケガで済みましたわね、あんなに大勢 騒いでいましたのに。ある意味問題ですわよ、王女様。」
「そうですわね。でも、この御方がとてもお強いのでしょう。」
「まあ確かに・・・。」と、アベンヌは真正面にいる若者の全身に目をくれた。
逞しくて引き締まった体つき、がっちりとした腕の隆起した筋肉は、露骨に屈強の戦士を物語っている。その鍛え抜かれた体でいったい王女に何をするつもりかと、ずいぶん驚かされたアベンヌのその口調は少し皮肉混じりのようにレッドには聞こえた。
実際、アベンヌは王女を守らなければならない ―― と、思っている ―― 立場から、まだこの若者のことを警戒していた。それに、王女の方も心配だった。認めたくはないが、この怪しい若者は男らしいだけでなく、好みによっては悪くない顔。ひょっとしたら、実は意外とこういうタイプが好きなのかもしれない・・・と。
普通なら、このような険しい容貌には、王侯貴族の女性は惹かれないはずなのだが、アベンヌは、アリエル王女が何を考えているのか分からない変わり者であるのをよく知っている。だから正直、こんな危険な匂いのする男は、純粋で汚れない幼子のような姫様から、早く遠ざけてしまいたいと思っていた。
そう落ち着かないでいるアベンヌの頭には、実はこの時もう一人いた。
そういえば、露天風呂で出会ったあの金髪の美青年・・・。
そう考えている間にも手当てを済ませると、次にアベンヌは、用意した制服と制帽を無愛想に突き出した。
「さあ、もういいわ。今度はこの制服に着替えてちょうだい。」
「なんか・・・俺のこと異常に嫌ってないか。」
「少し心配なだけですわ。襲われないかと。」
「・・・誤解だからな。」
「そうね。」
アベンヌは、ぶっきらぼうに答えた。
あらぬ疑いをかけられて、レッドは深々とため息をつく。
「・・・悪いな、何から何まで。」
「お礼ならアリエル様に。王女様もお召し替えなされますわね。」
「ええ。」
「あなた、お名前は?」アベンヌは王女の着替えを整えながら尋ねた。「ここまでお世話させておいて、名前くらい答えられるでしょう。」
「レッドだ。」
「じゃあレッド、気を使っていただけるかしら?」
「え・・・。」
「今、一人で出て行ってもらうわけにはいかないでしょう?」
「ああ、すまない。・・・こっちを・・・向いてればいいか?」
レッドは、椅子の背凭れを前にして扉の方を向いた。
「もっと壁際まで離れてくださいな。王女様が汚れます。」
「人を何だと思ってんだ・・・。」
「危険な匂いのする野蛮そうな曲者ですわ。」
否定できない・・・と思い、レッドは何も言い返すことができずに、着替えを持って無言で壁際へ向かった。
一方アリエルには、アベンヌがそう不機嫌そうにしているワケが分からない。
「まあアベンヌ、失礼ですわよ。あなたにだけ、きちんと事情をお話ししますから。あの方は 一一 」
「アリエル様、いいですか。あの人がどこの誰であろうと、この王宮に侵入し、追われている身に変わりはありません。曲者です! く・せ・も・の!」
背後のそんな声に、レッドはまたため息をついた。この部屋にきてから何回言われただろうと。アベンヌというその娘が、レッドには言葉遣いの丁寧なシャナイアに見えてならない。
「そこのあなた、言っときますけど、振り向いたら重罪ですわよ。」
その透き通った寝間着だと、下着を脱がないのなら今さら一緒じゃないか・・・? とレッドは思うも、当然口にはしなかった。
レッドは壁を前にして、黙々と自分も渡された制服に着替え始めた。都合よく制帽があるので、特徴となる額の包帯は外してポケットに突っ込み、制帽を目深に被って刺青を隠した。
王女の着替えが済むと、アベンヌは言われたとおりに地図を持ってきた。そして、ライカ王子とビアンカ王女が監禁されているというその場所を教えると、次にレッドを逃がすため王女の用心棒のふりをさせて、三人は廊下へ出た。
「帽子を深く被ってらして。わたくしを守るふりを・・・。あなた、とてもさまになっていますわ。」
顔を隠すために少し俯きかげんで歩いていても、王女のそばにぴったりと付いているその姿勢には、どこにも隙がない。
「慣れてるものでね、用心棒には。」
そうして三人は、どうにか何事もなく、誰にも不審がられずに、裏庭の塀までたどり着くことができた。途中、何度か召使いなどと擦れ違ったものの、王女が一緒となれば誰もがただお辞儀をするだけで、話しかけてくる者などいなかった。すぐに頭を下げてくれるので、まじまじと顔を覗き込まれることもなかった。
そうして三人は植物が生い茂る目立たない場所へ入っていき、アベンヌがそのそばにある小さな裏門の鍵を開けた。
「いろいろとありがとう。じゃあ。」
「あの・・・。」
門をくぐろうとしていたレッドは、王女に呼び止められて振り返った。
「どうした・・・今度は。」
「わたくし、お願いがございますの・・・ビアンカ王女たちのことで。話だけでも聞いていただけないかしら。わたくし、あなた方のいる所へ参りますわ。」
アベンヌは驚いた。黙っていられず、「アリエル様、また何をっ。」と口を挟んだが、王女は強引に話を続けようとする。
「どちらに・・・どちらにいらっしゃいますか。」
「けど・・・。」
レッドはアベンヌを見た。
「いけません、アリエル様。これ以上お関わりになりますのは。」
「アベンヌ、とにかく、あとで訳をお話します。わたくしを信じてちょうだい。」
その強い口調に押されて、アベンヌは思わず黙った。
何の返事もできないままに、レッドはただ、懸命な眼差しを向けてくる王女のその目を見つめ返していた。自分たちのアジトを教えてよいのだろうかという思いもあったが、人を見る目にかけては自信がある。
やがて、レッドは分かった・・・というように微笑して、うなずいた。
「・・・黄砂って宿屋だ。もし来れるなら・・・来たらいい。」
「黄砂・・・。」と、アリエルが繰り返す。
この会話のあいだ、アベンヌは思案しながら王女を見ていた。しかし結局はまたあきらめた。どのみち、いつも従うことになるのだから。
「黄砂なら、私が存じていますわ。アリエル様、これが最後でございますよ。」




