誤解・・・
レッドは驚いて振り向いた。耳を疑ったが、彼女の顔は真剣そのものである。
「どうして・・・そんなことを。」
「お父様はどうかしていますわ。それより、あなたは何者です。ルイズバーレン王国の使者なのですか。」
レッドは返事に躊躇したが、先ほどの彼女の言葉を考えて、やがて答えた。
「いや・・・一緒に連れ去られたライカ王子の友達だ。」
「友達・・・?」
王女は不思議そうな顔をして、その侵入者を見つめた。
「では、ステラティス王国やルイズバーレン王国の王は、このことを・・・。」
「知らせてはいない。俺たちは独自で極秘に動いている。」
これを聞くと、アリエル王女はレッドの見ている前でほっとした表情を浮かべた。
「あなたをここから逃がしてさしあげますわ。」
「・・・それがどういうことなのか、分かっているのかい。」
「だって、あなたは悪いお人ではないでしょう?」
何とも無邪気なこの娘に、レッドは呆気にとられてしまった。
「刃物を向けてきた男が?」
「例え私が声を上げたとしても、あなたは何もしなかったはずです。目を見れば分かります。」
自分のその険しい目が何より悪人っぽいことを自覚しているレッドは、ますます彼女のことが理解できないと思い、唖然とした。
「君は変わってるな。だがこうしてる間にも ―― 」
レッドは急に右腕をつかんで、顔をしかめた。それは一瞬だったが、アリエルには分かった。
「どうか・・・しましたの。」と、アリエルは眉根を寄せる。
「いや、何でもない。」レッドがそう答えた時、つかんでいる袖の下から血が見えた。「くそ・・・。」
さっきの剣戟沙汰で、レッドは、素手で対抗していた右腕に切り傷をつくっていたのである。そして血が滴り落ちて行方が知れないよう、下ろした袖をきつく捲くし上げて止血していたのだった。
「大変ですわ。すぐに手当てをなされませんと。」
「いや、だからそんなことをしてる余裕は ―― 。」
「大丈夫です。わたくしに任せて。」
そうこうしている間に、また扉の向こうに人の気配がやってきた。だが、今度は女性である。
「アリエル様、お目覚めになりまして? さきほど下の階が騒がしかったので、心配で参りました。」
「アベンヌだわ。ちょうどよかったですわ。彼女に救急箱を持ってこさせます。」
「いい、止めてくれ、大丈夫だからっ。」レッドは脱いだ上着で傷口を鷲づかんだ。「これで止血するから。」
扉の向こうでは、侍女のアベンヌが、王女がなかなか返事をしないので、まだ眠っているのかと考えていた。
「王女様?」
「アベンヌ、お入りなさい。」
レッドの言うことを聞かずに、アリエルはそう返事をした。
やや頭を垂れながら入室したアベンヌは、扉に向き直って静かにそれを閉めてから、振り向いて、一歩よろめいた。
上半身 裸のレッドを、いきなり目にすることになったからだ。それも、脱ぐ途中とみられる恰好で。その時アリエル王女はというと、下着同然の透けるようなネグリジェでベッドに座っており、アベンヌから見れば不届き千万のその男レッドとは、面と向かい合っているところなのである。
「あ、あなた、なな、何ですか ⁉ そのかっ・・・⁉」
そのか・・・? と、侍女の反応にレッドは一瞬、不可解そうな顔。
「あっ、違うぞ、これはっ ――。」
「何が違うんです、その恰好!」
「だから、これは・・・。」
「止血ですわ。アベンヌ、この方はケガをしています。」
一人落ち着き払ったままのアリエル王女は、淡々とその侍女アベンヌに声をかけた。
「え・・・アリエル様、まさか ⁉ 」
「ええ。先ほどここへ来た警備の者の言う曲者ですわね。」
「どういうことでございますか、これは。」
「わたくし、この曲者の方に協力することにいたしましたの。この方は悪いお人ではありません。アベンヌ、私を信じて、あなたにも協力して欲しいのです。」
アベンヌはにらむような眼差しをレッドに向けた。
曲者の方に協力・・・などと、このお姫様は何を平気な顔で口にしているのか。アベンヌは、呆れ果てて言葉を返す気にもならなかった。それに、王女のこういったおかしな言動は、今に始まったことではない。この国の王は我が子にとにかく甘く、特にアリエル王女に対しては、もう十八歳になる年頃の娘だというのに未だに幼子のように接し、そうして大事に大事に可愛がられて育った結果だろうか、いつもぽわわんとしていて、何も考えていないのかと思いきや、身分も体裁も気にせず突拍子もないことをパッと言い出す、穏やかな爆弾娘なのである。
実際、今日も、ほかの侍女たちと友達のように朝風呂などということになったのは、王女が、「今朝は暖かくてとても気持ちが良いので、みんなで一緒に入りましょう。」と言い出したからだった。
アベンヌはしばらく黙っていたが、そのうちわざと派手なため息をついてみせると、こう言った。
「・・・分かりました。私はアリエル様の付き人でございますから。」
何だかんだと口うるさくしてみても、結局はいつも観念して従うことになるのだから。
「ありがとう。では、急いで救急箱と新しい制服を用意してちょうだい。誰にも気づかれないように。」
「はい。王女様のお召し物も必要でございますね。」
そうしてアベンヌは、すぐに準備をしに出て行った。




