王女 アリエル
リューイは鮮やかな連続技で、片っ端から男たちを蹴り倒していたのである。リューイもまた、いつの間にかここの衛兵の姿に変身していた。
リューイがレッドと肩を並べると、おかげでまだ動ける者も恐れをなして、剣を握り締めたまま固まってしまった。
「ここは俺に任せろ。お前らは先に行け。」
レッドが鋭い声で命じた。
「どうする気だ。」
「俺一人なら何とかできる。お前なら、シャナイアを抱えてどこからでも逃げれんだろ。」
「一人は無茶だ。」
「お前に付いて行くのも変わらねえよ。早く行け。」
「ダメよ、レッド。殺さないんでしょ。」
「行くんだ。」
声は厳しく、それには有無を言わせぬ力があった。
「・・・シャナイア、行こう。」
リューイがシャナイアの手をつかんで二人が抜けると、衛兵たちも二手に分かれて、何人かがそのあとを追って行った。
その隙をついて、レッドも逆方向へ逃げた。
だが階段をおりようとすると、下からもすぐに騒々《そうぞう》しい足音が。くそ、ダメだ。仕方なくあわてて上の階へ駆け上がる。結局、最上階まで上り詰めることになり、そこの廊下を適当に曲がって、別の階段を探そうとした。しかし追っ手の声や足音はそこかしこから聞こえるようになった。すでに八方 塞がり。いや・・・。
レッドは、真横にあった扉を慎重に押してみた。
鍵がかかっていない・・・。さらにもう少し開けてみると、中はひっそりとしている。次第に近づいて来る追っ手の気配。とりあえず身を隠すしかない、この部屋に入る姿を見られる前に。
そう判断したレッドは、思いきって入室した。
ところが、しまったと思った。豪華な寝台に調度品の数々。ここは王家一族の誰かの部屋だ。断りもなく入ることのできない部屋、と考えればむしろ好都合・・・だと言いたいところだが、その誰かがいるのである。大きなベッドにすやすやと眠って・・・。
しかし、もう部屋を変える余裕は無かった。
レッドは、その寝台にそろそろと歩み寄った。
上掛けもかけずに寝そべっているのは、年頃の綺麗な若い女性だ。長いまつげに覆われた瞳はしっかりと閉じられていて、安らかな寝顔で、やはりぐっすりと横になっている。レッドは、やや向こうを向いて眠っているその女性の顔を上から覗き込んで見ていたが、気配に気付いて目覚める様子は全く無い。
この女性が何者であるかは、一目瞭然。少し湿ったシルクのようなブロンドの髪に、高価そうな生地のネグリジェにまとわれた滑らかな白い肌。この国の王女に違いない。
それにしても・・・と、レッドは目のやり場に困った。ネグリジェの生地があまりに薄くて、下着や体の線がうっすらと透けて見えているから。レッドは上掛けを掛けてやりたい思いで一杯になってしまった。
今の状況も忘れてそんなどうでもよいことに悩まされているうちにも、追っ手の足音は部屋の間近まで迫ってきていた。
それを感じて扉を振り返ったレッドは、次の瞬間、ハッとして目を戻す。案の定、彼女のまぶたが震えるのを見て取り、あわてて手を出した。
アリエル王女は、驚いて目を覚ました。
いきなり口を塞がれたかと思うと誰かがベッドに乗り上がってきて、背後から抱き起こされたのである。声を出すな・・・そう理解して呻き声も飲み込んだ。その誰かの胸の前にぐっと引き寄せられ、後ろから回された腕で完全に抱き込まれているので、抵抗もできない。恐怖を覚えるほどの力強さに、そんな気も起こせなかった。大きな手と広い肩幅・・・男の人・・・。目覚めた瞬間、突然襲われたので相手の何も確認できなかったが、今ぴったりと体をつけて背後にいる狼藉者の、それだけは分かった。
ところが・・・。
「手荒なことはしたくない。しばらく、おとなしくしててくれ。」
思わぬその紳士的な口調と声に、口を押さえられたままのアリエルは、ゆっくりと振り向いた。
すると目に映った彼の容貌は、一見するといかにも犯罪者らしい険しい顔つき。だがよく見ると、その切れ長の瞳の奥には、何か言い知れない優しさが感じられた。
レッドにそのような印象を持ったアリエル王女は、そのため彼を悪人とは思えず、不思議にほっとした・・・と同時に、王女はそこでピンときた。
その時、扉の向こうから声が。
「王女様、曲者でございます。私がここで警護させていただきますので。」
レッドは彼女の口から手を放し、右腕に装備しているナイフを向ける。
「よいわ。扉には鍵をかけてあります。あなたも、その者を捕らえる方に行きなさい。」
「しかしそれでは・・・。」
「私は大丈夫です。さあ早くお行きなさい。これは命令ですよ。」
「は、かしこまりました。それでは、その者を捕らえましたら知らせに参りますので、それまでは、どうかお部屋からお出になられませんよう、お願いいたします。」
「分かりました。」
「では・・・。」
その兵士の去っていく足音は次第に小さくなっていき、やがて消えた。
そうして部屋の前から気配がすっかり無くなると、レッドはふっと力が抜けたようにナイフを引いた。しかしそれは、追っ手が去ったことでではなく、彼女から刃物を下げてよくなったことで。先ほど彼女の口を塞いで抱き寄せ、目が合った時、そうすることに物凄い抵抗感を覚えた。ナイフを向けた時は、それ以上だった。その瞳が、まるで人を疑うことも警戒することも知らない、幼子のもののように見えたからだ。
「脅してすまなかった。」
レッドは、彼女を放して寝台から下りた。今の状況では、相手が王族であっても言葉を慎む気にもなれなかった。
「お待ちになって。」
立ち去ろうとするレッドの背中に向かって、アリエルは思い切ったように声をかけた。
「あなたは、ビアンカ王女を助けに来たのでしょう。彼女たちの居所、わたくし知っていますわ。お教えします。」と。




