乱闘
秘密会議が行われそうな部屋や怪しい人物など、何か手がかりはないかと嗅ぎ回りながら、シャナイアは館内をうろついていた。主宮殿とは渡り廊下で繋がっているその別棟には、会議室として設けられた部屋がいくつもある。そこは、重役や権力者の中でも上位の者がよく行き来する場所だ。
そして、ある一室の前にさしかかった時だった。
自然を意識しながらも注意深く歩いていたシャナイアは、その場でよりいっそう耳を澄ました。不意にかやっとか、何やら気になる言葉が飛び込んできたのである。
「いつまで、あのお二人をこのままにしておくおつもりですかな。」
立ち止まっていたシャナイアは、忍び足でその部屋の扉に近寄り、ぴったりと耳を押し当てる。
「直前までだ。王女にたっぷりと恐怖を味わっていただかないと、助けた時のありがたみが半減する。」
「なるほど、速やかに婚約を成立させるためですな。」
やっぱり思った通りだわ・・・と、シャナイアはますます耳をそばだてた。交わされる言葉を一言も聞き逃すまいと、意識を集中する。誰かが監禁場所を口にするかもしれない。
そこへ、この会議に遅れてきた男 ―― あまり真面目な性格ではないが、かなり力のある権力者 ―― が一人通りかかった。
しまった・・・! と気付いて、シャナイアはパッとドアから離れたが、遅かった。つい情報の入手に夢中になってしまった。
その男は、まだ少し離れた場所で疑わしそうに顔をしかめている。
「おいお前・・・何をしていた?」
そう問いただしながら、いよいよ男が近づいてきた。
「申し訳ございません。お部屋を間違えてしまいました。」
うつむき加減で答えたシャナイアは、そのまま一礼して背中を向けようとした。
ところが腕をつかまれ、引き戻された。
「・・・見たことがないな。」
シャナイアは焦った。それでも見抜かれないよう顔色を変えず、声が震えないよう息を整えて、こう答える。
「はい、ここで働かせていただいてまだ三日でございます。なにぶん沢山お部屋がございますもので、慣れないものですから。」
「そうか、なるほど。」とうなずいた男は、急に表情を変えた。「それにしても・・・・。」とつぶやいたあと、シャナイアの顔をまじまじと見つめて満足そうなうす笑いを浮かべている。「どうだ、少し休んでいかんか。その部屋なら今日は誰も来ないから。」
そして男は、そこから三つ目の部屋の扉を指差した。
「あ、私、仕事がございますので。」
軽く抵抗しながら、シャナイアは馴れ馴れしく肩にまわされた手をお上品に振り払おうと試みる。何度も。
「上手く言っておいてやるから。少しくらい構わないだろう。」
「あ、お待ちください、困ります、あの、ちょっと・・・。」
シャナイアは少し身を引いた。徐々にそうして離れようとしているのに、動けば相手もついてくる。そのうち強引に迫ってこられ、そして・・・とうとう、隠し持っていたナイフを引き抜いてしまった。
「もうっ!」
「うわっ!」
男があわてて下がった時、シャナイアのすぐ横の扉がバン! と音をたてて開いた。盗み聞きをしていた会議室の扉だ。続いて、先ほどの会話の男たちが驚き困惑しながら、ぞろぞろと出てきた。
「何事だっ。」
「お前、何者だっ。」
もはや曲者以外の何でもないナイフを握りしめたままのシャナイアは、もうごまかそうともせずに距離をおいて堂々と構える。
「失礼するわ。」
シャナイアは、目潰しの粉が撒き散る袋を、三つまとめて床に投げつけた。
結局使われることはなかったものの、それはダルアバス王国の一件でカイルが用意した即席アイテム。実験の時には抜群の効果を発揮して、レッドやリューイをひどい目に遭わせた優れ物である。
そしてこの時も、それは上手い具合にそこらじゅうに飛散した。同時に背中を返していたシャナイアは、その場から素早く立ち去る。早く逃げなければ・・・!
「ぐあっ、お、おい誰か、ええいくそっ、その女を逃すなっ、侵入者だ!」
目や喉に一撃を食らった男たちが、袖で顔を覆って激しく咳き込みながら喚きたてている。
やがて目が見えるようになり、まともに呼吸ができるようになると、五人の権力者は顔を見合った。どの男の面上にも、動揺と焦りの色が浮かんでいる。
「向こうに気付かれたか。」と、やがて一人が苦くつぶやいた。
「いや、かの国のスパイとは限らない。それに、あの場所を聞かれたわけではないんだ。」
そう答えた男は、少し黙った。それから、不安そうに周りにいる者の顔をうかがう。
「・・・誰か口にしたか?」
互いに目を見合う男たち。何人かがぎこちなく首を振った。
しばらくして、一番力のある男が努めて冷静にみなに言い聞かせた。
「焦らず、計画通りにいこう。」
一方、シャナイアが逃げた方向からは、四人の兵士が現れていた。「逃がすな、侵入者だ!」という命令を聞きつけた衛兵だ。後方からも、五、六人のそれらが追ってきている。
挟み撃ちにされる前に渡り廊下へ逃れたシャナイアは、そこを抜けて、主宮殿の広いホールに出た。それから、ドアがいくつも並ぶ廊下を走り回った。ドアが開いている部屋があった。そこを通り過ぎた直後 一一 。
物凄い力が、いきなりシャナイアをその部屋の中へと引っ張り込んだ。
真っ先に目に飛び込んできたのがここの制服だったので、シャナイアは心臓が止まりそうなほど驚いた。が、落ち着いて徐々に視線を上げていくと、よく知っている見慣れた鋭い目が、呆れたように見下ろしてくる。
「もうここには居られねえようだな。」
「レッド、あなたなんで、そんな紛らわしい格好してんのよ!」
「お前と同じだ。」そう答えながら、レッドは剣帯から武器を一つ外してシャナイアに押し付けた。「ヘマやらかすなっつったろうが・・・無事でよかった。」
「あのね、その絶妙なタイミングでの飴と鞭、ほんとズルいわよっ。」
「こんな時に何言ってんだ、お前っ。」
シャナイアのそれは、レトラビア王国の戦場での出来事がふいに浮かんだせいで、思わず口から出たことだった。隊長だったレッドはずっと厳しかったが、負傷した足の痛みを堪えて戦い抜いた最後には、「よく頑張ったな・・・。」と、こんな感じで一言優しい言葉をかけてきたのである。
そうこうしているうちにも、さっき曲がってきた廊下の向こうから、みるみる大勢の足音と声が迫ってくる。
「来たわっ。」
そして間もなく、二人はそれら衛兵たちと剣を交えることになった。ただ、ここで死人を出せばさらに大事になるので武器での反撃には出ず、逃げる隙を窺いながら、シャナイアは相手の攻撃をただ受け流すだけにしていた。そして二刀流の鷲と異名を持つレッドは、左手に剣を握り締めながらも、ほとんどはもう片手で相手をのしている。
しかし、また一人、二人と駆けつけた兵士もいて、このままの状態を続けていても埒が明かない。やむなく、レッドは反撃に出る決心をした。
その時、さらにもう一人加わった。そのとたん、相手の衛兵が次々と壁際へ飛ばされるという事態が起こった。
館内でのこの騒ぎに気づいて、今まっしぐらに駆けつけたリューイだ。




