僕も仲間に・・・
レッドは、そこでふと足元の違和感に気付いた。それで、彼が上掛けを引き寄せながら頭を起こしてみると、その裾からミーアの寝顔が現れた。ミーアは、まるで拾われてきた子猫のように丸くなって、そこに眠っていた。
「泣き疲れて眠っちゃったみたい。僕が来た時にはもうその状態だったよ。」
泣き疲れて・・・というのはなるほど、少女の顔には、泣きじゃくったと分かるあとが可哀想になるほど残っている。
「そばから離れたくないみたいだったからさ。」
入り口の方から、いきなりリューイの声がした。いつの間にか、リューイはそこの壁を背凭れにして、レッドの様子を見ていた。
「お前、ヒダルゴリリイに触っただろ。」
レッドは、ただただ自身に呆れ返るばかりである。
「迷惑かけたな、リューイ。一人でここまで運んでくれたんだろ?」
口元に笑みを浮かべて、リューイはそれに応えた。彼は、洗濯済みのシャツを一枚持っていた。
「とりあえず、今着替える分だ。」
リューイは軽く振りかぶり、シャツを放り投げた。それはふわりと宙を舞って、辛そうに腕を上げたレッドの手中に落ち着いた。レッドは、そのシャツをひとまずわきに置いた。今、カイルの見ている前で着替えるわけにはいかない。
リューイはそんなレッドの足元へ歩いていくと、目を覚ましかけていたミーアに顔を近づける。
「レッドが気付いたぞ。たいしたことないってさ、よかったな。」
ミーアは、寝ぼけ眼で顔を上げた。そして、焦点の定まらない目で、ぼんやりとレッドのことを見た。
次の瞬間、レッドは、たちまち首に飛びついてきた小さな体を、今は重く感じられる片腕で何とか抱き止めた。もう片手で、しっかりと額の手拭いを押さえておくことを忘れずに。
ミーアは、言葉にならない声を漏らしながら、ホッとして涙をあふれさせている。
「今度こそ嘘泣きじゃあないだろうな。」
レッドはそう冗談を言ったが、ミーアがどれほど怖い思いをしたかを考えると、逆に恐ろしい気がした。決して、この少女を不安にさせるようなことがあってはならなかった。
「もう・・・こんなことしない?」
「しないさ。」
体力を消耗してひどいだるさを感じていながら、レッドははっきりとそう請け合ってみせる。
「その子、妹なんだってな。」
ジャックが言った。
「ああ。それ以上はきかないでくれ。」
「詮索するつもりはないさ。」
その少女のことを、ただそうとだけニックから教えられていたジャックだったが、彼もまたレッドのことをある程度知っているため、まるっきり信じてなどいなかった。
レッドは、ミーアの背中を軽く叩いて放すよう促した。
のそのそと動いて、ミーアがベッドから下りる。
それを見届けたあとで、カイルは、薬を入れた器をレッドに差し出した。
「とりあえず、これも飲んじゃって。さっきの解毒剤の副作用を抑える薬。胃を悪くすることがあるから。それから、解毒剤が効いてくると汗をいっぱいかくからね。で、あとは・・・。」
カイルが喋っている間に、レッドは潔くその器に口を付けていた。潔さが必要だったのである。その液体は、これぞまさに良薬口に苦しと言わんばかりの墨みたいな色をしていたからだ。実際、レッドがいつまでもしかめっ面を止められないほどそれは苦かった。
別の薬包紙を一つ摘み上げてみせたカイルは、事務的な口調で説明を続けている。
「この薬を朝・昼・晩と一日三回、食後に一袋ずつ飲んでもらって、最低今日一日は絶対安静に。三日分用意しておいたから、具合がよくなっても飲みきって。」そして最後にお馴染みの笑顔。「じゃあ、お大事に。」
カイルは、例によって手早く帰り支度を始めだした。
「待ってくれ。」レッドは慌てて言った。「ミナの病気も、この通りおかげですっかりよくなった。それも兼ねて、今度はきちんと礼をさせてくれ。」
「占いもやってるから。その利益だけでじゅうぶん暮らしていけるから、気にしないで。あんなこと言ったけど、ほんとは患者さんからは医療費をとらない主義なんだ。」
この時代、占い師は人気が高く安定した職業だった。精霊を正しく操ることのできる者なら、様々な要素や条件をもとに、何かをするにあたって、その日取りや場所、方角、用意するものなど、あらゆる助言をしてやることができるからである。
「分かってる。だから、金を受け取らないのならほかに何か違うことで。それじゃあ俺の気が済まない。」
レッドは早くこの町を出ようとしていたし、どんなお返しをしてやれるか見当もつかなかったが、二度も助けられていて只というのは、どうにも納得がいかなかった。
「そう言われても・・・。」
カイルは、頭を掻きながらしばらく考えた。治療代の代わりに、食材ならいただくこともあるけれど・・・。
そうして数秒 唸り続けた末に、やっと名案が閃いた・・・が、それを言うのに、カイルは妙にかしこまってレッドを見ると、こう口を開いたのである。
「じゃあ・・・あの、僕も仲間に入れてくれる?」