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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第10章  恋敵誘拐事件 〈Ⅶ〉  
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侍女 アベンヌ


 翌朝、レッドとリューイは、いったんシャナイアを呼び戻すため、ビザルワーレの王宮へ向かった。


 宮殿を囲む塀には、飾り彫刻による凹凸おうとつが見られる・・・が、高い。しかしこれは、リューイとレッドには好都合こうつごう。壁が高ければ安心感が生まれ、警備が多少緩くなる。実際、そこに見張りはいなかった。


 そしてリューイとレッド。その抜群の腕力と身体能力をもって、この二人は短時間で超えることができる。つまり、衛兵が回ってくるまでに忍び込むことができた。特にリューイについては、手足を掛けられるわずかな隙間さえあれば、城塞じょうさいのそびえ立つ壁をよじ登ることだって可能だ。


 宮殿内の塀沿へいぞいには幹の太い木々が生えそろっていたおかげで、降りるのにもさほど苦労はしなかった。下の状態が草木に覆われていなくて見えてさえいれば、リューイはもっと容易に降りることもできたが。


 一方、エミリオとギルは、王宮の外の雑木林ぞうきばやしの陰に、目立たないよう馬車を止めて待機している。


 レッドとリューイがやぶに隠れて待つこと数十分。やっと通りかかった長身の兵士が一人。


 リューイは、相手が何も確認できないうちに、手技てわざ一つでその衛兵えいへいを気絶させた。彼の制服を拝借はいしゃくしたのは予定通りレッドだ。レッドは素早くその制服に着替えた。不自然で目立つひたいの布は、あらかじめ包帯に替えてある。レッドは、自分の着衣とぐったりしている男を茂みに隠したあと、シャナイアを捜しに宮殿内へ入っていった。


 そして、くれぐれも見つからないようにと注意を受けたリューイは、物陰ものかげを動き回りながら、整形庭園の方を捜すことになった。季節 がら、そこはつつましやかな小さな花々で色づいていた。


 それにも少し気をとられながら、リューイが忍び足でしばらく捜索そうさくしていると、庭園の一角に、また塀で囲まれた建物を見つけた。


 リューイは耳をすました。塀のすぐ向こうから声がしている。聞こえてくるのは複数の楽しそうな声。それは若い女性のものばかりのようだ。 


 そのへいの内側には、細い木々が密生している。


 気になったリューイは、シャナイアがいるかもと思い、その塀をよじ登ってみることに。だがそこからは、複雑に入り組んでいる枝葉えだはが邪魔をして、何も見えなかった。そこで塀伝いに歩いて見える位置まで移動し、枝葉の隙間すきまからのぞきこんだ。


 すると、小さな池があった。実際には露天風呂である。


 今この大陸は、冬の只中ただなか。だが南のインディグラーダと、デュパウロ地方との境目さかいめにあるここビザルワーレ王国では、真冬であっても寒さがこたえるほどではない。それでもさすがに水浴びはできない。それをすれば、もうそれは修行になってしまう。


 と、その時。リューイは突然目に飛び込んできた光景に、唖然あぜんとなった。


 何人もの若い娘がいるのである。池の中に。そしてちょうど、一人が立ち上がって、足を上げるところだった。


 リューイは・・・息を呑んだ。


 陽に輝くブロンド髪の少女。歳は自分と同じか、少し下くらいに見受けられる。長い髪を束ねている飾りも、とても綺麗だ。だがそれにも勝って、彼女のそのなめらかな体つきや透き通るような白い肌、その肢体したいはまさに人の肌とは思えない美しさ。ほかにもいる娘たちには目もくれなかった。彼女のその体、その姿形すがたかたちや肌の色艶いろつやは、特別 際立きわだっている。


 この時のリューイの、そんな心や体の反応は、こういった場合に普通に異性がおちいるものとは、少し違っていた。見てはいけないと言われていた秘密の宝箱を、こっそり開けてしまった子供の心境・・・そんな感じに近かった。神聖で、もろくて、人の目に触れると消えてしまうもの・・・そんなふうにさえ思えた。


 ただ、自分の裸を見られても平気でいられるリューイにとって不思議だったのは、なぜか顔が火照ほてっていることである。女性の裸といえばミーアのそれしか見たことのない彼の中で、今、無意識のうちに、とし相応の男としての感情も芽生え始めた瞬間だった。


 ところが、そんな彼女に思わず見惚れてしまったリューイは、突然バランスを崩して、真下ましたしげみに転落する羽目に。その時たてた音は、露天風呂にいる娘たちをハッとさせるにじゅうぶんだった。


「何者⁉」


 驚いた召使いの一人が鋭い声を上げた。彼女は入浴せずに王女のバスローブを腕にかけてひかえていた、一番の侍女じじょだ。バスローブを急いで王女に羽織らせてやったその侍女は、それから物音のした方へ・・・リューイが隠れている方へと近付いていった。


 リューイは素早く場所移動。木々と花壇の陰に滑り込んで、気配を殺した。


 その侍女はリューイが隠れている場所を通り過ぎたところで、立ち止まった。


「誰です、姿をお見せなさい。」


 辺りはいやにひっそりとしている・・・。


「大声でみなに知らせますよ。今、素直に姿を現せば ―― 。」


 矢のように動いてサッと彼女の背後に回りこんだリューイは、悲鳴を上げられる前にもう、その口をふさいでいた。


「頼む、わめかないでくれ。」


 その侍女は一瞬、心臓が止まりそうになった・・・が、恐る恐る振り向いて、相手を確認。そして目を疑うと同時に、呆然ぼうぜんとした。


 そこにいたのが、とてもんだ瞳を持つ、金髪 碧眼へきがんの美青年だったからだ。


 それで彼女は、彼のことを、ただの不法侵入者やスパイなどとは違うと感じたが、そこで気付いた。いずれにしろ、これは重罪に当たる。しかし、口をふさがれていてはどうしようもない。


 彼女はひとまずうなずいて、リューイの声に応えた。


 リューイも疑うことなく手を放した。


 その手が口から放れるや否や、静かな声で問い詰める彼女の尋問じんもんが始まった。


「どうやって侵入したのです。」

「壁をよじ登って。」

「ここへはなぜ? 王女の湯あみ場と知ってのことですか。声がしていたはずです。」

「いや、ごめん。人を捜してたから。その中にいるかなと・・・思って。」


「・・・見たのですね。王女の素肌を。」


「見た。」


 沈黙が落ちた。


 彼女は、こちらの質問に子供のように答え続ける彼の、その表情と瞳の色を見ていた。


「・・・で、いかがでした?」


 リューイは思わず視線を動かして、赤くなった。


「とても・・・綺麗だった。宝石みたいに。」


 そこで、露天風呂の方から王女の声が。


「アベンヌ、何事なにごとでしたの。」


 そう呼ばれたその侍女は、あわててしげみから声の方を透かし見て、それからリューイに向き直った。


「・・・お逃げなされませ。」


「悪い、ありがとう。」


 そのあと、驚異的な身軽さで近くの木によじ登ったリューイは、またたく間に塀を乗り越えて、その場から姿を消した。


 侍女のアベンヌは急いで戻ると、王女にはこう報告した。

「ご心配には及びません。とても無邪気な・・・青い瞳の子猫でございましたわ。」


 そんな落下音ではとてもなかったのだが、この王女様は簡単に信じた。


「まあ、そうでしたの。」


「王女様、お部屋でお休みになられますか。」


「そうしますわ。少し眠気が・・・。」

 ブロンド髪の王女は、口に手を当てながら小さなあくびを一つ。


「よくおかりになられたからですわ。」









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