秘策
昨晩どうすべきかを話し合った彼らは、次の日、改めて王宮へ出向いて行った。用件はカイルの釈放についてではなく、もし誘拐犯が盗賊の類ならば、身代金の受け渡しの際、果たして無事に返してもらえるかどうか分からない、ということを告げるため。そして、その役を任せてもらいたいと申し出るために。運が悪ければ、身代金を届けた使いは皆殺しに、さらには、王子と王女は売り飛ばされてしまう恐れがあるからだ。盗賊のことは、レッドはようく知っていた。
だから、その危険な役を買って出るなら相手にとっても悪い話ではないし、償いにもなる。むしろ任せていては最悪の結果となりかねない。つまり、王子も王女も、そしてカイルも、誰も無事に帰っては来られないだろう。
犯罪行為をすれば、事件が起こった国の法や、やり方に則って裁かれる。何としても説得しなければならなかった。二人を無事に取り返せば全てが許されると考えたわけではなかったが、とりあえず、話を聞いてもらうことはできるだろう秘策が、彼らにはあった。
しかし正門に来ると、とたんに一行は門前払いを食らうことに。
だが、門番の衛兵たちを相手に、かたくなに引き下がらないでいると、ちょうどそこへ、カイルを貸して欲しいと言ってきたあの彼が、使いから戻った。最初に対応したギルだけは知っていたが、彼は執事のような側近で、名をミハイル・グレンといった。
「ギル殿、それに皆さん、王は温厚な御方ですし、私にもカイル殿を巻き込んでしまった責任がありますので、このあいだ彼に酷いことはさせません。ただ、重臣の中には彼の行動を非難し、このような事態になったことに憤っている者がいます。ですので、ひとまず身柄を拘束しておりますが、王子たちが無事に戻られたら無条件で釈放するよう、私も直接全力で弁護にあたっています。実は昨夜、誘拐犯から要求がありました。相手はただのならず者のようです。身代金を払えば、きっとお二人とも無事に戻られることでしょう。ですが・・・万が一、王子と王女の身に何かあった場合には、私にも・・・。」
ミハイルは辛そうに言葉を濁した。
「いえ、ごもっともです。そのことで話を聞いていただきたく、お願いにあがりました。我々にも、この正門まできちんと送り届けなかった責任があります。どうか協力させていただきたいのです。」
「そう申されましても・・・。念のため、身代金の受け渡しには、軍が誇る強者を向かわせることになりましたから、皆さんには・・・。」
「我々はこれまで、旅路で数々のならず者と関わってきました。その多くは、狡猾な手段を平気で使う卑劣で凶暴な輩です。ですから、そう判断されたのであれば、さすがに抜かりはないのでしょう。ですが・・・。」
ギルはミハイルに歩み寄り、彼と二人で話をした。
しばらくすると、振り返ったギルは、レッドに向かって手招きの合図。
この運びになるまで待機していたレッドは、彼らのそばへと静かに進み出ていく。
ミハイルは、近付いてくるその若者に注目した。剣を二本帯びていて、いかにも腕のたちそうな風貌の戦士に。
そしてレッドは、自らは滅多に外すことのない額の布を、まずは無言のまま解いたのである。
ミハイルも二人の門番も、レッドの眉間の上にある鷲の刺青に、たちまち釘付けになった。
「そ、それはアイアスの紋章⁉」
やっと声を出して、ミハイルはそう驚嘆した。
「はい。レドリー・カーフェイと申します。私は、ロナバルス王国のアイアンギルスに所属している傭兵です。」
レッドは、威厳あふれる硬い口調と態度で、丁寧かつ堂々と自己紹介をした。その若さのハンデを消して、相手に確かな印象を与えるため。全て計画通りだ。
実際、大口を開けたままの門番たちの方は、驚きすぎてまだ声もなく固まっている。
ギルは改めて言う。
「どうか、お任せください。」
「・・・分かりました。陛下に話してみましょう。」
そうして、ミハイルは彼らを宮殿内へと通し、王の御前まで案内することとなった。とはいえ、いきなりは叶わない。それまでいくつか段階を踏んで、許可が下りたうえでやっと拝謁することができるのである。よって彼らは、とりあえず別の待合室へと案内された。
「どうせ、あとでまた取らなきゃいけないんだぞ。そのままでいろよ。」
レッドが歩きながら布を結び直そうとすると、ギルが言った。
「すれ違う召使いがみんな俺の顔を二度見してくるんだぞ、落ち着かねえよ。」
「それよりレッド、王にはお前から説明頼むぞ。」
「ああ。分かってる。」
レッドの額の鷲の効果は、覿面だった。
レッドは、ギルとエミリオのことを、この紋章に値する剣豪だと伝え、リューイのことは、素手で剣に立ち向かえる武術の達人だと紹介した。そして最後に、仲間たちの実力は保証すると。
こうして、彼らの申し出は見事受け入れられた。