拘束されたカイル
商店街を離れて王宮へと街道を進めば、やがて特別な舗装がされた広々として長い一本の並木道と、真正面に壮麗な王宮が見えてくる。真っ直ぐに伸びた木が生えそろって、まるで召使いが立ち並ぶように正門まで迎えてくれる道だ。
その並木道の途中、王宮の正門にいる衛兵の姿が分かったところで、一行は足を止めた。
向き直ったギルは、ライカ王子の正面に立って言った。
「俺たちはここまでだ。カイルのおかげで会わせる顔が無いからな。あとは上手く言っておいてくれないか。」
「承知した。今日、余はそなたらと出会えたことを幸運に思う。それから、カイル・・・」と、視線を転じた王子は満足げにほほ笑んだ。「ご苦労だった。あとで使いの者に礼を届けさせよう。」
「そんな、僕、何も役に立ててないから貰えないよ。」
カイルはぶんぶんと手を振ってみせた。
「いや、そなたには迷惑をかけた。その詫びも兼ねてだ。」
「わたくしも、今日は本当に楽しかったですわ。」
軽く差し出された王子の手に、王女も優雅に片手を乗せた。
「では参ろうか、ビアンカ王女。」
「ええ。それでは皆様ごきげんよう。」
王族の風格をなんとも自然に見せられる。二人で自由に買い物を楽しんでいた時とはまるで違うと彼らは思い、感心した。
「くれぐれもお気をつけてお帰りくださいませ、殿下。」
別れ際にエミリオが代表してそう伝え、見送る者たちはみな姿勢を正して、うやうやしく頭を下げた。そして、ライカ王子のエスコートで二人が王宮の門へ向かうのを、彼らはじっと見守った。
やがて、お供も連れずに帰城した王子と王女に気づいて、門番の衛兵が戸惑いながらも急いで駆けてくる。
一行は互いに笑顔を交わして背中を向けた。
「ああっ、殿下!」
「曲者だ!」
突然、角笛の音が響き渡った。緊急事態を知らせるように吹き鳴らされる音。
驚いた彼らは一斉に振り返り、そして目を疑った。
間もなく無事に帰城すると思われた二人の姿が、どうしたのか忽然と消えているのである。そこにいるのは、ただひどく慌てふためいている様子の門番たちだけだ。
とにかく一刻も早く駆けつけ、すっかり取り乱している門番たちの、その視線の先に目をやった。
すると、疾駆する一台の不審な馬車を確認。それは、みる間に小さな点となっていく。
誘拐だ・・・!
ギルは、周囲のそこらじゅうを見回した。馬を探しているのだ。今ならまだ追いついて、捕まえられる!
ところが、辺りには犬猫一匹見当たらない。
「馬っ!」と、それでギルは怒鳴った。
門番たちは、動揺して青くなった顔のままギルを見た。
「馬を二頭貸してくれ! ええいっ、厩舎小屋か何でもいいから、早く馬のところへ案内しろ!」
その有無を言わせぬ口調に圧倒された一人が、思わず言われた通りに動いた。
ギルが〝二頭〝と言った時点ですぐに理解したエミリオも、言われるまでもなく付いていった。
ここで、もう一人の門番と、カイルの目が合った。その男は、狐につままれたような顔をしている。
この男は朝からずっと門番を務めていたが、数人の家来と共にカイルがやってきた時には、多少不可解に感じながらも、普通にライカ王子としてお通ししていた。しかし、今さっき何者かに連れ去られたと思われた王子が、服装など少し違った感じでまた目の前にいるので、その頭の中はますます混乱をきたしたようだ。
相手に何か言われるより先に、カイルは勢いよく頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ。」
そして、レッドが苦い口調で告げる。
「さらわれたのは・・・王子本人です。」と。
こうして、目の前にいるのはただの〝そっくりさん〟であることだけは理解した門番の顔から、いよいよ血の気が失せた。その男は声も出ない様子で背中を返すと、この一大事を報告しに主宮殿へ走って行った。
それとすれ違いに、脇目も振らず猛スピードで門をくぐり抜けていった二頭の駿馬。その背には、優れた馬術で見事に乗りこなしているギルとエミリオの姿が。
ほかの者たちは、ただそこに立ち尽くすほかなかった。
やがてエミリオとギルも戻ってきたが、二人の姿しかなく、その顔は苦渋に満ちている。馬から降りてきた二人は、無言でやはり首を横に振ってみせた。
そこへ、ギルとエミリオが馬を走らせて出てきた方から、複数の尋常でない足音がしたかと思うと、また新たな兵士が五人現れて一行を取り囲んだ。
レッドやギル、それにエミリオは、それを見ると分かっていたように、ますます苦い顔をした。思った通りの事態になったからだ。つまり、カイルがいきなり捕らえられてしまったのである。左右から二人の兵士にがっちりと腕をつかまれて。
そうなって、カイルは思い出したというように、自分の勝手と犯した罪に気付いた。
「一緒に来てもらおう。」
部隊のリーダーが、厳しい表情と声で言った。
「ふざけんなっ!」
そう怒鳴るや、カイルの右にいる男に殴りかかろうとしたリューイの拳を、レッドがあわてて阻止した。
「ダメだ、リューイ。仕方ないんだ。」
エミリオもギルも、そしてカイルも黙っている。
そして周りには、ほかにも警報音(笛の音)を聞きつけた大勢の衛兵がいた。
リューイは、場の空気を察して身を引いた。
誰もが代わってやりたい思いだったが、カイルを助けるには、今捕まるのはカイルでなければならなかった。
「必ず助ける。君も、そして王子たちも。」
エミリオが力強い言葉をかけた。
ギルとレッドも真剣な顔でうなずいてみせている。
兵士たちに促されておとなしく背中を向けたカイルは、そうして仲間たちから引き離され、宮殿内のどこか暗い場所へと連れて行かれた。