対面、カイルとライカ
繁華街から王宮へ行ける近道をそのまま抜けていくと、路地も明るく広くなっていく。そして王宮からいちばん近い商店街の表通りに出ることができる。そこまで来れば、裏道とはいえ、名店と謳われる隠れ家や、食事処の出入り口が向かい合っているおかげで、そこそこ人通りもある。
すると今度は、靴磨きをしている兄弟を見かけた。何か大事な会にでも出席するのだろう、かしこまった服装の男性を接客している。兄らしい仕事中の少年は、客を退屈させないよう上手く会話を楽しみながらも、熟練した手を休めず動かし続けている。その表情は自信に満ちていて逞しい。それでも、ライカよりもずいぶん若い。
年若い兄弟がそんなふうに商売をしているこの光景には、ライカは何を感じたのか、これまでとは違う、その胸中は窺い知れない表情をしていた。また何か諭されたような、感動したような、だが戸惑い、驚いている、そんな顔だった。
それを見つめながら一行がそこを通り過ぎようとしていると、助手だとも思えないほど幼い弟らしい方が、何か気付いてさかんに手を振り出したのである。その視線は一行に向けられている。
すると、レッドが笑顔で軽く手をあげた。
それに気づいた兄の方も、接客中のため一瞬だったが、手をあげて応え、にこりと笑った。
そのため、レッドは仲間たちの注目を浴びた。
「ああ、さっきミーアの靴を磨いてもらって、少し話をしたんだ。その時は違う場所でやってたから、場所移動したんだな。」と、レッドは答えた。「あの子たちは大丈夫だよ。確かに貧しいようだが、強く生きられる顔をしているからな。家族もいるし、家の手伝いをしてるだけさ。あの子たちが明るいおかげで、ミーアもすぐに元気になった。」
「ミーアは、また社会勉強かい。」
エミリオは微苦笑した。
実際に見て学び感じる、理に適った教育なのだが、ミーアにとっては修行も同然。
「ああ。いつもそうだが、すぐにショックを受けて暗くなるからな、あいつは。だから置いてきた。でも、元気に帰ってきただろ?」
「なあ、さっきのじいさんもそうだけど、商売するなら、もっと賑やかなあっちの広い道の方がいいんじゃないか。」
リューイが言った。
「大通りでは、たいてい無許可で店を出したりできないんだよ。裏道は黙認してもらってるんだろうな。それに、不憫に思っても人目を気にして足を止められない人もいる。だから、表通りに近いこういった抜け道の方が、彼らにはいい時もあるんだ。」
「なるほど。」
様々な土地、特に戦地という過酷な場所を渡り歩いてきたレッドの言葉に、ギルもそううなずいていた。
それからしばらくは、特に気になるものに出会うこともなく、ただ歩き続けた。
だが商店街の大通りに出て王宮への帰路をたどっている時、レッドは不意に視線がとらえたものに一瞬目を疑い、足を止めた。そのため、束の間つい呆然としたが、ハッと我に返るとそこへ指を突きつけ、仲間たちにあわてて知らせたのである。ほかの者は、レッドが急に立ち止ったことなど、あまり気にはならなかった。
それを聞くまでは。
「おい、何てこった。見ろよ、あれカイルだぜ。あいつまで脱走しやがったか。」
ずっと前方。見るとそこに、ちょっといい出生のぼんぼん風な身なりの少年が、一人で道に突っ立っていた。確かにその姿と雰囲気はカイルによく似ている。
一行は急いで駆け寄った。
「カイルッ、何やってんだよ、お前は。」
そうと確信するや否や、リューイはいきなりカイルの頭をはたいて言った。
驚いて振り向いたカイルは、とたんに大口を開けた。この予定外の事態によって、偶然ライカ王子と対面することになったからだ。そう、二人は初対面。そのまましばらく、互いに見つめ合ったまま固まってしまった。話に聞いて知ってはいても、こう実際に会ってみると仰天せずにはいられなかった。まるで鏡を見ているようだ。同じ顔の二人は、同時に指を突きつけ合った。
そこへ、ミルクティー色の髪の美少女が、すぐ近くの露店から出てきて登場。カイルを待たせて、一人で商品を眺めていたビアンカ王女だ。
ニコニコと楽しそうだった王女の顔が、たちどころに唖然となる。王女は一瞬声も出ないほど驚いて、両手で口を覆った。
「ラ、ライカ様がお二人 ⁉」
「姫 ⁉」
カイルと突きつけ合っている指を、ライカは思わずそのまま王女の方へ。
あ・・・という顔になったギルとエミリオ。
把握した・・・カイルは脱走したわけではなく、お忍びデートに連れ出してあげたのだと。とはいえ、これはこれで由々《ゆゆ》しき事態。
一方、レッドやリューイは思考停止・・・。
「あ、ビアンカよかったね、ほんとに夢が叶うよ。こっちがほんとのライカ様だよ。僕はカイルってゆうんだ。ごめんね、だまして。」
案の定、カイルが引き攣った笑みを浮かべてそう白状した。
こうなってはもう、どんな誤魔化しもきかないと誰にだって分かる。素直に謝るのがベスト。とっさにとったカイルの対応で正解だ。
「これじゃあ、カイルが身代わりになった意味がないな。」
レッドがため息をついて言った。
「だが、ライカを連れ出した意味はあったんじゃないか。無駄に逃走させるのは勿体ない。あの王子様も、学べることは学んだろう。」と、ギルの方は苦笑いを浮かべている。
そういうわけで正直に訳を話すしかなくなってしまったものの、ビアンカ王女の理解を得ることができると、彼らは改めて謝罪した。そして、二人を王宮まで送り届ける前に、今度こそ王女の夢を実現させてあげることに。
そのひとときを、二人はまったく無駄にしなかった。実は護衛のつもりでいる者たちが見守っているそのあいだ、高貴な二人は身分を気にする様子もなく、めいいっぱい楽しんでいるように見えたからだ。実際には時間が惜しかったのだとしても。