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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第10章  恋敵誘拐事件 〈Ⅶ〉  
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子猫にミルクを


 今、道端みちばたにいるビアンカは、すぐ横の暗くて細い通路に、だらんと横たわっている小さな何か生き物を見つけた。その何かは、じっと目をらしてみるとすぐに分かった。一体ではない。


「あ、ライカ様、あそこに子猫がいますわ。」と、最初は声を弾ませたビアンカだったが、次にはささやくような小声になり、「・・・なんだか元気がないみたい。なぜかしら。」


 それを、カイルもすぐに見つけることができた。


 そこに弱々しく寝そべっている子猫たちを・・・。


「きっと、おなかがすいてるんだよ。ちょっと待ってて、ミルクをもらってくるから。」


 そう言って、ビアンカをその場で待たせたカイルは、それが手に入りそうな店が近くにあったのを覚えていたので、そこですぐに牛乳 びん一本を購入して戻ってきた。


 子猫は三匹いた。生後一か月ほどに見える。毛の色はどれも、全体的には白と灰色の二色で、瞳はうっすらと青味がかっている。色の濃い薄いはあるものの、どれも似たような感じなので兄弟だろう。その子猫たちは固まって寝転がっていたが、二人が近づいて行っても逃げようとしない。人に慣れていて気にもしないというよりは、警戒する気力もないといった感じだった。


 カイルは辺りをきょろきょろと見渡してみた。


 母猫の姿は分からなかった。


「どうやって飲ませますの?」

「見てて。ほら、こうやって手のひらで器を作ってあげるんだ。」


 カイルが左手にミルクを注いでみせると、意外なことに、その子猫たちにすぐに反応があった。そろってぴくりと頭を動かしたかと思うと、一匹がためらいがちに近寄ってきて、首を伸ばしたのである。すると、続いて次々とミルクに口を付けに来た。


「まあ、飲んでいますわ。可愛い。」

 ビアンカは無邪気な笑顔を浮かべていた。


 この王女様は十五歳なのだが、カイルには、その話し方や仕草しぐさは実際の歳よりずいぶん幼く思えた。もっとも、ギルやレッドからしてみれば、カイル自身もとても十七歳には見えないのだが。


「ほら、ビアンカもやってみて。」

「え、でも、その子猫・・・とても汚れていますもの・・・さわれないわ。」


 子猫たちの毛の色は、白と灰色の二色だ・・・が、今は真っ白な毛の部分など無かった。体じゅう薄汚れていて、特に腹の毛は黒く固まりもつれている。


 カイルは悲しげに微笑んだ。

「ビアンカ・・・汚れてなんかいないよ。ちゃんと見て、この子たちの眼を。ほら、みんなビアンカがミルクをくれるのを待ってるよ。」


 その表情を見ると、ビアンカはまたドキッとした。


 もともと同じ顔なので、特に気難きむずかしいというわけでもないライカとカイルに大きな差はなかったが、ライカ王子がこのように切ない微笑を浮かべたところを、ビアンカは今まで一度も見たことがなかった。それで、いつくしみや哀れみ ―― 実際カイルは、ビアンカ王女に対してそんな感情さえ覚えた ―― が内からにじみ出すように面上に表れたそのほほ笑みは、今度も王女の胸をキュンとさせた。それだけでなく、彼のそのたった一言で、ビアンカは自分の中で何かが変わったのを感じ、そして、先ほどの自分の発言をとても恥ずかしく思い、後悔した。


「ライカ様・・・ビアンカ、ミルクをあげますわ。」


 それを聞くと、カイルはニコッと笑った。

「うん、みんなとても可愛いよ。こんなに喜んでる。」


 ビアンカは、よく手入れのされた綺麗な両手を合わせて、うつわを作ってみた。そこにカイルがミルクを注ぐ。それを、もうじれったそうに見ていた子猫たちが、一斉にペロペロと彼女の手のひらをめだした。


 無我夢中の子猫たちに、ビアンカは明るい笑い声を上げた。

「本当。ふふ、くすぐったいわ。こんなに猫が人懐ひとなつっこくて可愛らしいなんて。」


 その嬉しそうな横顔を見つめているカイルは、安心したようにそっと笑みを浮かべた。








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