初めてのショッピング
カイルになりすましている―― あるいは誰でもいい全く別の人物でいる ―― ライカ王子を連れて、男たちだけで繁華街に来ていた。ギルも、もはや別人になりきってライカと接している。彼らには、ある考えがあった。
その大通りの道沿いにはズラリと店舗や屋台が並んでいて、果物や香辛料や、酒などを売る多種多様な店で犇きあっている。ライカはそれらに興味津々で、嬉しそうに瞳を煌めかせていた。
「ライカ、あんまりきょろきょろしながら歩くな。怪しすぎるから。」
ギルは肩をすくう思いで声をかけた。
彼らはライカの希望通り、そして人目もあるので、あえてライカと対等に接している。もっとも、中には最初から気になどしていない者もいるが。
ある時、ライカが立ち止った。パンを売る露店のそばだ。
「ギル、余はあれが欲しい。取ってきてくれ。」
ギルはゆるゆると首を振ると、こう言い聞かせた。
「ライカ、そんなことじゃあいけないんだよ。ほら、もっと周りを見てごらん。彼らと自分がどう違うか分かるだろう。皆と同じようにしてみろよ。外に出たいと思うなら、そこに合わせなきゃあダメだ。」
「分かった。では、いただいてくる。」
ギルの言葉をあっさりと受け入れたライカは、真面目にうなずいて、その店のテントに入って行った。そして、フルーツをあしらって綺麗に飾られた菓子パンにひかれて、すっと手を伸ばした。
「これをいただいていくぞ。」
店主はびっくりして、あわてて身を乗り出した。
「おおっと、ちょいと待ってくれ。お客さん、冗談きついよ。お代を払ってくれなきゃ困る・・・って、ライカ王子⁉」
「ああ、あれがいるのか。すまないが今はない。あとで使いを ―― 」
当然、その顔に気づくや、店の主人は仰天したようだった。目を丸くして口を大きく開け、息が止まったような顔をしているからだ。だがそれを見ても、ライカは気にもしないか、否定することを忘れている。
「彼は別人です。」すぐ後ろから付いてきていたエミリオが、主人に多めの小銭を見せてそう言った。「ここへ来てからよくそう言われるんだが、私の弟なんだ。いくらだい。これから取ってくれないか。」
本来、嘘が上手くつけないはずのエミリオだが、この時は、ギルも驚くほどの見事な演技力をみせた。ただ、全く似ていないのでかなり無理はあるものの、幸い怪しまれるような様子はない。
「そうか、いやほんと驚いたよ。ああ、まいどあり。」
それからというもの買い物意欲に火がついて、エミリオは、あちらこちらの露店に引っ張り込まれては、ライカにせがまれて何か買わされる始末。
「ずいぶんあれこれ欲しがるな。王子様だっけ?」
呆れてレッドが言った。
「しかも食い物ばっかりだ。」と、リューイも首をひねった。
しばらくは、そうして繁華街を散策していた一行。
だがある時、レッドの密かな合図で、彼らはそのまま建物の間の細道へとさりげなく入っていった。そこは薄暗く、だが、雨風が凌げる場所はいくらでもある店の裏通りである。
「ああ何て楽しいのだろう。ずっとこうしていたい。毎日がこうである、そなたらが羨ましい。」
急に場所が変わったことを気にもせずに、ライカは上機嫌でうかれている。
「やれやれ・・・。」と、ギルはつぶやいた。




