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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第10章  恋敵誘拐事件 〈Ⅶ〉  
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ビアンカ王女の夢


「ライカ王太子殿下、ご無沙汰ぶさたいたしておりました。」


「ええっと・・・ああ、久しぶりだね。」


「ライカ様、お話がしたいわ。陛下へいか、お庭をお散歩して参りましてもよろしいかしら。」


 これを聞くと、王と王妃はバツの悪そうな顔を見合わせた。目の届くところに居てくれなければ、誤魔化ごまかしやフォローができない。


 すると。


「あの、何か・・・。」

 と、王女の顔が悲しそうにゆがんだので、その場にいる誰もがいけないと思った。


 あわてた王は思わず、「ああいいとも。ライカ、王女をご案内してさしあげなさい。」


「え、でも・・・。」


「陛下、ありがとうございます。さあ行きましょ、ライカ様。」


 戸惑うよりも先に、急にご機嫌になったビアンカに手を引かれて、半ば強引ごういんに、二人きりにさせられてしまった、カイル。その後ろから、王女の侍女たちが当然のこととして付いてきたが、王女に気を使ってか、かなり距離を空けている。


 だがカイルは、一人であれこれとしゃべる王女の話を黙って聞き、ただ穏やかにほほ笑んでやるだけで精一杯だ。


 そして、池にかる橋の途中。


 アーチの真ん中の一番高くなったところで、ビアンカ王女がいきなり立ち止まったのである。


「ライカ様、なぜ今日は、あまりお話をしてくださらないの。ビアンカのこと、お嫌いになられましたの? お父様もお母様もおいそがしくて、でもライカ様にどうしてもお会いしたくて、ビアンカ、一人で参りましたのよ。せっかく我儘わがままを通してもらいましたのに・・・。」


 カイルはあせった。冗談交じりだったが、「王女を泣かさないよう気をつけて。」と、言われていたのだ。もし泣かせたら、責任をとってもらいますぞ・・・と。


「あ、あのね、君のこと嫌いになんてならないよ。でも僕、何話していいのか分からないんだ。ごめん。」


 ダメだ、緊張しすぎて考えられない・・・。カイルはドキドキした。今、きっと下手なことを言ってしまった。だって、ほら、王女様は怪訝けげんそうに首をかしげている。


「ライカ様、変だわ。お話し方が・・・。」


「ああ、それは、えっと、あの・・・気分転換! そう、気分転換だよ! 今日はこんな感じで。」


 こんな苦しまぎれが十分も通用するものか、という気持ちながら、それでもカイルは、できる限り頭を働かせようとし、必死に演じた。どんな厄介事が起こるか知らないが、とにかくこの子を泣かせてはいけないのである。


「まあ、ライカ様ったら。でも、何だかお声も変わられたみたい。」


「そ、そう? この前からのどの調子が良くなくて・・・そのせいかな。」

 カイルは横を向き、喉を鳴らして一つ咳払せきばらいをしてみせた。


「それはいけませんわ。お部屋で横になられた方が・・・。」


「体は大丈夫だから。声だけ。」


「そうですの・・・。」


「あ、ねえ、ビアンカは毎日どんなことしてるの? 楽しい?」


 やっと調子が出てきて、カイルがそう誤魔化ごまかそうとした時、どうしたのか、ビアンカの表情が急にまた暗くなった。


 何かマズいことでも言ったか・・・と、カイルがまた不安になると、ビアンカが大きなため息をついて、こう口を開いたのである。


「・・・ライカ様、ビアンカね、夢がありますの。何だと思います? 当ててごらんになって。」


「夢か・・・。うーん、あっ、僕のお嫁さんになること?」


「ま、ライカ様ったら。ビアンカは許婚いいなずけですのよ。もっと・・・かなわない夢ですわ。」


「叶わない?叶えられる夢だってたくさんあるよ。そんなふうにあきらめてたら ―― 」


「できませんわ。無理よ。だって、その夢は・・・。」ビアンカは後ろにいる侍女たちをそっと見て、そちらを気にしながら小声で答えた。「わたくしは、宮殿の外の世界を・・・ライカ様と二人きりで自由に歩いてみたいのです。」


 カイルは驚いて、一瞬、唖然あぜんとなった。


 二人きりで、自由に歩いてみたい・・・? そんな簡単そうなことが、この子の夢?


 だが、し目で元気がなくたたずんでいるその姿は、カイルをハッとさせ、それから無性に切なくさせた。


 思えば、ミーアもライカ王子も逃げ出すほどの宮廷生活。そんな王侯貴族の暮らしは、この子にとっても、何不自由なくはなやかでありながら、心も体も解放されることのない鳥籠とりかごの中と変わらないのだろう。ライカ王子に会いにこの国まで旅をしてくれば、庶民の普通の生活が目に飛び込んでくる。その度に、それを眺めながら、自分には何でもないそんな夢への憧れは、いっそう強まっただろう。


 王女の悲しそうな顔を見つめながらそう考えていたカイルは、控え室での待機中にふと見つけた門らしきものが頭をよぎって、いけないことを思いついてしまった。そして、ビアンカ王女を喜ばせたいと本気で思った。


「僕と外に出たいんだよね。」王女のうかない顔をのぞきこんで、カイルはきいた。

「最初から無理だなんて、その夢・・・ずっと見てるだけでいいの?」


 これまでは明るく、はずむように喋っていたというのに、その時の彼の声はドキッとしてしまうほど真剣で、ひしひしと胸に響いてくるものだった。それで、顔を上げて見つめ返してみれば、今度はひたむきなその眼差まなざしに、ビアンカの胸はキュンとなった。


「ライカ様・・・?」


 カイルはニコッとほほ笑んで、片目をつむってみせた。

「行こうよ。今から。」


「え・・・?」


 カイルは、目がきょとんとなった彼女の腕をつかむと、ただ黙って付いて来ようとする侍女たちに向かって、少し二人きりにさせてくれるよう、この時は上手く演じてみせた。









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